第13話

 ーーーー刹那、バチッと一瞬光がはじけ、再び凄まじい爆発が起こる。


「……っ……!!」

「……ーーーー」


 土煙つちけむりが上がり、前が砂でおおわれる。強い衝撃にバランスを崩して床に手を着いた。

 ……しかし、時間が経っても体に異常が感じられないのをいぶかしんで薄く目を開けると、砂嵐の中で、バチバチと黒い静電気のようなものが視界を横切った。

 段々と視界が晴れ、周りが見えるようになってようやく、芽依めいはその黒い静電気がトキの体から放たれているのだと分かった。


「……トキ、くん……?」


 初めは、自分をかばって雷をその身に受けたのかと思った。

 …………でも違う。

 その黒い静電気はトキから放出されているものだし、よく見ると、彼のまとう空気が少し、変わったのが分かる。

 先程よりも、空気が重い。

 まるでそこだけ闇が深まったような……。

 そう。この世の闇を、その体に具現化したみたいに。



「…………魔王の、力……」


 ーーーー唐突とうとつに。だが、当然と、そう思った。

 トキが魔王の分身というのは昨日の夜にテヌートから聞いただけ。実際にその力を見るのは今が初めてだった。

 トキの瞳の色が深まる。

 そのまま立ち上がるのを見る前に、リーフィアが咄嗟とっさに距離を取る。

 それを目で追って、芽依は瞠目どうもくして固まった。

 ……女のほうが、芽依よりも驚いた表情をしていたので。


「…………どうして……」

「あーやべ。急いで来たつもりだったが、ちと遅かったか」

「!!」


 芽依の疑問は突然の後ろからの声によってさえぎられる。バッと振り向くと、見慣れた金の瞳がこちらをどこか呆れ顔で見つめていた。


「………………テ、ヌート……」


 ……いつの間にそこにいたのか、額に汗がにじんだ状態のまま、芽依の隣まで歩いてくる。


「……ったく、お前らは……人に心配かける天才だな」

「…………うるさい」

「ま、……よくやったほうだけどな……。ーーーーで、」


 フッと、馬鹿にしたように笑う口角をしまうと、声を低くおさえ、すごみのある表情でリーフィアを見据みすえる。その迫力に、さしものリーフィアもぐっと言葉をまらせる。


「……お前、何者だ?」


 ちらりとトキの様子を横目で見る。黒い静電気は体に宿やどしたままだ。


「…………何者……?……貴方こそ、力も取り戻していないのにここに来るとは、随分ずいぶんね」

「力、ねぇ……」


 ふっ、とテヌートの周りの空気が変わる。緊張感が高まり、風が冷たくただよう。

 刹那、ぶわっと風が下から吹き上げた。

 髪が強風にあおられる中、リーフィアは目を細めた。


「…………そう。残念……。今日、だったのね……」


 うっすらと顔に笑みを張り付け、リーフィアはテヌートを見下ろす。彼の服装は死神のそれになっていた。


「魔王様が貴方の力をうばって十年。…………さぞ感覚もおとろえていることでしょう」

「……めんな。たかが十年で感覚がにぶる訳ねーだろーが」


 テヌートが女を睨みつける。

 その姿は、初めて見るものならおそおののくく程の迫力がある。


「…………さすが、死神の統括者を二千年あまりも魔王様からまかされ続けるだけあるわ。威厳いげんが違うもの」

「うるせー……。……お前こそ、ただの死神じゃねーだろ。ここ十年は別の奴に代理を任せてたとしても、俺の許可なしに死神にはなれない」

「……ふふっ。そうね。『私達』は死神ではない。魔王様からの命令で動く、魔王様直属の護衛役。……貴方の推察は半分正解」


 すると、リーフィアはトキ達から離れ、より上空へと昇っていく。


「そして、半分外れ。…………貴方は、私を知っている」


 月にかかっていた雲が徐々じょじょに移りく。月明かりが段々と彼女を照らし出す。

 バチバチッと、トキのまとう力がより強くなった。


「…………正確には、貴方は私の『力』を知っている……と、言うべきかしら」


 バチッ、バチバチッと、力が強くなるにつれ、トキの表情が若干じゃっかん苦しげにゆがむ。

 トキの魔王の力は、パートナーであるテヌートが死神の姿であれば多少は抑えられる。だが、今はテヌートの抑止よくしが発動しているにも関わらず、どんどん力が増している。

 それは、彼の力と共鳴する力が、近くにある事を意味する。


「…………お前、まさか」


 にたり、と女が口角を上げる。

 月を隠していた雲が完全に消え、月明かりが女を照らし出す。

 そこに映し出された瞳の色に、芽依は目を奪われた。

 それは、トキのそれと、同じ色で。



「ーーーー瑠璃るり色の、瞳……」


 その瞳を見た瞬間、彼女の周りの雰囲気もトキと同じものに変わる。だがしかし、彼よりも重く深い闇。


「瑠璃色の瞳は、魔王様の分身のあかし。『私達』に関わるなら覚えておいたほうが良いわよ」

「……………………」


 芽依とトキが、それぞれ別の思いでリーフィアをただ黙って見つめる。

 それとは反対に、テヌートは地を蹴る。消えたと錯覚さっかくするほど素早く跳んだ彼は、一瞬にしてリーフィアの元にたどり着くと、ふところに剣を突き出した。

 キィンと鼓膜こまくが破れるくらい、激しい金属の衝撃音が響いた。

 風もないのに、テヌートのそでがなびく。


「……ほど。魔王様の分身なら尚更なおさらだ。ーーーーもう手加減しねぇぞ」


 ぐっ、と力を込め、テヌートが空を蹴る。リーフィアも受け止めてはいるが、彼の剣に押され、後方にどんどん押しやられていく。


「……………………っ」


 壁にぶち当たり、女の体が壁に食い込む。バキッ、メキッと壁の割れる音か、骨のくだける音か、どちらか判別出来ない音が妙によく聞こえてきた。

 それでも力をゆるめないテヌートの金色の瞳が、更に輝きをびる。それと同時に、彼の剣も発光してきらめく。

 それを見たリーフィアは、咄嗟に自分の力を解放した。

 剣同士の打ち合いにも関わらず、火花が散り、二人の間で爆発がしょうじる。

 今度こそ壁が端微塵ぱみじんに砕け、それぞれが無意識に距離を取る形となった。

 バチバチッとトキと同様の静電気を体に纏いながら、リーフィアがテヌートを睨み付ける。


「……手加減しない?私を誰だと思ってるのよ。魔王様は私。私は魔王様。分身と本体は一心同体のようなものよ。貴方ごときが私に勝てるはずがないわ」

「へぇ。言うねぇ。だが今のトキに俺は負ける気がしねぇ。つまり、俺がお前に勝つのも不可能じゃない。……分身と言っても、所詮しょせんは力を持ったばかりのお子様だろ」

「その男と私を同列にあつかわないで。私は、それが産まれるずっと前から魔王様に仕えているの」

「でも、戦闘経験は浅いようだな。作戦が幼稚ようちだぞ」

「…………何ですって?」


 リーフィアが地をうような声を出す。テヌートは余裕があるのか、彼女に挑戦的な笑みを浮かべた。


「あの下級悪魔もそうだ。……あいつら殺して、芽依の光を消そうとしたんだろうけど……」

「………………何が言いたいの」

「あそこには裕祇斗ゆぎとがいるからな……。あいつはまだ、死なすわけにはいかないんでね……」

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