【第1話 2】

 コケコッコーッ!


 野生の目覚まし時計で、いつの間にか眠っていた少年は再び目を開けた。


「うぅ……うん? やべっ、7時過ぎじゃん!」


 急いで布団から出て、寝具をベランダに干す。そして、その足で洗面所にて顔を洗い、汗だくのTシャツを洗濯機に投げた。


 制服に着替え、洗濯機の超お急ぎモードを押し、キッチンで朝食を作る。

 百均のチョコクリームを、これまた100円に半額された食パンにに塗り、バナナ一本とともに低脂肪牛乳で流していく。ざっと20円の食事だ。


 腹持ちは足りないけれど、そそくさと食器を片付けて歯ブラシを手にする。


 ピー、ピー、ピー! 


 歯磨き中にちょうど洗濯機が鳴る。洗濯物をささっと干し終えると、「もうこんな時間かよ!」と彼は焦った。


 登校時間は8時半ちょうどで、あと15分だ。


 学習机に置いたままのスクールバッグを開け、教科書とタブレット端末を放り込む。左肩にバックをかけ、付けっぱなしのPCをシャットダウン。


 再び洗面所にて鏡に貼ったモデル、さわやかイケメン風ヘアスタイルを真似たいが、時間がなく、ワックスでそれっぽい感じにするも、


「あ~、決まんねぇ!」と、ワンパクなガキンチョのごとく毛先が暴れ狂う。


 そう、彼は天パだ。ワックスなど効かぬ。そうしているうちに8時20分だ。


「ウゼェェェェ……。あ、メガネ」と、大事なパーツを思い出す。


 黒縁メガネをかけ、最後のチェックをし、玄関から部屋を覗く。


「行ってきます」――って、誰もいないのに。


 ふと笑みがこぼれ、家を出た。彼の名は中島大輔なかしまだいすけ、高校二年生だ。


 


 中島は4月から東京都北区青羽の区営団地、必要最低限の家具が付く1DKの部屋で親元を離れて一人暮らしをしている。


 家事に追われた慌ただしい朝を終え、目の前の商店街に併設された学校へと向かう。まるで新生活をスタートさせた学生のような気持ちで。


 その短い道すがら――「はい、牛丼弁当一つ♪」


 店前で手売りする可愛らしい牛の、三角頭巾のお姉さんが彼に微笑んだ。

 お天気お姉さんよりも愛らしく、ニコッと見せる八重歯に彼は惚れている。


「いつもありがとうございます!」

「いいえ、こちらこそ。明日も来てね。学校、いってらっしゃい♪」


 商店街の路地にある牛丼屋で昼飯の弁当を買うのが日課だ。

 値段は350円で少々家計に響くものの、プライスレスなお姉さんの『いってらっしゃい』がどうしても聞きたいぼっち暮らしの男子高校生だ。冷たい心をほっこり温めてくれる貴重なお店のお姉さんは女神のよう神々しい。


 もちろん、彼だけではなく、青羽で暮らすサラリーマンたちも同じ――。


「舞ちゃん、牛丼弁当一つ!」と、小太りの男がにやけながら注文する。

「内田さん。今日もありがとうございます。いってらっしゃい♪」


 結婚生活が10年も過ぎれば、愛妻弁当は徳川埋蔵金に似た絵空事となる。

 クソ忙しい朝からワンパク野球少年に手を焼く奥様(元ヤン)にとって、安月給の旦那など眼中にない。一人で散歩に行ってこいポチ状態だ。


 次々来店する犬たちを元気にする舞は背後の気配に気づいた。

「お! やっと出勤かな?」


 二階の自宅、階段から降りてきた女子高生だろう、と。

 少女は瞼をこすりながら、店戸口を開けた。


「あ~、眠っむいわ。舞さん、行ってきますっ!」

「華ちゃん、今日も寝坊? そうだ、天パの子が買いに来たよ。もしかして、彼氏さんとか?」

 

 茶目っ気たっぷりに弁当を渡すも、「だぁかぁらぁ、違うって! 彼はチームの救世主なだけだって!」


 当の本人は色恋沙汰と思われるのが不快なのか、ムッと目を吊り上げ、怯える犬たちを睨み付け、少年と同じ道を辿っていった。


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