第二十一話 “最強”の動力源

 ――強者のエネルギー源となるもの。それは一体何だろうか。圧倒的な力を持った者を突き動かすもの、“最強”の動力源。――




 禍野まがの高校の正門から校舎へと真っすぐ伸びる校道こうどう。それを挟むように、二本の大きな樹が正門の傍にある。

 外から入ってくるときは、大きな校舎とその正面の一本の立派な樹に目を奪われ、これら二本の大きな樹、“二番学路樹がくろじゅ”と“三番学路樹”の存在感は極端に薄まる。

 しかし反対に、校舎から正門に歩き、学校外へ出るときに初めて、この二本の門番はここを通る生徒たちをいつでも見守ってくれているということに気づかされる。


 校舎から見て左側、通称“二の樹”の下で、俺と間暇まいとまは最強と名高い男子生徒と合流した。


「よしっ、じゃあ早速行こうっ!」


 今回のミッションは、俺のスマホを自然な流れで持ち帰った“大通りの盗賊”の生き残りの大男、リーダーの率太りったという男を見つけ出し、速やかに取り返すことだ。ついでに二度と生茂に近づけないようにコテンパンにできればより好ましい。


「……で、どこに行くんだっけか?」


 合流して早々に出発を促す間暇に、喧嘩王シキが気怠そうに訊いた。

 最強という揺るぎない看板を立てられたシキだが、とてもそのようには見えない。カッターシャツがズボンからはみ出しまくっているファッションスタイルは、確かに穏やかな感じではないが、体格は普通どころかスリムで、特別強靭な見た目ではない。いつも片手に本を持っているから、不真面目な読書家というイメージが大きい。


「ヒトくんの盗られたスマホを取り返しに。場所は繁華街を抜けたところだから十分もかからないと思うよっ」


「シキ、今日はよろしくな!」


「……ん」


 こんな形でシキと絡めるなんて、ついている。スマホを盗られて良かったかもしれない。でも一つ気になることが……


「他人と進んで関わろうとしないシキが、なんで俺を助けてくれることになったんだよ?」


 シキに聞こえないように、声を潜める。


「シキくんはぼくと同じ十組って言ったでしょっ?」


 シキはやや後方で、本を読みながら俺たちについてきている。


「ぼくはシキくんと友達だから、ぼくの頼み事はよく聞いてくれるんだよっ」


「結局友達になれたんだな。シキはクラスでは意外と明るいやつなのか?」


「全然そんなことないよっ。みんなはおっかないからって近づこうとはしないし、基本話しかけるのはぼくだけだからねっ」


「お前って本当に怖いもの知らずだよな」


 間暇まいとまの知り合いには他にもとんでもない人物が隠れていそうで、善し悪しのわからない期待が膨らむ。


「俺もシキと友達になれば困ったときに手を貸してくれるかな?」


「そうだねえ。コツならあるよっ」


「コツって?」


「シキくんは大のコーヒー好きなんだよっ。今回も極々ごくごくコーヒー二本で手を打ってくれたからねっ」


 そういえば、前に情報屋リーカー福沖ふくおきがそんなことをちらっと話していたような……あれは重要な情報だったんだな……


「頼み事ならコーヒーを奢れば引き受けてくれるよっ。特に第二売店限定の極々コーヒーには目がないから、いざというときに使うと超便利だよっ!」


 この二人の関係性がよくわからないが、とりあえず助けてくれるなら心強い。


 繁華街を抜け、人通りがぽつりぽつりと減っていく。

 日は傾き、五月最後の夕焼けが空を滲ませている。


 信号機のない横断歩道をいくつか渡り、閑静とした住宅街へ入り込む。

 その中にある地味な木造アパート。一階の三号室に俺のスマホがあるらしい。


「いざ目の前にすると……」


 “103”と表記されたドアの向こうには、昨日の盗賊のリーダーがいるのだろうか。


「大丈夫だよっ、まずチャイム鳴らしてみようっ」


「……ほんとに大丈夫だよな?」


『ピンポン――』


 突入を渋る俺にお構いなしで、シキがチャイムを押した。

 さほど待たずしてドアが開いたが、出てきたのは初めて見る女性だった。

 肩下まで伸びたぼさぼさの茶髪。前髪でおでこと眉毛が全隠れしている。黒地に白ラインの入ったジャージ姿で、煙草を咥えたガラの悪い見た目だ。


「どちら様ですか?」


「いえそちらこそ、じゃなくてえっと」


 これ部屋間違えてないか? そう思った俺は言葉を詰まらせたが、間暇は落ち着いて答えた。


河館率太かわたちりったという人を探してるんですがっ、ここにいませんか?」


 女性は咥えていた煙草を左の人差し指と中指で挟み、一頻ひとしきり目を動かして俺たちを見た。


「知りませんけど、あなたたち学生さんですか?」


「そうなんですけどねっ」


 間暇が俺の肩に手を置いた。


「彼が昨日、大通りにある繁華街の近くでスマホの盗難にあったんですよっ。その犯人がここにいると思うんですが」


 部屋を間違えたわけではなさそうだ。女性は目を細めて即答した。


「だから、そんな人知りませんから。あなたたち何なんですか?」


「じゃっ、ちょっと中を調べさせてもらいますね! テレビの前のテーブルに置いてあるはずなのでっ!」


 俺は確信する。プライバシーの頑丈な壁をないものにし、なんでも見透かすこいつを敵には回したくないと。ミコが言う「倫理の外」ってこういうことも含んでいるのかと思った。


「ちょ、ちょっと!」


 間暇が先陣を切り、無理矢理押し入る。

 間暇の言った通り、テーブルの上に俺のスマホが堂々と置かれていた。


「おお、まじであった!」


「良かったねっ、ヒトくん!」


 スマホを手に取り、振り返ると、シキが女性に捕まり刃物を突き付けられていた。


「動かないで!」


 凶器を前にたじろいだが、捕まった当人を見てそんな動揺はすぐに失せた。

 シキは女性に背後から首に腕を回されながらも、気にせず読書にふけっている。


「まさかここまでやってくるとはな」


 シキたちの後ろの部屋から大柄な男が現れた。左頬の大きな傷跡で率太りっただとすぐにわかる。


「よくこの場所がわかったな。GPSってやつか? 今回は俺が迂闊だったな」


 そんな大層な科学の代物ではなく、“外側の力”という奇天烈な能力によるものだが、率太からも焦りを一切感じない。

 それもそうか。今、あちら側にとっては人質が一人いる状態で明らかに有利だ。


「あなたがヒトくんのスマホを盗った犯人ですねっ?」


「いかにも。ただしあらかじめ言っておくが、俺はお前らに何かをすることが目的ではない」


「生茂か……」


 あれだけの力の差を見せつけられてもなお、諦めていないのか。だいぶいかれたやつだ。


「その通り。やつに今すぐ伝えろ。俺はピンピンしているとな。人質の男子生徒を取り返したければ一人でここまで来いと。昨日のことを隣で見ていたお前にはわかるよな? 俺は本気だ。断れば人質がどうなるか――」


「やだねっ」


 きっぱりと断った間暇が、ゆっくりと近くのソファに移動した。


「そこのガキが死んでもいいのか?」


「あなたたちにはできませんよっ」


「ねえ率太、何なのよこの子たちは!?」


「こいつ、いかれてやがるのか……? おい、動くなって言ってんだろうが!」


 見れば口に出さずともわかるだろう。この状況で初対面の人の家のソファに腰かける間暇。刃物に目もくれず活字の海でクロールを続ける囚われの身のシキ。そっちがいかれた盗賊のリーダーなら、こっちは倍いかれた外側の男子高校生だ。


 しばらくの間、無言の時間が続き、俺も率太もシキを捕らえている女性も、この異常な展開に困惑していた。

 だが、部屋に差す日の光が減り始め、外のカラスの鳴き声が響いたタイミングでシキが本をぱたりと閉じ、終わりの合図を告げた。


「……今日の『マニアなニュース』ってコーヒー特集だったよな」


「そうだねっ、七時から四時間スペシャル!」


 ソファでくつろぐ間暇が部屋の時計を見ながら答えた。時計の短針と長針は共に“6”と“7”の間に収まっている。


「…………帰るか……」


 シキはアトラクションの安全バーを上げるように女性の腕を解き、玄関の方へ体を向けた。


「お、おい何やってんだ! 逃がすんじゃない!」


 狐につままれていた率太は正気に戻ったのか女性に声をかけるが、その時すでに女性は腹を押さえて床にうずくまっていた。


「この野郎っ!」


 率太は右手にリモコン大の二本の突起が付いたものを持ち、シキに突き刺す勢いで接触させた。あれは昨日、俺と生茂おもりがくらったスタンガンだ。


 バチバチと弾ける電極はシキの背中にしっかりと密着しているが、すっと振り向いたシキはいつものやる気のない表情で率太の黒いパーカーを掴み上げ、腹にグーをねじ込んだ。


「最強じゃん……」


「シキくん最強っ」


「二本だぞ……」


「わかってるよっ、帰りに第二売店寄っていこうっ」


「なあ、この二人っといていいのかな?」


「まあいいでしょっ、警察にはもう言ってあるんでしょ? そのうちここも見つかるよっ」


 悶絶した二人を後にして、俺たちは三号室のドアをそっと閉めた。


 スマホを取り返せたのは何よりだ。でもそれ以上に、シキの底が図りしれない“力”を拝めたことはかなりの収穫だ。俺もあれぐらい強く、最強に……


「ありがとな、間暇、シキ」


「いいって、簡単な仕事だったよねっ? シキくん」


 間暇は緑に輝く紐を通した勾玉を、振り子のように揺らしている。


「俺は自分のためにやっただけだ……」


 極々コーヒーリワードが動力源であることを公言したシキは、夕日で読みづらくなった本に顔を近づけて、俺たちと並んで歩いている。


 オレンジ色の空はまもなくして彩度を薄め、代わって七色のネオンが賑やかな街を照らし出す。

 俺たちは繁華街を抜け、鈍い灯りが飛び飛びに並ぶ夜の学校に帰還した。

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