代わりに夏休み

加藤那由多

『代わりに夏休み』

 はぁ……憂鬱ゆううつだ。

 終業式の日、明日から始まる夏休みに胸を躍らせるクラスメートのすぐ横で、光故に生まれる影の多さにため息をつく少年がいた。

 夏休みひかりあるところに宿題かげあり。

 夏休みは確かに好きだ。エアコンの効いた部屋で一日中ゴロゴロとゲームができる。

 いや、訂正しよう。

 エアコンの効いた部屋で一日中ゴロゴロとゲームが、夏休みは好きだ。

 うちはママがきびしいせいで、宿題が終わるまではゲームは一日一時間なんてルールが設けられている。

 あぁ、宿題なんてなければいいのに。

 誰かがぼくの代わりに宿題をやってくれるなら、ぼくの大事にしてるもの、なんだってあげるのに。

「『なんだってあげる』だなんて大口を叩いて。本当にその覚悟はあるのか?」

 目の前に突然広がった黒。それは闇。

 光を感じない、吸い込まれそうな闇。

 光あるところに影あれど、影あるところに光があるとは限らないと知った。

「夏休みの宿題を、俺様が代わりにやってやる」

 闇は続けて言う。

「その代わり、お前の夏休みを貰おう。お前が一日中ゲームができるよう、最後の一日以外の全ての夏休みを俺様に寄越せ。そうしたら、お前は宿題が全部終わった状態で夏休みの最終日を迎え、好きな事をして過ごせる。お前の望み通りだろう?」

 ぼくは頷いた。そんな事が叶うなんて、夢みたいだ!

「契約成立。また夏休みの最終日に会おう」

 そう言うと、闇は夏休みの宿題を全部飲み込んで消えた。

 その日、ぼくはスキップしながら家に帰った。今日の分のゲームをして、ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドでぐっすり眠った。


 そして起きると、夏休みがほとんど終わっていた。

 机の上には、完全に終わった宿題が積んであった。

 闇の言っていた事は本当だった。

 夏休みのほとんどと引き換えに、全ての宿題を終わらせた。

 みんなが必死に終わらせた宿題が、一晩寝るだけで終わってるのだから、最高以外にどんな表現をするべきだろう。

 ベッドから飛び起き、ママが焼いたパンを食べる。

 ゲーム機を起動して、お気に入りのゲームのカセットをす。

 宿題について言及するママは、終わった宿題を見せて黙らせた。

 これでぼくは正真正銘の自由!!!

 夕方になって夕ご飯を食べた後も、夜になってパパが帰って来た後も、ずっとゲームをした。

 更に時間が進んで、流石にゲームより眠気が勝ち始めた。

 いっぱいゲームをして満足。

 歯を磨いて、幸せな気分で眠りについた。


 そして起きると、夏休みは終わっていた。

 闇の言っていた事は本当だった。

 宿題を終えるのと引き換えに、夏休みのほとんどを失った。

 今のぼくに昨日までの幸福はない。

 夏休みが突然終わった喪失感だけが残った。

 なんだってあげる、は嘘だった。宿題はやりたくないけど、夏休みは失っちゃだめだった。

 夏休みの思い出をみんなが楽しげに話すのを聞いて、余計に気分が悪くなった。ぼくは適当に海に行ったと話して、苦しくなった。

 夏休みが始まる前に戻してくれ、と願った。

 もう闇と契約なんてしないから、と心の中で叫んだ。

 だけど「なんでもあげる」とは言わなかったからか、闇はやってこなかった。

 結局その願いを叶えてくれるものはなく、二学期が始まった。

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代わりに夏休み 加藤那由多 @Tanakayuuto

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