第二十三話 明かされた真実

 ――物事には必ず意味がある。何を信じて、何を理由に生きるのか。正解がわからなくても、それを探すこと自体にも意味がある。並行する世界の狭間で、明かされた真実。――




「明軍……?」


 小さな体のサイズに合っていない、だぼだぼなコートや、リボンの装飾が踵に施された丈の短いチャック付きの紅色のブーツからも、年齢は幼く見える。 

 福沖はこの少女に背中を刺されたのか……?

 この子と二人だけで明軍のリーダーのところへ……断れば福沖が助からないかもしれない……?


「そう。リーダーがあなたを呼んでいる。早くすればそこの女子生徒が助かる確率は上がる」


 雨の音も聞こえなくなるほど考えた。でも、何が正しいかなんてすぐに出せるわけがない。直感で下す決断。今、俺にできることは一つしかない。


「わかった。一緒に行く」


 俺が答えた直後、教室が暗転して周囲に四つの火の玉が出現した。

 目が慣れてくると、それらは薄暗い中に建てられた燭台の炎であることがわかる。

 そして前方には、鼠色のふかふかなバスローブのようなものを纏い、指まで隠れるボア生地のスリッパを履いた男が、重量感のある玉座に片肘をつき座っていた。


「ようこそ、独瞬君」


 男はその場で立ち上がり、両腕を広げた。腰のあたりで蝶々結びした紐の片方だけが長く垂れている。


「私の名はラムスパルダ。どうぞよろしく」


 この男が明軍のリーダー……! 俺たちの学校に侵入し、多くの生徒を危険にさらしてきた組織のボスか!


「リーダー。約束で一人助けないといけない人がいる。わたしの願いを聞いて」


「おっと、そうだったな。では聞こう」


 俺の横に並んでいた少女が一歩前に出た。


「ラムスパルダ。わたしがここに来る前に女子生徒に刺した毒針を、注入した毒ごと消去していい?」


「よし、許可しよう!」


 気味の悪いやり取りの後、ラムスパルダと名乗った男は再び玉座に腰かけ話し始めた。


「君が来るのを心待ちにしていたよ。来てくれてありがとう」


「何のつもりだよ! 福沖は助かったのか!?」


「安心してくれ。その子の能力に誤りはない。ちなみに、君を殺す気も全くない」


 ラムスパルダに指を差された少女は何も言わず、不気味につっ立っている。


「一から全部説明してくれるんだろうな。今まで起きたことと、これからのことを」


 明軍のやつらが俺たちのことをどれだけ知っているかわからないが、わざわざ向こうから寄ってきたのはまたとないチャンスだ。


「もちろん、そのつもりだ。だが、全てを答えることはできない。そのうえで君に判断をしてほしい」


 うっすらと炎で照らされたラムスパルダの顔は、表情がぎりぎり認識できるくらいで完全には見えない。ここは一体どういう場所なのだろう。床も天井もない。燭台の炎以外には灯りがないし、果てしなく闇が広がる肌寒い空間だ。


「我々明軍の目的は暗軍を滅ぼし、きたる戦いに備えることだ」


「暗軍を滅ぼす!?」


「そうだ。我々の国は今、外部からの侵略の危機に瀕している。オールビットの頂点に立つお方は、明軍と暗軍を一つの勢力にまとめ、侵攻勢力に迎え撃つ気でいらっしゃった。だが、長らく亀裂の入っていた二つの勢力を同時に指揮するのは困難と判断され、どちらか優秀な戦力だけを残すことをお考えになったのだ」


「……暗軍はそのことを知ってるのか?」


「さあな。あちらのことはよくわからない。しかし君は今、暗軍に味方しているということは間違いないだろう?」


「当たり前だ。俺たちにとってはお前たちが圧倒的な悪だからな。暗軍は何も間違ったことをしてない。こそこそと裏で趣味の悪いことをやってるお前たちのせいで迷惑する限りなんだよ」


「それは申し訳ないと思っている。何せ君たちの国に見つかってしまっては面倒なことになるからね」


「お前の仲間のベル使いが国に同意を得ているって言ってたぞ? あれは嘘なのか?」


「レルブちゃんか。正しい表現ではないな。正確には明軍が一方的に君たちの国を利用している状態だ」


「なら何でこの学校を好き勝手できるんだよ? SMIにお前たちが入り込めるのはどうしてだ!?」


「それは簡単だ。禍野高校を創設したのはオールビットの最高権力者ご本人だからだ。当然管理もされている。ちょうど名前が出たから先に言っておくが、SMIでの活動内容は一切答えられない」


「え?」


 禍高を作ったのがオールビットの人間? それが本当だとしたら、何をやっても大した問題にならないのは筋が通るかもしれないが……


「先生たちも皆オールビットの人間なのか……?」


「いや、それに関しては違うということまでは言える」


 俺たちはこの国に人生を救われたと思っていた。行き場をなくした人たちの未来を切り開く最後の希望だと。

 でも、最初から全部明軍の掌の上だったっていうのか? じゃあ誰が俺たちの未来を保証しようとするつもりなんだ? 全部偽物の救済だったのか?


「さあ、大体の経緯はわかっただろう。やっと本題だ。まずは私の“力”について話そう」


 誰だ? どの先生が明軍だ? もしかして生徒の中にも……?

 早くミコに知らせなければ。間暇まいとまやシキならきっとどうにかしてくれるはずだ。いっそ禍高の生徒全員にこのことを言ってしまえば――


「独瞬走人。リーダーの話を聞いて」


「はっ……ああ、それで、次は何だよ?」


「独瞬君、あまり考えすぎるな。君に選択してほしい最も重要なことを話す」


 こいつ、俺が今聞いたことを誰にも話さないとでも思ってるのか? 絶対に暗軍を滅ぼさせたりなんかしない。


「私はこの右手で触れた者の“力”を診断することができる」


 ラムスパルダは立ち上がって俺に近づき、俺の頭に右手を置いた。

 俺よりも随分と身長が高い。二メートル近くはある。


「君の能力は物事の手順を模倣し、自らのものにする“力”……メソッドコピーといったところか」


 確かに正解だ。やり方さえわかれば、いつの間にかできるようになっている。それが俺の能力。

 ラムスパルダはまた玉座に座り直し、話を続けた。


「なんとなく当たりは付けていたんだよ。君がルージヤの位置を特定したり、物体操作を行ったりと、複数の能力を使いこなせる稀有な存在であると。普通はそのようなことはあり得ない」


 ルージヤの位置を特定したのは間暇だ。明軍は間暇が何らかの能力を持っていることをまだ認知していない……?


「さらに、もう一人の重要な存在。抱愛つつめ君」


「抱愛さんが……」


「彼女は非常に特殊な能力の所有者だ。表現が難しいが、ざっくり言うと防御魔法だ」


「防御……魔法?」


「そうだ。私にも解明はしきれていないが、ある条件下において緊急で防御が展開され、場合によっては強烈な反撃が繰り出される」


 あの時……アラルーグの渾身の一撃を無効化したり、巨大な腕で俺と間暇を守るように攻撃をすることが確かにあった。


「守りが強ければ戦争の勝率は格段に上がる。さらにカウンターという特大のおまけまでついてくる。私たちは抱愛くんの“力”に魅了され、何としてもその“力”を手に入れようと計画した。しかしそこへ独瞬君、君が現れた」


 こいつら、結局は自分勝手な屑だ。


「もうわかるだろう? 君が抱愛君の能力をコピーして明軍に協力してくれれば、それだけで抱愛君や禍野高校から手を引こう。それができないなら大人しく抱愛君を我々に渡すことだ。これ以上、余計な犠牲が出る前にな」


「…………なるほどな。その判断を俺ができるってわけだ。でもその前に俺の質問に答えてくれ」


「聞こうじゃないか」


「お前たちの国には“不可侵の法”がある。明軍が暗軍を滅ぼすなんてできないんじゃないのか?」


「今はまだできないな。しかし、いずれ法が変われば問題はなくなる」


「明軍とオールビットの最高権力者はグルってことか?」


「先ほども言ったが、暗軍の状況がわからないため何とも言えない。我々明軍が知らされていないことを暗軍が知っている可能性もある」


 明軍と暗軍は完全に分離している状態。明軍の取る行動が、オールビットの最高権力者の意図の全てだとは限らないということか。


「次、俺が連れてこられたここはオールビットか?」


「解釈はオールビットで合っている。だが地理・時空的にはオールビットではない。ここはレルブの作った仮の空間だ」


「ベルの音で開けたワームホールの中か」


「よく知っているな。確か“空間ドア”といったか……明軍に来ればレルブから手順を教えてもらえるかもな」


「ルージヤは何者だ? どんな能力を持ってる?」


「ルージヤ……あれは相当に面白い子だ。あの子もまた、我々にとって重要な存在だ。残念だが君に詳細を教えることはできない」


「最後、お前は抱愛さんの能力を知ってたけど、その右手で抱愛さんに触れたことがあるってことか?」


「鋭いな。確かに数年前に一度、私は幼いころの抱愛君に会っている。あの子は覚えていないかもしれないが、まさか今になってこれほどまでに魅力的な能力になるとは、その時は考えもしなかった」


「お前たちは前々からこの国に侵入してたのか?」


「そこについても答えられない。ただ『会った』という事実は確かだ」


「そうか……よくわかった」


 かなり多くの謎が解けた。俺が狙われることがあっても、決して積極的に殺されそうになることはなかったのは明軍が俺の持つ“力”に可能性を見出していたからだ。これからの皆の未来を守るためには、俺が明軍に協力するのが一番手っ取り早い。その場合、暗軍は滅びることになるかもしれないが、所詮は赤の他人だ。

 情なんて、情なんて湧かない。


 そう言い切れるなら、俺はこんなに苦労していない。

 守りたいものがあるから、失くしたくないものがあるから、足掻いて抗って、わざわざ腹を川上へ向けて逆流の真っ只中を進んでいく。

 そんな生き方を教えてくれた人たちの中に、ミコやシュライルもいるんだ。

 皆がいないと、俺が生きる意味がない。



「色々教えてもらったけど、悪いな。誰が学校を創ったとか、オールビットの戦争がどうとか、そんなこと俺には関係ない」


 俺、この状況から逆らって生きようとしてるの無理があるかな。


「ここに来て出会った皆が一人でも欠けることになるっていうなら、俺はこの国の人間としてお前たちと戦う」


 燭台に重心を……やれるだけやれば何かが起きるはず……


「そうか! それなら時間をくれてやろう!」


「えっ?」


「君は今から禍野高校へ帰れ。今日聞いたことをゆっくり考えて、まとめる時間が欲しいだろう?」


「俺を逃がすのか? 俺の話は誰も信じない、なんていう自信でもあるのか?」


「ふっ、もちろん話しても構わないが……こういう条件を付けよう」


 ずっと黙って立っていた少女が、また一歩前に出た。


「ラムスパルダ。今、独瞬走人に話したことを一部でも独瞬走人が誰かに伝えたら、その瞬間に独瞬走人の心臓を貫く刃を独瞬走人の体内にセットしてもいい?」


「許可しよう!」


「何を!?」


「この子の能力は“夢乞ゆめごい”という。名前を呼んだ相手に許しを請い、承認されれば願ったことを実現することができる。対象の意思や記憶を変えることはできないが、物理的作用であればある程度は叶う。妙な言動は控えた方がいいかもしれないな」


 そうきやがったか……! 俺は一人でこの問題に向き合わなければならないと……


「それじゃあ、帰ってゆっくり考えて。帰る方法は一つしかない。独瞬走人。今から独瞬走人を禍野高校の美術室へ戻していい?」


「わかった。やってくれ……」


「また会おう、禍野高校の英雄よ。賢明な回答を期待している」


 まじで図に乗るなよ、クソガキとロリコン野郎が!


 燭台の炎が一斉に消え、大雨の音と共に美術室の電気がぱっと点いた。


「福沖! 福沖!」


 床に横たわっている福沖の背中に刺さった針はなくなっていた。


「独瞬……?」


「良かった……生きてる……!」


「え!? 何よ急に気持ち悪い! ていうか、私何を……」


 突然の生存確認にドン引きした様子の福沖は、俺の起こした現象について迫ることなく、慌てて帰っていった。


 結果的には福沖にもろもろのことがリークせずに済んだから、良かったのだろうか……


「俺たちはどの世界で生きてるんだろうな……」


 降水増す金曜日の寂しい美術室で、一人虚しく呟いた。

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黒いマジック 伝子 @denco_

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