第1章 第8話 勉強の時間

 零は天音と共に車に揺られていた。時刻は午後九時。街灯のない暗い田舎道をひたすらに進んでいた。

 向かっているのはその町で心霊スポットとして有名な廃アパート。そのアパートでは五年前に殺人事件が起きていた。

 被害者、加害者の両者が亡くなっていた殺人事件。事件の全貌を知る両者が亡くなっていたことから、連日ニュースでよく取り上げられていた。この事件のキッカケは男女関係のもつれ。男Aは女Bと交際関係にあった。二ヶ月後に結婚式を控えた二人は、その一年前から同棲を開始、順風満帆な同棲生活を送っていた。だが事件当日、男Aの浮気が発覚。そこから痴話喧嘩にもつれ込んだ。問い詰められたら男Aは女Bと揉み合いになり、押し倒された女Bはリビングの机にあった石製の置き時計で頭を強打。それでも立ち上がった女Bはテーブルに置いてあったカッターナイフで男Aを刺殺し、そのまま息を絶えた。

 事件の後、入居者が少なかったそのアパートは事件の影響でより人が寄り付かなくなり、元々居た入居者も出て行ってしまったことから廃アパートと化した。管理人も高齢なことからアパートは放置され、いつしか女性の幽霊が出ると話が広がり心霊スポットとなった。

 女Bの幽霊は、人の彼女や妻に不幸をもたらす。たとえその心霊スポットに行ったのが、その彼氏や旦那だけであったとしても狙うのはその人物の彼女や妻のみ。独り身の人間には害さえなかった。その性質のせいで天音のところに依頼が来るのが、遅れたらしい。まばらに来た人では幽霊の被害が可視化がされなかったそうだ。ある高校生が団体で去年の夏に肝試しを行ったことで、その高校の女子生徒が次々と不幸に見舞われ学校が調査を開始。町の自治体から県の自治体に話が行き、最終的に一条家に話が回ってきた。

「ここで少し座学をしようか」

 零と一緒に車の後部座席に座っている天音が、思いついたように言い出した。

「零は幽霊が二種類居るって知ってる?」

「生前の姿の幽霊と黒いもやに包まれた幽霊だろ」

「違うよ。それは幽霊と悪霊。私が言ってるのは零の言う『生前の姿』の幽霊だよ」

「いや。それは知らないな」

「オッケー。じゃあ、そこからね。幽霊には二種類居てね、いわゆる天国で現世に居て良い許可を貰った幽霊と、天国を自力で逆走して現世に来る幽霊がいるんだ。許可をもらって現世に来る幽霊は、家族を見守っていたいってのが多くて、守護霊的なことをしている。後者の方は簡単に言えば、強い未練がある幽霊なんだ」

「へ~。そんな分類ができるんだな」

「ここで一つ問題。この二種類の幽霊で悪霊になりやすいのはどちらでしょう」

「それは逆走してきた方じゃないか?」

「正解~。幽霊も元人間だからストレスを感じるんだ。幽霊は未練があっても現世には干渉できない。そんな中、彼らは何もできないもどかしさと現世で活躍する成功者に対する嫉妬を覚えるわけ。その黒い感情が幽霊を黒くする。ということは?」

「悪霊も二種類いるってことか」

「そういうこと。さっき言った悪霊と、幽霊が天国を逆走するように地獄を逆走してきた悪霊。この二種類の悪霊のことを私は『亡者』って呼んでいるんだ。死後も欲や快楽、未練に憑りつかれているからね」

「亡者か。言い得て妙だな」

「でしょ!それで話を戻すとね。もちろんこの二つには規則性に明確な違いがある。幽霊から悪霊に転じた方は暴走状態に近いからひたすら未練の対象を害をなすんだ。地獄から来た悪霊は知能が残っているから自分の中の規則には従うけど、臨機応変に対応する。陰陽師の前では姿を見せないとか、そもそも規則を持たないで気持ちのままに動く悪霊もいたりするんだ」

「じゃあ、今回のは後者なのか?意図的に人を殺している訳だし、地獄に堕ちているって考える方が自然だけど」

「その通り。だから、気を引き締めないとダメだよ。零は今まで何故か悪霊化した幽霊に襲われていないけど、おそらく今回はそうはならない。半年で悪霊への抗体はつけたんだ。臆する姿勢だけは見せないようにね」

 この半年の間、零は悪霊に免疫をつけるために天音の血液を毎日少量ずつ摂取してきた。天音の身体は大量の悪霊を身体の中に封印したことで変質している。半人半霊とまではいかないが、天音の身体は内部の悪霊によって瘴気に染まり、天音はその代わり人間離れした身体能力を得た。天音は変質した自分の身体を利用して、ウイルスのワクチンのように少量の瘴気を零に取り込ませ、零の身体に免疫を作らせたのだった。

「分かった」

「零の口調や態度を直させた理由もここにあるんだ。亡者も元は人。本当に生前と代わらない思考回路をしているんだ。だから、強そうな人よりも気弱で臆病そうな人を狙う。以前の零だったら一目で格好の餌になっていたと思うよ。今だったら、五分五分くらいかな。私と比べたらまだ手玉に取りやすいと思って、悪霊に狙い撃ちされるかもしれないけどね」

「気をつけるよ」

 零はこれから先のことを想像して身体を強ばらせる。ここから先は未知の領域。零が悪霊化させた幽霊よりも上位の存在との初の対面だった。零は今まで悪霊化した幽霊が引き起こす不幸を何度も見てきた。それ以上の存在がバラまく不幸など目も当てられないだろう。零はそんな場所に今飛び込もうとしているのだった。

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