第4話 浅井 勇気と浅井 尚弥、そして、伝説へ

「あいつ、『零』に目覚めつつある………」


 浅井 勇気が上杉 芯のバスケを見て確信する。


「それだけではないみたいだね………兄さん………」


 浅井 尚弥が上杉のバスケに違和感を感じている。


 上杉のバスケは零を完璧に扱っているわけではない。


 完成度で言えば10%程度だろう。


「安心しろ、あの程度の零では、何の意味もない。俺は愚か、お前にすらも勝てないだろう………」


 浅井 勇気は断言した。


「はい、あの程度では敵にもならないでしょう………。」


 しかし、上杉は零の存在をクリスタル大会に出るまではわからなかった。


 試合前の日は豪雨であり、雷が激しく、周囲の人間は慌てていた。


 そんな雨の中でも上杉は心地よさそうに歩いていた。


「冷えて気分がいい………」


 頭は熱く、砂糖も無くなり、軟弱に生きているゴミ共が騒いでいる。


 そんな中で雨による知恵熱の冷却を受け入れる人間は俺だけなのかもしれない。


「心地よい………」


 上杉は目を閉じながら天を仰いだ。


 すると飛び込んでくる光が見えた。


 雷だ。


 雨雲から雨雲に飛来している。


 何故か、分からないが数式が見えてしまった。


 雷が落ちる場所を割り出してしまったのである。


 たまたま近くを通りかかった浅井 勇気と浅井 尚弥、二人は走っていたために、上杉のことを認識する余裕もなかった。


 三人の場所に一筋の閃光が降り注ぐ。


『ドカーーーン』


 雷轟と共に降り注ぐ雷を尚弥は運良く被雷せず、上杉は雷を回避し、勇気は不運にもその身に受けてしまった。


「に、兄さ~~~~~ん!!!!」


 上杉は尚弥が泣き叫ぶ姿を冷徹に見詰める。


 そして、他のことを考える。


 雷を避けた自分、それに今更になって気が付く。


「な、なにが起きた………!!?」


 上杉は己の掌を見つめて驚いている。


 そう、雷を運良く避けたのだと、その事実を運で片付けてしまった。


 上杉はあることを思い出して帰宅を急いだ。


「だれか~~!!! 救急車!!!」


 その様子を見ていたオタクの学生がいた。


「………はッ!!? きゅ、救急車だ!! 後、警察も!!?」


 浅井 勇気は優勝候補であった。


 上杉にとってはどうでも良いこと、クズ親父の世話をしなければならない。


「うるせーんだよ!! 大人しく俺が優勝するところ見てれば良いんだよ!!」


 クズ親父は他人に暴力を振るうも自分が振るわれると酷く見にくかった。


 クズ親父の醜態は上杉であろうが誰が見ても醜いものだった。


「てめぇ!! 自分の顔を鏡で見てみろよ!! 他人を情けないとか言っておきながら、なんだこの醜態は!! もともと、てめぇの顔も醜いし、よくそんな顔を他人に図々しくも見せるよな!! 配慮ができる人間ならメイクでもするだろうに、お前はそれすらもしない!! キモいんだよ!!」


 他人を情けないと罵り、他人に逃げることは許さず立ち向かえと、負けた時も醜態を晒すななどとほざいていたクズ親父の本質は臆病でとても醜い人間であった。


「も、もう許してくれ~~!! お願いだ!!」


 この言葉に純情な子供である上杉の良心が痛んだ。


「ぐッ………か、勝手なことばかり言いやがって!!」


 誹謗中傷、闇討ち、寝込みに命を襲う殺人未遂のクズ親父、その醜い命乞いでも親で有ることに変わりはない。


 親としては醜態を晒すゴミだが、子供の上杉にとっては心苦しい体験となる。


「お父さんが悪かった!! 謝るから、もう二度としないと誓う!! 信じてくれ!!」


 人生の経験が少ない上杉にとって、悪人の命乞いがどういうものか想像も付かないものだ。


 本当に改心してくれるのではないか?


 そう思ってしまう。


 しかし、寝込みに命を狙ってくる親父の言葉がどうしても信用できなかった。


「わ、わかったよ………俺が優勝するまでは、待ってて欲しい………」


 そういうと、親父はとんでもなく醜い目をぎらぎらさせて言う。


「あぁ、ありがとよ………芯。」


 驚いたものだ。


 人間の目とは、こんなにも醜いものになるのだと、その目を見た上杉は余りの気持ち悪さに、このまま拘束しておいた方がいいと考えてしまう。


 その日は、親父のことなど忘れて眠ることにした。


 安っぽい布団で、枕もゴミだが、うつ伏せになってぐっすりと眠った。


 安息な睡眠をたっぷりと取ることができた。


 翌日、脳はすっきりしていた。


「気分爽快、今日で優勝が決まる………」


 脳裏に浮かぶ気持ち悪い親の瞳、そんな下らない呪縛を受けながら優勝を飾らなければならない宿命、それに対して何も考えず、大会へと向かった。


 上杉の相手は浅井 尚弥だが、そこに浅井 勇気の姿はない。


 尚弥の零は完成度が高く、上杉の敵う相手ではなかった。


 しかし、上杉は尚弥を退けた。


「な、なぜ、負けたんだ………!!?」


 尚弥は零に頼り切ったが、上杉には零よりも脳を頼った。


 尚弥には、信頼できる味方が居た。


 しかし、上杉に味方は居ない。


 パスもくれなければ、シュートも打たせてくれない。


 常に、困難な状況で戦っている上杉にとって、無能な味方の分も考えなければならない。


「くそ!! 兄さんがいれば!!」


 尚弥が床を強く叩く。


 負けた理由は、上杉が雷を避ける時に見せてくれた下らない理論式だ。


 無能でも調べれば簡単に理解できる。


 試合の流れは尚弥の方が優勢だった。


 尚弥の居場所を上杉が捉えることはできない。


 それでも勝てた。


 零に気付くこともなく、ただ勝つだけ、そして、はじまる決勝戦、そこで出会ってしまう運命の相手、桜井 隼人という選手に………


「す、すげぇよ………あの雷を避けた上杉 芯って選手、きっと彼の環境がもっと良ければ、こんなにディフェンシブな選手じゃなかったはずだ。無知な人間でもスターを探すことは簡単だけど、この選手は派手に攻めたりしない。みんなも何をしてるのかすらわからないだろう。無謀なようで無駄の無い動き、すべてを計算し尽くした動き、彼だけが許された『攻防一体』の動き、それだけじゃ『零』には敵わない。そう、あの雷を避けられる理論式………それが彼を変えたんだ!!」


 オタクは数学者の才能でも持っているのだろうか?


 上杉の動きを数学で表した。


 上杉という人間を数式で表した時、様々な変数を当てはめると、答えが『完璧』を表す式になる。


「完璧だ!! 彼は完璧なんだ!!」


 混沌としている中で、基礎基本に戻し、完璧を知りながら複雑な物事に身を投じる。


 上杉の構えは、気が付けば混沌としており、基礎基本でもあった。


『混元一気の構え・完』


 クリスタル大会で見せてくれた混元一気の構えよりも理にかなっており、混沌としていた。


 混沌をこの時は完璧にとらえていたのだろう。


 クリスタル大会決勝戦では、『最終覚醒』を果たした上杉だが、ここでの上杉の覚醒は『完璧覚醒』を果たしている。


「パーフェクト・アウェイクニング!! でも、桜井くんはビースト・アウェイクニングだよ!!」


 オタクが舞い上がっていると周囲の女子はそれを見て一言言う。


「なにあれ?」


 『野生覚醒』、桜井の動きは余りにも野性的過ぎる。


 最早、クリスタル大会で見せた人間性は微塵も残っていない。


 完全な四脚の獣、まさにそれである。


「が~るるるるる………」


 これから始まる未知の戦いは、艱難辛苦を知る上杉にとっても初めての体験となる。


 人が野生動物のように、四本の足で素早く動く、そんなことを知る人間は稀だ。


 完璧を極め、人間の混沌を極めた上杉だが、その上杉にもまだまだ人間の未知の部分を知らない。


「上杉くん決勝進出!! 尚弥くんを突破してからは敵を無得点に抑えて完璧(パーフェクト)試合!! 果たして、上杉くんから得点を取れるチームは現れるのだろうか!!?」


 オタクが実況と解説をし始める。


 皆は、呆れながらも彼の言葉には頷いている様子だ。


「対して、桜井くんの独特なプレーは上杉くんにとってどう影響を与えるのだろうか!!」


 上杉は相手のプレーを偵察したりしない。


 そんなことをするくらいなら、少しでも睡眠を取った方がマシだと考えていた。


 それが幸か不幸かは定かではない。


 そんなことよりも無能な盗作作家たちが、零を認識せず攻略する方法を見出だせるのかが楽しみだ。


「まぁ、無理だろうがな………なッ!!?」


 しかし、こっちは数式で表すことができなかった。


 手を着いた人間があんなにも速く動けるということを………


「だが、俺を止めることはできない!! ―――なに!!?」


 そして、気付かされるフィールドの変化を………


「でた~~~~!! 桜井くんのバスケを超えた野生戦術!! ドリブル封じだ~~~!!!」


 そう、上杉がドリブルをした床が凹んでいたのだ。


 まるで、獣が通った獣道のように、そこには桜井の手形の足跡が存在していた。

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