【第1話 3】

 東京都北区青羽――かつて赤羽と呼ばれたこの街はある男の計画により、10年前にあっさり赤から青にカラーチェンジされた。


 埼玉県から東京都へ向かう玄関口として、青羽駅は多くの人々が利用する。

 ただし、若者がここを目当てに降りることは滅多にない。

 なぜなら、都会の代名詞である池袋が3駅先にあるのだ。


 青羽は池袋と違い、映画館に大型商業施設、劇場も有名大学もない。

 つまり、「飛び抜けた魅力がない街、青羽」ともいえる。


 しかしながら、国際スポーツ大会が東京で開催されることが決まり。「青羽は埼玉の一部」というレッテルを打破すべく、ある男は青羽を改革することを決めた。


 その改革とは青羽を東京一、いや日本一、いいや、《SEKAI NO AOBANE》にすることだ。


 そのため、子育て世帯のために古くなった団地を改修し、区と都の補助金をつぎ込ませて分譲マンションを建てまくり、若者の支持率を上げるべく、青羽駅東口にあるルンルン商店街に都立高を併設した。


 この学校こそ、中島大輔が通う都立青羽高校である。


 青羽高校の校訓は自由だ。校則で好きな髪型と髪染め、女生徒のメイクとピアスも認めており、バイトも免許も担任教諭に申請さえすればOKだ。


 しかし、自由を手に入れるためには犠牲が必要で、出席とテストがかなり厳しく、赤点者の救済措置もない。そのため、毎年留年者が二桁を超える。


 退学者と中退者も同程度出るので、毎期で編入者と転学者を募集している。

 今年度も二三学年から通う生徒も多々おり、その一人が中島だ。


 


 ――都立青羽高校 二年E組――


 教室に着いた中島は、青アフロや緑モヒカンといった個性を爆発させる男子生徒には目もくれず、窓際の真ん中の自席にバックを下す。


 彼の姿を見るや否や、アフロと話していた坊主頭の山寺太陽やまでらたいようが机の間を華麗なステップですり抜け、彼に話しかけた。


「グッモーニン、中ジマ! さぁ、昨日の答えを聞かせてくれ! 野球部に入るという、坊主になる決断を、さぁ!」


 山寺は少々熱い性格で、星でも埋め込んだ瞳と、直射日光を跳ね返すツルピカ頭は今日も虫メガネで照らすよう、ジ~っと中島の顔面を燃やす。


「アツ!」眉毛が焦げた。「――昨日も断っただろう。だいたい、俺は中『ジ』マじゃなくて、中『シ』マだから!」


 イラつく相手にもお構いはない。「俺の目は節穴じゃないぜ、中ジマ」


「『ジ』じゃない。『シ』だから! 茨城を、茨『ギ』と――」

 聞く耳を持たない猿のような山寺はさっと彼の右手を握る。


「このタコは野球少年が流した汗と涙の勲章のはず。他の連中は騙せても、野球をダラダラやってきた俺の目はごまかせねえって!」

「こ、こーいう右手なだけだって。俺じゃなく、他の奴を誘えって」

「ヤダね。社会をディスる不良オーラは、野球が上手い奴の特徴だろ?」

「どんなオーラだよ! 俺はただのメガネキャラ、社畜候補生だから!」


「そー、キレんなって。某国民的キャラらしく空き地で野球しようぜ。おっさん家の窓ガラス割っても弁償してやらねーけどさ、中ジマ」

「あいつは中『ジ』マ。だけど、俺は中『シ』マ」

「そう怒るなって、中ジマ。今日から俺と野球しようぜ!」


 これだけ強調しても、『ジ』のままだ。どうやら人をイラつかせる特殊能力を神から授かっているらしく、他の同級生は彼の熱心な勧誘を笑っている。


「だから、俺は家が貧乏でバイトしなきゃ――」

 そのとき、一人の女生徒が大きく息を吸い込んだ。


「――中ジマ君、なんくるないさアアアアアアアアッッッッ!」


 バカが付くほど叫んだのは北風きたかぜユズ、野球部のマネージャーだ。

 子牛のようなパッチリたれ目で、赤茶髪のツインテールと有り余る胸元がよく揺れており、アフロの少年の目が釘付けにになる。ユズもまた中ジマ派だ。


「うっせぇんだよ! お前も毎日毎日、中ジマ中ジマ中ジマ……」


 彼の沸点が超えた怒りなのか、呪いの呪文なのか、ブツブツ口から溢れ出ている。机にうずくまる彼を心配した山寺も、


「だからよ、中ジマ。なんくるないさアアアアアアッッッッ!」

 と叫ぶので、

「うっせ! バカッ!」と、彼はすっかりグレた。


「おいおい、人がせっかく励ましてんだぞ?」

「そーだよ、中ジマ君。空気は読もう。社会のテストに出るよ」

「出ねぇよ! どんなテストだよ! いきなり人の名前をへーきで間違うバカに出会ったら、どう答えれば正解なんだよ」


「知るかよ」

「『なんくるないさ』じゃねーのかよ! それが正解じゃねーのかよ! 出題者が答えわかんねぇって、もはやテストじゃねーよ! ただのアホだよ!」


 二人は顔を見合わせて、なんだこいつと呆れている。


「おいおい、出題者は中ジマじゃん。――ったく、心の闇が深けぇな」

「まったくだね。ロクな大人にならないよ」

「マジでなんなんだよ、こいつら……」


 二人は幼馴染で、一年も同じクラスで、去年文化祭で披露した演劇のセリフ絶叫にハマった。転学して1週間経つが、中島は二人の餌だ。ツッコみという肉を二人はむさぼりつくす。そう、ツッコみキャラが大好物なのだ。


 山寺がミュージカル風に問う。「親か? 学校か? 社会か? お前を怒らせているのは一体なんだ?」


「お前らだよ!」

「は? 俺たちは何もしてないじゃん」

「してんだろ!」と、中島は眉間に皺が寄る。


「いいか、俺は入部を断った。だから、お前らが誘い続けるのはルール違反なんだよ。ストーカーなんだよ。俺なんかほっといて朝練でもしてろ! 昨日も一昨日も言ったが、この手のタコはたこ焼き屋のバイトでできた――」


「――んなタコあるかーいっ!」


 シュルルル、ボゴオッ! 「ばぼぶぶぶぶっっっっ!」


 ユズの強烈なハートブレイクショットが中島にヒットしたのだ。

 床にうずくまる不良少年に、少女は大きな胸を張って告げる。


「君はたこクルで青春アオハルを謳歌するのか? クルクルは天パだけにしやがれ!」


 子犬のよう目が潤む彼に、山寺が優しく手を差し出した。


「今年から転学してきて、一年に混ざって、二年から入部するのは恥ずかしいかもしれねぇよ。だけど、お前……暇だろ? 暇すぎて何すべきかわからないナニモノ病だろ? だったら、一緒に野球しようぜ、中ジマ。野球はな、楽しいぜ」

「野球はね、外野の芝生で寝るスポーツなの♪」


 いつからか、三人は青春舞台のキャラになっていた。おおむね、中島が演じるダメな同級生を野球で改心させるストーリーだろう。


 なんなんだ……なんなんだよ、この学校は……ッ!?


 目から涙がこぼれ落ちたそのとき、ガラガラガラ――。


「北風に山寺! ま~た中島をいじめやがって。俺の首を飛ばしたいのか?」


 と、予鈴5分前に担任の白川清澄しらかわきよすみが現れた。


「監督、俺たちは野球部のためにやっているんですよ!」

「そーです! このままだと春大一回戦負けです! 即戦力が必要なんです!」


 反論する二人に白川は黒表紙を開け、ペラペラと成績を見始めた。


「だったら山寺。今すぐダイ・ジョブス博士の手術を受けてこい。もっとも、野球で活躍しても英語の成績がこのままなら留年まっしぐらだが」

「アハハ……。監督、フラグ立てないでくださいよ。アハハ……」


 担任の圧力に苦笑いを浮かべる。目は笑っていない。


「タイヨーは留年しないためにも坂ダッシュ100本ね」

「はぁ? ダッシュと英語は関係ねぇし。つーか、また誰かミートグッバイすっぞ」


「たった100本で口答えすんな! お前らはテイオーに勝ち、私を美人マネージャーとして有名にさせる義務があんだよ!」

「恐ろしく不純な動機だな、この腹黒マネ!」


「ハゲ坊主に口答えする権利はないんじゃ、ボケェ!」

「ハゲじゃねーし! 坊主の究極進化系、HGエイチジーだわ!」


 あきれ果てた監督はビシッと告げる。


「朝から痴話げんかはやめぃ! 彼女がいない俺への当てつけか?」

「付き合ってない!」と、自然と声が重なる部員二人に、「とりあえず野球部監督として、お前らの成績はよ~くチェックしとく。部の名誉のためにも見本となる成績を頼む、な?」


 その言葉で二人はカチカチに凍りつくも、クラスは春風に似た心地よい笑い声に包まれた。もちろん、冷や汗まみれの中島の表情も緩んだ。




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