【第1話 4】

「起立、礼、ありがとうございました」


 HRが終わり、生徒が一斉に教室を出て行く。


「中ジマ、野球しようぜ!」

「HEY、NAKAZIMA! グラウンドへレッツゴー♪」


 にこやかな顔で誘ってくる山寺と北風に、

 「バカバカバカバカバカバカ……!」と、彼は罵声を飛ばして駆け足で学校から去っていく。


 中休み、昼休み、はたまた小休憩もしつこく勧誘してくるので、二人をプロストーカーと認識しているのだ。


 どんどん小さくなる背中に、ユズが甘えた声で担任にいう。


「監督ぅ、彼を部に入れましょーよぉ。ドラ1即戦力ルーキーですよぉ」


 ギクッ! 白川は背筋がピンと張るも、諭すように返した。


「あのな、あの子は家庭の事情で、週5でバイトしているんだよ。部活やる余裕もお金もないんだ。その辺は察してやろうぜ」


「監督ぅ、でもでもですよぉ。高二からガムシャラに働いて、サビ残を強いられて売れ残った商品を給料から天引きされ、ブラックな大人と社会を知って、ある日、『もう働かねぇ、俺はニートになる!』って宣言したら、どうするんですかぁ? 担任である監督の重大な責任問題になりますよぉ? 次の人事で小笠原行きですよぉ?」


 東京の南東には小笠原諸島、つまり、都立校教諭の転勤先候補がある。


「……怖いこと言うなよ。ちっと想像しちゃったじゃねぇか」


 相方の太陽も同感のようで、「あいつはちょいグレてるし、このままではサイコパス化します。教師として、それでいいんですかぁ?」


 問い詰められた白川はさりげなく諭す。「始業式はフツーのメガネ男子でデビューできたのに、たった一週間でグレさせたのはどこの誰ですかねぇ?」

「監督のせいでしょ?」

「ちげーよ、なんで俺だよ! まったく、俺が神経使いまくってるつーのに、アホなお前らときたら……」


 ――こいつら、四十万しじまだって気付いてね?????? 


 新たな脅威と遭遇し、30代男の白髪が増えていくのであった。


 


「なんなんだよ、あいつらはッ!?」


 正門を抜け、商店街から駅へ向かう人波に交じり、中島は頭を抱えていた。

 正体がバレそうなのだ。転学して1週間しか経っていないのに……。


 過去に起きたことが知られると、彼の第二の人生は終わってしまう。だから、絶対に隠す必要がある。しかし、なぜか二人は気付きそうだ。


 まさか……正体は霊能力者? 裏では秘密結社と戦っているとか?


 だが、その予想は外れだ。二人はアホなのだ。アホだからこそ、初期ステータスを直感力に全振りし、一か八かの一撃に賭ける勇者のような二人なのだ。


 だが、その一撃がまさかのまさか、中島に直撃したという。


 ――あの担任、『俺に任せとけば、だいじょ~ヴイ』ってなんだよ。いきなりボス登場じゃねぇか! あ~、クソぉぉ……この先どうなるんだよ……。


 クルクルな天パ同様に脳内が禍々しく渦巻く中、彼は商店街を抜ける。

 商業ビルが建ち並ぶ青羽駅東口バス停の、人通りの多いロータリーに着く。


 そこから右側、駅そばのワイワイ商店街に入ってすぐ、細い横道に入る。

 狭い道を挟んだ、小さな飲食店が連なる飲み屋街だ。


 建物に染み付いた酒の臭いが鼻奥を刺激するも、ベテランやきとり店主の熟練の業で焼かれる鶏肉の香ばしさに、じゅるりと唾液が溢れてくる。


「お、中島君! ほりのおっちゃんの話し相手になってや!」


 飲み屋の間に彼のバイト先、たばたこ屋がある。可愛いタコ柄シャツを着る店主、多古孝夫たこたかおは40歳で癖のある関西弁を話す。


「はい! すぐに!」と、彼もまたタコシャツを着る。


 たばたこ屋は居酒屋風たこ焼き屋だ。とはいえ、カウンター9席のみで酒は出さない。なぜなら、多古は酒がまったく飲めないのだ。


 人気メニューはピザタコ焼き。具をたこ焼きに代えただけの逸品でも、キンキンに冷えたコーラと合い、売り上げの大半を占める。値段は888円。


「――10時過ぎたで。中島君、また来週頼むで。ほな!」


 バイトが終わると、彼は制服に着替え直し、日夜酔っ払いが叫ぶルンルン商店街を素通り、まっすぐ自宅へ向かう。


 家に帰ると、すぐさま風呂のスイッチを入れる。温度は42度だ。


 ベランダの洗濯物をハンガーのまま部屋にかけ、布団を敷き、その上で賄いにもらった大量のたこ焼きを食べつつ、ネット配信された最新アニメを見る。


 食べ終わり、湯船で疲れた身体を浸らせ、フ~っと息を吐く。

 ジュースで酔っ払ったおじさんの相手は高校生をひどく疲弊させる。


 接客業は大変だ。指と腕には火傷痕ができ、クルクルしすぎて手首が痛い。


 ――ここで挫けちゃダメだ。俺は一人で生きていくんだから。


 湯の中で小さく拳を丸める。心に刻んだ戒めを奥歯と共に強く噛み締めた。


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