第7話 桜井の明かされない妙技と崩壊世界

 上杉の攻めは理想を超え人知も超えて完璧だが、桜井の攻めは無駄が多く、雑である。


 しかし、桜井の怪力は異常であり、それを受け流す事に精神を集中させなければならない。


 精密な動きを常に要求されるため、桜井を相手に完璧に立ち回れる人間は上杉しか存在しないだろう。


 無論、優勢なのは上杉だが、気を抜いた瞬間、桜井は報復に来る。


 この凸凹で破壊されたフィールドでは、常にイレギュラーが発生する。


 予想外からの修正、それでも上杉は桜井を追い詰めていく。


 追い詰めると同時に、桜井も上杉を追い詰めている。


 接近戦は極めて危険、だが、外からシュートが打てない。


 周囲の人間は外から打てと指示する。


 しかし、上杉はそれを決してしない。


 理由がある。


 それは、パワーファイターだから接近戦で勝ってこそ意味があるとか、そういう次元の話ではない。


 上杉が外からシュートを打たない理由、それは、桜井が妙な動きを見せている。


 その意図する意味を上杉は理解していた。


 伝説の戦いで桜井の必殺技がヘブンリーアース・ビーストエンドしか出なかった理由は上杉の看破もあったからだろう。


 もし、外からシュートを打てば負けは必至、桜井には究極の必殺技が他にも存在する。


「あれ? どうしたのかな? 外から打てば君の勝ちなのは明白だよ? 周囲の素晴らしい無能の意見に身を任せてみなよ。」


 桜井が挑発する。


 上杉はそれに耳を貸そうとしない。


「ちッ、これじゃあ必殺技が一つしか無いみたいに思われるじゃないか………」


 その言葉には上杉が笑って返す。


「そんな長たらしい名前、単純に『アクセント・ドライブ』にでもしたらどうだ?」


 そして、得点を奪い取る。


「そんなことよりもさっさと外から打てばいいのに………」


 二人の戦いは苛烈を極めた。


 引き分けで終わり、延長戦となれば更に延長戦となる。


 通常のルールでは、二回延長戦をして勝負が決まらなかった場合、引き分けとなる。


 だが、このクリスタルトロフィーは優勝者にしか送られない。


 王は二人も必要ない。


 延長戦は三回目に突入する。


 互いに息が切れる。


 上杉の攻めは完璧を維持しており、桜井も苛立ちながら隙を見せない。


 四回目の延長戦、五回目の延長戦、小学生の体力を凌駕し、精魂尽きたはずだが、互いにプレイの質が落ちない。


 この時、二人の体は悲鳴を挙げていた。


 延長戦でいつまでも戦わせる無能の判断が彼らの未来を奪うことになる。


 最終的には、フィールドが使用不能となり、フリースローのサドンデスバトルとなる。


 お互い声も出せず、意識も薄れる中でフリースローを打ち合った。


「1本目、2本目、3本目………10本目、20本目、30本目………」


 上杉も桜井もエネルギーは使い果たした。


 それでも、動いている。


 水分補給はできている。


 それだけでなんとか動いている。


「98、99、100………」


 会場もざわめき始める。


 この勝負に決着がつかないのでは無いか?


 そう思ったのは随分前からで、100を決めた時、審判が動いた。


「そこまで!! 今回は異例の事態とし、問い合わせたところ、二人にクリスタルトロフィーを送ることにした!!」


 これには周囲の人々も大喝采を挙げる。


 皆が二人を祝福した。


 表彰式で二人だけにクリスタルトロフィーが送られるという前代未聞の結果に終わってしまった。


 そのはずだった。


 クリスタルトロフィーが二人の手に渡った時、二人の選手は笑ってなど居なかった。


 無能に取っ手の優勝はさぞ嬉しいものだろう。


 しかし、この二人にとって、これほど憎たらしいものはない。


 醜い人間共にとって、名誉と金、女は喉から手が出るほど欲しいものだろう。


 だが、有能はそういうものに興味がない。


 私利私欲に支配される人間程、愚かな存在はいない。


 従って、有能は名誉や金、女に惑わされることなく他の有能を推薦することもできる。


 無論、無能な君たちにはできない行為と言ってもいい切れてしまうだろう。


 猿のような連中が上杉と桜井を祝福した時、上杉がクリスタルトロフィーを地面に叩きつけて砕いた。


『バリーン!!』


 皆は愕然とした。


 無能には、その意味がわからない。


 わかったところで対処もできない。


 法律に従い、税金を支払い、阿呆のように過ごしていく。


 児童相談所に虐待を話しても彼らは口先だけのゴミ人間、警察も注意だけ、そして、悪人からはこう言われる。


「公務員マジ無能でちょろいわ!!」


 そう言って大いに笑うのだ。


 舐められた警察様や国、犯罪者は無法者となり、私利私欲の限りを尽くす。


 そんな狂った国を正すのは冷静に狂える連中だけだ。


「うるせぇんだよ………何がクリスタルトロフィーだ………優勝旗だけありゃあ十分だ!!」


 上杉が表彰台を蹴り倒して優勝小学校が記載された帯だけをもぎ取った。


 そして、もう一つ取れば桜井に投げ渡す。


「そう、僕も腐った大人の風習なんていらない。欲しいのはこれだけだよ!!」


 その後、上杉と桜井はユニフォームを破り捨てて私服になる。


 中には、そのユニフォームも着れず、ベンチに座るだけの者もいる。


 そんな無能が喉から手が出るほどの栄誉を踏み躙った。


「ちょっと待てよ………」


 無論、軟弱な世界で生きている無能には耐え難い屈辱だろう。


「お前ら延長戦を何回した? おまけに、サドンデスフリースロー、今のお前らなら、俺らでも余裕だぜ?」


 世の中はクズで構成されている。


 上杉達の行動が正義だとしても世間からは狂人でしか無い。


「金、名誉、クリスタルトロフィーに目が眩む獣共がなんのようだ?」


 上杉に続いて桜井も挑発する。


「悪いけど、見込み違いだよ。僕らはお前らの下らない私利私欲に縛られていた。でも、今は自由だからね。精魂尽きても、もう体は重くないし、心も締め付けられてない。後、一つ言うけど………」


 それを聞いた無能な連中は激怒する。


「虚勢を!! ユニフォームやクリスタルトロフィーを何だと思ってやがる!!」


 それを聞いて上杉も激怒する。


「くだらんことで他人を巻き込むな!! 欲望野郎共!!」


 桜井は最後に逃がすつもりも無いと言おうとした。


 しかし、その必要もなかった。


 奴らは徹底抗戦を望んでいる。


 呪縛から逃れたとはいえ、精魂尽きたのは事実、楽な作業ではなかった。


「ちッ、こんな雑魚相手に殺さずを貫かなきゃならないとなると骨が折れるぜ………まぁ、無傷だが、そっちは?」


 桜井の方は器用に戦ってはいない。


 攻撃を受けながら相打ち上等のようだ。


「かなり貰ったよ………でも、余裕さ………」


 この後、二人はそれぞれの愚父を再起不能にしなければならない。


 クリスタルトロフィーやレギュラー入り、スタメン入りなどということに拘ってるゴミ共とは違うということである。


 その後、二人が帰宅してニュースでは、その話題で持ち切り、世間が馬鹿騒ぎしている中で、二人は愚父に怒鳴られていた。


「馬鹿野郎!! クリスタルトロフィーを砕くやつがあるか!!?」


 これに対して、二人は不敵な笑みを浮かべて返答する。


「優勝すると約束はしました。なぜ、クリスタルトロフィーを持ってくると思い込んでいるんですか?」


 その言葉に感情的になるが、桜井の父親は一発で病院送り、上杉の方は死闘の末に親を殴らせるようなことをさせた親を恨んだ。


 その時、涙が視界を塞ぎ肩を殴られてしまった。


 ショルダーブロックだが、まともに飯を食ってないこの体では怪しかった。


「ぐわああぁぁぁぁあぁぁぁ!!」


 上杉にとって大きな不覚を取ってしまう。


 これを気に父親は大人気なくも子供に突っ込んでいくのである。

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