第1章 第18話 本性

 零は天音と和服の亡者と対峙する。蹴られた天音は零を強く睨みつけ、横に並ぶ和服の亡者は天音を心配するように天音の方に体を向けていた。

「何で分かったの?」

 不意打ちを躱された天音が零に問いかける。

「最初の依頼で死にかけたんだ。警戒はずっとしてた」

「それだけじゃない説明がつかないよ。今思えば私を蹴飛ばすまでの動きも蹴飛ばした方向も全部計算してたんでしょ」

「流石だな」

 零は素直に天音に賛辞の言葉を送った。

「君に体術を仕込んだの私だよ。君の癖も間合いも全部分かってる。あの三歩は君の一番蹴りを入れやすい距離だったね。隙を見せて私を誘導する。まんまと君の策に私は嵌まったわけだ」

「右目のおかげだよ。俺の右目は幽霊の繋がりが見えるんだ。繋がりって言うのは生前の縁や一方的な感情とか色々さ。和服の亡者と天音が繋がっているのが見えれば何となく察しはつくさ」

「それじゃあ最初から私の作戦は破綻していたんだ」

 天音は溜め息をついて乾いた声で笑った。

「なんでこんな回りくどいことをするんだ?俺を簡単に殺すタイミングなら半年の間にずっとあったはずだろ」

「それじゃあ意味がないんだよ。零が私を恨んでくれなきゃ」

「どういうだ?」

「人は恨みを抱きながら死ぬと魂が瘴気を帯びる。つまり一時的に悪霊化する。私は零の『霊転蠱貢』が欲しいかった。だから、手に入れるために零を悪霊化させて『束霊封魄』で強制的に取り込みたかったんだけどな」

「『霊転蠱貢』が目的だったのか?」

「そうだよ。本当はこんなに時間をかける予定じゃなかった。唯一の希望に手が届くってところで殺してどん底に落とすつもりだったのに、君が希望に縋って来ないかったから」

「それで半年間手元においてずっと次の機会を狙っていたのか?」

「ちょっと違うかな。零を私に依存させる作戦に変えただけ。そのために時間を掛けて零との関係を構築した。そうしていい感じになったところで私が君を裏切って、零には私を恨んで死んでもらおうと思ったけど、今度はなんか開花しちゃってさ。もう散々」

「分からない。何でそこまでして俺の『霊転蠱貢』がほしいんだ。半年間も知らないやつと一緒に過ごして、稽古もつけて。何がそこまで天音を突き動かすんだ」

「計画のためだよ。私の生涯を掛けて成し得たいね」

「計画?」

「君になら話してもいいか。これで対立が深まったら願ったり叶ったりだし」

 天音は今まで見たことのない魔性の笑みで零を見つめる。天音のその人を魅せる笑みは、本心からの純粋な笑みだと思わせるだけの説得力があった。

「私はこの世界を『地獄』に変えたいんだ。比喩で言っているんじゃないよ。私みたいな罪人が死んだら落ちる正真正銘の『地獄』さ。私の計画はもう八割は完遂しているけど、私が手を出すのは自然の摂理の一つ。保険がほしいんだよ。それで目につけたのが君の体質。私の力を最大以上に増幅できる『霊転蠱貢』が手に入れば、たとえどう転んだとしても『地獄』を顕現させられるからね」

 現世と地獄の融合。

 天音が語ったその計画に零は全くその意図が掴めなかった。仮に天音の計画が『天国』を求めるものだとしたら何となくだが分かったかもしれない。救われたい、救いたい、と思っているのか、とたとえ天音の意図と違っても何かしら想像ができるからだ。

 だが、地獄はなんだ。地獄の先に何があるのか全く分からない。

「天音はこの世界を地獄にしてどうしたいんだよ」

「罪と罰の傾きをなくす」

「この世界には司法ってものがあるだろ。それで世界は上手く回っているじゃないか」

「回っているよ。回っているから誰も今の歪さを直そうとしない」

「何が言いたいんだよ」

「私はね、罪に罰が見合っていないと思うんだ。誰しも子どもの頃は純粋なのに大人になれば醜くなる。それは人は生きていく中で手段を選ばなくともバレなければ罰が下されないことを学習していくからだと思うんだ。人は必ず大人になる過程の中で自己の欲のために大きかれ小さかれ罪を犯す。その時にそれに見合った罰が与えられた人はその時に学習して枷が一つできる。けど、罰が満たした欲の快楽より小さかったり、そもそも罰が与えられなければ、人は罪を犯してくことに躊躇いがなくなり、より狡猾に暴力的になっていく。小さい頃に無理やり友達のおもちゃを奪っても叱られなかった子どもが、成長してより狡猾に自分を満たすために人から奪うようになるのと同じように、ね」

 天音は話しを区切り、天音はいつものように口角を上げた。だが、その瞳は少し悲しそうに零のことを映していた。

「もしも全人類が零みたいに罪の意識を持ちながら生きていたら、誰もが平和に暮らしやすい世の中になっていたかもしれい。けど、現実は残酷だ。枷のない人間が国のトップに立てば、どんな社会でも少しずつ独裁化していき戦争を起こす。枷のない人間が権力を持てば、罪を平然と隠蔽して罰とは死ぬまで無縁に生きていく。だから、私はこの世を『地獄』に変える。どんな罪も裁き、二度と罪を犯させない罰を与えるシステムが世界には必要なんだ」

「……強すぎる罰は反省を促さない。恐怖で縛り付けるだけだ」

「構わないよ。人が罪の意識を持って生きることができるようになるなら」

「罪悪感は人を前に進ませない。そんな世界に希望はないよ」

 零と天音の意見は交わらない。それは互いに分かっていた。

 互いに睨み合う硬直状態は、天音が溜め息をつき、軽く笑うことで動き出す。

「こうやって一方的に話しても零に理解できないよね。だから、私の見てきた世界の話をしてあげる」

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