第14話

 その頃裕祇斗ゆぎとは、多方面から向かい来るけものに苦戦をいられていた。

 獣は休む間もなく襲いかかってくるし、ってもすぐに再生する。

 羽の悪魔に近付こうにも、まずこの獣を何とかしなければ身動きが取れない。

 それに、無理に近付いて逃げられてしまっては元も子もない。

 あくまでも一瞬で、しかも確実に仕留しとめるには、彼らのすきを突くしかない。

 だが……。


「……一人で陽動ようどうと攻撃って……無理があるだろ……」


 一人でいるからか、思わず本音が口からこぼれる。だが、戦う理由があるから、裕祇斗は手を止めることはない。

 三津流みつる忠文ただふみ、それにこの屋敷をたくされた。

 今、此処ここには自分しかいない。

 ーーーー彼等を護れるのは、自分しかいない。

 先程さきほどまで、獣達は三津流が逃げた先の忠文がいる部屋を狙っていた。けれど、裕祇斗が何度も行く手をさえぎった為、裕祇斗を倒さなければ先に進めないとさとったのだろう。今、獣の注意は自分を向いている。


「……来い」


 まだ、羽の悪魔と裕祇斗の間には距離がある。剣を投げても、三匹の獣に盾になられたら、途中で剣は止められる。

 まずは、獣の足留あしどめを……。

 一匹の獣が裕祇斗に飛びかかる。

 体勢を低くしてかわし、彼等の間を勢い良く通り抜ける。

 護身用にと芽依が隠していたやりが彼女の部屋の軒下のきしたにあるはず。

 廊下の手摺てすりに乗ると、そのままそれを踏み台として跳び上がる。屋根に手をかけ、もう片方の手で槍をつかむ。


「…………、っよし……」


 ここまで追いかけてきた獣が、同じように跳び上がるのを見て、裕祇斗は屋根から手を離す。

 そのまま思い切り、獣に対して槍を突き立てた。


「『ガウッ!』」


 槍は獣を貫通かんつうして地面に突き刺さる。

 身動きの取れなくなった獣は、うなり声を発しながら、必死にもがいていた。


「…………まず、一匹……」


 斬っても死なない化け物。物理的に動けないようにしてしまえば関係ない。

 仲間意識があるのか、他の獣の威嚇いかくする咆哮ほうこうするどいものとなる。悪魔がより一層甲高かんだかい声を上げると、二匹目の獣が裕祇斗に襲いかかってきた。


「……!」


 だがしかし、裕祇斗が剣を構える前に、剣が視界から消える。


「……ご無事ですか、王子!」


 音もなく近付いた何者かは、門の兵士が持つ小型の槍を振り下ろし、獣を地面へ叩き落としてこちらに視線を寄越よこす。

 裕祇斗はその者を見て、これ以上ないほど目を見開く。


「え、……は……!?杙梛くいな!?おま……何で此処に……!!」

「……芽依めい様の命で街の方々を避難させていたのですが、王子の様子が気になって……。他の者に後を頼んで、来てしまいました」


 信じられない者を見たような顔で自分を見てくる裕祇斗に苦笑いを返しつつ、杙梛が答える。

 その間も、獣を蹴散けちらす手はゆるめない。

 その姿を見て、裕祇斗も冷静さを取り戻したのか、剣を構え直す。

 躊躇ためらいもなく獣を叩き落としたところからして、杙梛にも獣達が視えるのは間違いないだろう。何にせよ、此処に杙梛が来てくれたのは何より心強い。

 ……結局いつも、自分は誰かに護られてる。

 それでも戦闘中、背中を安心して預けられるのは、彼しかいないのだ。

 二人は何も言わずとも、二匹の獣をそれぞれに相手する。

 杙梛が槍を横凪よこなぎに払い、獣の腹部を切りく。

 血飛沫ちしぶきが彼の顔に飛び散った。


「っ……、コイツらは斬っても死なない。攻撃は最低限で良い!その間に、本体を倒す算段を考えーーーー」


 ガウッと一際ひときわ大きい唸り声が耳をかすめる。どこか遠くでそれを聞きながら、瞠目どうもくする。

 先程地面に槍でい付けたはずの獣が、槍を体に貫通させたまま、杙梛に襲いかかってきたのだ。


「っ、……!!」

「杙梛っ!!」

「…………、大……丈、夫……っ、……です」


 衝撃で地面に転がったものの、杙梛は咄嗟とっさに自身の持っている槍を横に構え、獣に刺さった槍を受け止める。さらに足を出し、獣のあごを突き上げ、上を向かせた。

 受け止め切れず、槍がパキリと音を立てる。ガガッと地面に引きられ、背中に血がにじんだ。

 それでも千切ちぎられるのだけは避けようと、必死で獣の口を封じる。


「…………っ、……!!」

「杙梛……ーーーー!!」


 裕祇斗は獣をぎ払い、杙梛のほうにきびすを返す。すぐに再生した獣が裕祇斗の足に噛みついた。ブチッとけんの切れる音がして、右足に鋭い痛みが走った。


「…………っ」


 ーーーー唐突に、今まで反応の無かった羽の悪魔が、にたり、と笑った。

 殺すなら今だと踏んだのか、獣と共に杙梛のいるほうへ移動する。

 動いた、と……視界のすみとらえ、考えるよりも先に剣を放っていた。

 裕祇斗が放った剣は、悪魔の盾になっていた獣を貫通し、勢い殺さず、小さな悪魔の全身にぐさりと突き刺さるーーーー。


 ーーーーキィィィイイン!!


 鼓膜こまくを震わすほど甲高い声を発しながら、悪魔がはじけてちりになる。それとほぼ同時に、獣達も全身が土となり、地面にぼろぼろと崩れ落ちた。


「ーーーー……」


 額に冷や汗を滲ませ、肩で息をしながら、崩れたそれをただ呆然ぼうぜんと眺めていた。

 杙梛も似たような表情をとっていたものの、しばらくすると、はっと気がついたようにして裕祇斗に駆け寄った。


「王子!お怪我が……!」

「……あー。これくらい大したことじゃない」

「大したことないわけないでしょう!」


 ぎこちなく笑って誤魔化そうとする裕祇斗に対し、杙梛は眉を吊り上げてあからさまに怒った表情になる。

 それを見つつ、しまった……と内心ため息をついた。

 杙梛は王子としての裕祇斗を大切にしているふしがある。

 事あるごとに王子らしくあれと告げる彼は、裕祇斗がこんな大怪我を負うことは許さないだろう。


「……とりあえず、止血はしましたが、一度王城に戻って医師にて頂いたほうが……」

「…………いや」


 そこで一度言葉を切り、奥の部屋を見つめ、暫くして杙梛に視線を戻した。


「三津流の所にいるよ」

「ですが……」

「頼む、って言われたんだ……。姫が無事に戻るまでは、俺は此処にいる」

「……………………」


 眉間のしわを濃くする杙梛。

 だが、裕祇斗がこうなったらゆずらない事を知っている彼は、深々としたため息をついた。


「……分かりました。王子がそう言うなら従いますよ」


 ーーーーにっ、と裕祇斗が口角を上げる。

 悪戯いたずらっぽく笑う彼に、杙梛もあきれたように微笑んだ。


「…………本当に、貴方達は……」


 杙梛の前で、此処に残ると言い切った芽依と裕祇斗。

 何の偶然か、同じ台詞せりふを放った二人は、その表情までそっくりで……。

 決して、目を逸らす事をゆるしてはくれない。

 三津流の部屋を目指す裕祇斗の後ろ姿を眺めながら、杙梛は眼鏡の奥で目を細めた。


「…………だから、貴方がたは迷わないんでしょうね」


 ぽつりと呟かれたそれは、裕祇斗に届く前に風にけて消えたーーーー。

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