第二十話 超能力少女の過去

 ――人は誰しも過去を持っている。家族との思い出、楽しかった日々、何気ない毎日。けれども、この学校の生徒は明暗の割合が少し変わっている。例えばこの生徒、超能力少女の過去。――




「こんな子供相手にやられるとは、お前らの腕が鈍ったのか? それとも……」


 細く暗い路地に悠々と射す、右欠けの月から放たれる光。


「この女が強すぎたのか?」


 快晴の夜空が新たに映し出したのは、生茂が倒した三人の男とは別の男二人だった。計五人の男は全員、黒いパーカーのフードを被り、顔を隠している。

 一人はがっちりとした体形の大男。生茂おもりの背中を踏みつけて、倒れた無様な三人に敗因を問うている。もう一人は俺の背中を踏みつけ、俺の手から滑り落ちたスマホを拾い、大男に投げ渡した。


「あーあ、まだくらくらする……」


 倒れていたうちの一人が頭を抑えながら起き上がった。


「おいリーダー。その女やばいぞ! 明らかに人間じゃねえ。俺は夢でも見てんのか?」


「落ち着け。まずこいつらをロープで縛れ」


 俺と生茂は建物の壁を背に横並びに座らされ、両手を後ろで拘束された。


「俺たちがそう簡単にやられると思ったか? 考えが甘すぎるな」


 この黒パーカー五人組が“大通りの盗賊”か。俺と同じように様子を窺っている仲間がいて、まんまと反撃の不意打ちをくらってしまった。


「お、おれも見てたぞ。この女が手を前に伸ばした後、どっかからレンガが、と、飛んできやがった」


 俺のことを踏んづけていた小柄な盗賊は、臆病そうな震え混じりの声を上げ、距離を取りながらナイフの先を小刻みに光らせている。


「くくく、お前らは知らないだろう。この世にはありえないことを現実にできる化け物が存在する……」


 盗賊のリーダーは、生茂のキャップを強引に外し、顔をまじまじと確認しながら口を開いた。


禍野まがの高校ってのは落ちこぼれの集まりだ。どっかはずれの集落かなんかの中でも、さらにはみ出た妖怪の一人や二人くらい住み着いていても別におかしくないのさ」


「うぅ……」


 いつもはクールな生茂おもりが、弱々しく乱れた声を漏らした。

 この大男、俺たちの何を知っていると言うんだ? 低俗な言葉を言いなれたように並べやがって。


「俺の元居た村には追放されたある人間がいた……」


 大男は奪い取った生茂のキャップを指で三回転させた後、被っていたフードをめくり、顔をあらわにした。薄い黄土色の刈り上げた短髪に、彫りが深くきつい目元。左目から頬にかけて残る、痛々しい掻傷かききずを撫でながら、狂喜と呼ぶにふさわしい表情を浮かべている。

 小柄な盗賊からナイフを分捕り、先端を生茂へ向けた。


は手をひょいと動かすだけで、たくさんの物を一か所に集めることができた。超能力さ。そんな気味の悪い話、ありえねぇだろ? 村人たちは妖怪だと断言して、忌み嫌っていたな。すぐにでも追い出したいのに、近づけば何をされるかわかったもんじゃあないとな」


「……は少しも隠さずあたしに煙たい顔を見せてきたわ。あたしは何もしてないのに。村の皆が勝手に怖がって遠ざけようとしていただけじゃない!」


 聞いたことのない生茂の怒鳴り声に驚きながらも、この大男が生茂の言っていた知り合いだと気づいた。


「そうさ……はいつも敬遠されてきた。事あるごとに厄災の素因とされ、終いには“厄災潰し”と謳う村人たちの熊手の先をこの身に浴びた」


「やっぱり盗賊のリーダーはあなただったのね、率太りった


 生茂と率太りったという大男は同郷の顔なじみだったようだ。「追い出す」「嫌う」「厄災」。それらのワードから考えられる、生茂の暗い過去をこんなところで……知るべきは絶対に今じゃなかっただろう。


「俺はお前に会える日をずっと待っていた……」


「被害に遭った生徒が皆、口をそろえて言っていたわ。『超能力が使える女子生徒の居場所を教えろ』と大柄な男から訳の分からないことを迫られたとね」


「くくく、お前が禍野高校にいるだろうという予想はしていた。あとはどんな手を使ってでも正義感の強いお前をおびき出すだけさ」


「たまたまあたしの友達があんたにやられて気づけたけど、それまでに何人もの生徒が傷ついたのよ。あたしが来なかったらこの先どうするつもりだったの!?」


「お前が来なかったら、か……? 考えてなかったよ……それに、お前を釣るまでに案外楽しい暇つぶしができた。感謝してるぜ、お前への復讐のついでに禍野高校の生徒から大量の副産物をいただいたしな」


「……あんたはもう許されない」


「構わないさ。俺はもう誰かに媚び諂うような人間じゃない。俺の最終目的はただ一つ。お前をこの世から消し去ることだ」


 率太はナイフを頭の後ろまで振りかざし、月の光をすべて吸収するほどに目を見開いた。


「お前は手が動かせなければ超能力を使えない! そうだよなあ!?」


「ええ、そうね……よく覚えてるじゃない」


「おい、待て! そんなんじゃ解決にならない! このことが世に知れたらお前は終わりだぞ!」


「聞いてたか坊主? 俺は、はなから終わってるんだよ。部外者は黙っていろ。次に大声を出せばお前も消すぞ」


「独瞬君、こいつの言う通りにして。あたしの命一つで済むのならそれでいいわ」


 何を言ってるんだ? 生茂。君の過去に何があったというんだ? こんな解決方法は間違ってる。やめてくれ。そんな笑顔を俺に見せないでくれ。だめだ……


「やめろ……ぐあ!!」


 俺が叫んだ途端にバチバチと音が鳴り、またしても激烈な痛みが全身を駆け巡る。腹に当てられたのはスタンガンか……


「よぉし、そのまま大人しくさせとけぇ!」


 大男がナイフを生茂おもりめがけて突き立てた。


 数秒後、手から離れたナイフは落ちることなく生茂の顔と垂直に固定されていた。

 生茂は微動だにしない。しかしそれは、生命の停止を意味するものではなく、反撃開始の精神統一の時間だった。


「なぜだ!?」


 生茂の顔とナイフの刃の間には、薄いコンクリート片が一つ。命を奪うはずの一撃を拒み、生茂をガードしていた。


「……冗談よん♪」


率太りったさん、やっぱこいつ化け物ですよ! 早く逃げましょう!」


 その先は本当に夢かと思うほど早かった。俺の目の前を銃撃戦のように無数に飛び交う瓦礫が、残った三人の盗賊を襲い、率太という大男は倒れた仲間を置いてバイクで逃走した。



「スタンガンなんて初めてくらったわ」


 片付いた後の第一声が呑気な感想だった生茂は、俺の手を縛っていたロープをナイフで切り解いた。


「生茂、手を動かさなくても力が使えるのか?」


「何年目になると思ってるの? 手なんか、なくたってできるわ」


 キャップを拾い上げ、乱れたブレザーと黒い長髪を整えながら、不満げなジト目で睨まれた。


「じゃあなんでいつも手を前に伸ばして力を使ってんだよ?」


「そんなの、かっこいいからに決まってるでしょ」


「あっ、そうなん……」


 俺は生茂の個人的な趣向までコピーしていた。


「ふうっ、盗賊のリーダーには逃げられたけど、あとの四人は捕まえたしもうこれでいいわ。後は警察に丸投げしましょ」


「いいのかそれで? あのリーダーが一番重要だったんじゃないのか?」


「確かにあの男とは因縁があるけれど、どこに逃げたかわかんないし……それに、一番大事なのは禍高のみんなが安全に暮らせることだから! 過去は変わらないんだから、あたしは今をよくしていきたいの!」


「そうか……生茂がそう言うなら……俺何か役に立ったかな?」


「もし二回目のスタンガンをくらってたら、どうなってたかわかんなかった。だから独瞬君が代わりに受けてくれたのはナイスよ」


 生茂が立てた親指には、身代わり……いや俺の勇気ある行動への称賛の意味が込められているのだろう。


「またあいつが現れたときは手伝ってね」


「わかったよ。じゃあ帰ろう。今何時だ……ってあれスマホは? あれ、ない……」


 俺のスマホが盗賊のリーダーに盗られたままだ。


「嘘だろ!?」



 “大通りの盗賊”事件は俺のスマホ一台を最後の犠牲にして、ひとまずの幕引きとなった。

 生茂の暗い過去が少し明らかになったが、深く聞くことはできなかった。「もう昔のことだし大丈夫だから、気にしないで」と生茂は言ったが、俺は底知れない闇の一部に触れてしまったのかもしれない。




「え、今日も出かけるの?」


 昨日、俺の帰りが遅いことに心配していたらしいミコが、より一層心配そうに俺を呼び止めた。


「心配ないよ。今日はまだ明るいし、昨日ほど遅くはならないから」


「何かあったときはすぐに連絡してね。絶対だよ?」


「わかった」


 スマホは現在行方不明なのだが。


 スマホにはGPS機能が搭載されているらしいが、やり方はよくわからない。それに、手順が面倒そうだ。

 そのようなことをしなくても、簡単かつ瞬時にスマホを見つけられる便利なやつが十組にいる。



「それじゃ、頼む」


「おっけー」


 そう返ってきた五秒後には答えが出た。


「繁華街を抜けた辺りの木造のアパートだねっ」


「流石、間暇まいとま!」


「でも今から行くの? その盗賊のリーダーがぼくたちを迎え入れてくれるとは思えないけどねっ」


「早く取り返したいんだよ」


「ミコちゃんとえみかちゃんを心配させたくないからっ?」


「それと、スマホがないと緊急のときに連絡手段がなくなる」


 俺がまた変な事件に巻き込まれていることを、ミコや抱愛さんに知られるとあの二人は俺に協力しようとするはずだ。

 ミコを学校の外に出すと、禍高まがこうを守る人がいなくなってしまう。かといって、俺と抱愛さんがミコを置いて外出するのは本末転倒だ。


「連絡が取れないともしもの時に困る。警察に頼んだところでどうせすぐには動かないし、今日中に決着ケリをつけたい」


「いいけどっ、ヒトくんも知ってる通りぼくは戦闘に関しては無に等しいからね?」


 そう言いながらも、間暇まいとまからは不安な様子が微塵も感じられない。


「わかってる。場所さえ案内してくれれば後は俺がなんとかする」


 いやいやと、間暇が俺に待ったをかけるように掌を向けた。


「そこで実は本日、事前準備をしておりますっ! 超頼れる助っ人を一人呼んでおいたよ! まずはその人と落ち合おうっ!」


「それを先に言え。俺の熱弁が無駄になったじゃん」


 早速、正門で待ち合わせているという助っ人の元へ向かった。


「おっ、いたいたっ」


 待っていたのは、黒いゲートに背中で寄り掛かりながら小さな本を読んでいる男子だった。グレーの跳ねた髪が風に揺れている。


「あれは……」


「シキくん、お待たせっ!」


 なるほど。“喧嘩王”をお呼びするなんて、これはまた面白いことになりそうだ。

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