第十九話 禍高生徒の日常
――仲間と共に食事をし、勉強し、いつでも協力しあう。今では当たり前だが、毎日が楽しいと思える。そんな
狭苦しい。普通の生活をしていれば、そのような不満が漏れることはない。
しかし、部屋にたった一つしかない弱々しいテーブルを三人で囲んでいると、嫌でも窮屈に感じてしまう。
こんなにご不評のテーブル様でも、時に豪華な食卓へと変貌する。
テーブルに三角形をつくるように等間隔に置かれた三枚の皿。その中心は
料理ができる人と生活を共にすると、自分の食習慣に大きな革命が訪れる。
今や男子寮2-201号室は様々な役割を持つようになった。
この部屋には住人が三人いるが、そのうち二名が男子寮2-201号室専属のシェフだ。残りの一人は万年無賃客の俺。
本日の中央の盛り皿には、シルクのような湯気がほやほや昇る焼きそばが、どかんと盛られている。
座って見ているだけで食欲を刺激する、濃厚なソースの香りが溢れんばかりの食卓。
“B級”などという、明らかに下位なくくりを唱える世論だが、専属シェフたちが生み出すそれは、そんなあやふやな部門をフライパンと鍋で叩き壊し、世界を平和へと導いてくれる。
「いただきます!」
畑から直送したかのような新鮮さを感じさせるキャベツの存在感はまだ序の口。程よい柔らかさの豚肉をたっぷりと惜しげもなく投入するという、量をケチらないサービス精神に頭が上がらない。しゃきしゃきのもやしは見た目は地味ながらも、食感に大きく貢献している。散りばめられた青のりと、隅に添えられた紅しょうがは、視覚的にも嗅覚的にも料理を引き立たせる。極めつけに、たまに出てくる焦げ目のついた麺は、
さらに、この素晴らしい料理を三人で囲み、談笑することができる時間は、金額では表すことのできない、一番のスパイスになっている。
「ごちそうさま! あー、美味しかったあ! 今夜も完璧です!」
俺の率直な評価に、二名のシェフは満足そうだ。
「走人は
どこにあるかもわからない、オールビットという国からやってきた第一シェフのミコは、鼻高に腕組みしている。
「今までも何度かミコに料理を作ってもらってたけど、抱愛さんが加わると一段と進化するな」
「ふふふ、食べてくれる人がいるとなんだか嬉しくなるね! 明後日から中間試験だから、これからラストスパートかけないと!」
なぜかオールビットの明軍から狙われている第二シェフの
三人で片付けを終え、豪華な食卓から陳腐な勉強机と化した小さなテーブルを囲み直した。
「『李徴はなぜ虎になったのか』みたいな問題が出そうだよね」
学校では毛先がふんわりと広がるクリーム色の髪を、自宅ではツインの三つ編みで束ねている抱愛さんは、普段のおっとりとした雰囲気とは打って変わり、「家事ならなんでもこい」と言いだしそうな清潔感のあるしっかり者のお姉さんに見える。
そして、ほぼここでしか見られない、ショートパンツにスウェットという彼女のラフな部屋着姿には目を見張るものがある。
「問題だけ聞いたら、童話か何かについて問われてるみたいだな。高校でも案外ファンタジーな小説が出てきて面白いかも」
人間が謎のプロセスで虎になり、あまつさえしばらくの間、人間だった頃の心や記憶、言語を携え、旧友とすったもんだするという個性溢れるストーリー。
それは紙の中で繰り広げられる、非日常な展開であるはずなのだが、実は割と身近なところに存在していて、ありえなくもない話になってきている。
「人間が虎……ネコ科になる……なあミコ、人間が動物になることってあるのかな?」
ミコは金色混じりの明るい茶髪をくしゃっとかきあげるように両肘をつき、教科書の世界に熱心になっている。
オールビットでは、ロングコートやワンピースが流行りものの服らしい。
任務にあたる際は基本、明軍は白いコート、暗軍は濃い紺色のコートで統一しているのだとか。
今日は、襟のついた水色の涼しげなワンピースを着ている彼女は、一度読むのを止め、目線だけ俺の方へ向けた。
「ないと思うけどなー」
「ルージヤはなんで猫の姿をしてるんだろうって気になってさ。本当に猫ってことはないかな?」
「あいつとはいずれ決着をつけなきゃならないから、そのときにでも本人に聞いてみればいいんじゃない?」
この前まんまと騙されたこともあってか、ミコはルージヤのことを相当嫌っているようだ。俺もルージヤのことは好きではないが、やつについてもっと詳しく知っておかないと、また好き勝手にされてしまう。
「でもミコちゃん、この独瞬君の部屋にはもう入ってこれないんでしょ?」
「ま、そうね。ついでに暗軍からもう一人応援を要請してるところだから、これからはもっと監視の目を強化できるよ」
ミコは俺の部屋の家具や窓に簡易的な命を与え、何か異変があればミコへテレパシーですぐに知らせるようにセッティングしたらしい。
俺や抱愛さんには全く感じ取ることができないが、些細な変化も感知して見逃さない、最先端の寮部屋が完成。こういう対策はどんどんやってほしいところだ。
「“力”のリソースを割くことになるけど、もう同じ失敗はできないからね!」
頬を膨らませるミコを見て、そのおかしさに自然と笑いがこぼれた。
「どうしたの? 走人?」
「いや、なんかミコがフグみたいでかわいいと思って……ぷぷっ」
フグにとげが生えてハリセンボンになりそうなミコを抱愛さんがなだめる。
「まったく……お、これは洗面所の鏡からの情報なんだけど、走人は入学式の日の夜に、同級生に話しかける練習を鏡に向かって一時間以上もしてたらしいよ」
「ふふふ、独瞬君、なんかかわいいね」
「ねー、努力家だよねー」
やっぱもう侵入されてもいいんで、今すぐセキュリティを解除してもらっていいですか?
多くの生徒が注目する、テスト終わりの週明けの朝。
校舎の壁に張り出された、上位の成績優秀者の一覧の前に人だかりができていた。
抱愛さんの名前は表の真ん中あたりに記載され、俺の名前もかなり下の方にあった。上位を目指していたわけではないが、最初の定期試験ということもあり張り切りすぎたようだ。
「夏の補習は免れたな……」
胸をなでおろす俺の横には、厳しい現実と向き合う男子生徒がいた。
「おい
「……その質問はどう捉えればいい?」
「うんまあ……本当に退学にはならないらしいから元気だせよ」
その日いっぱいは意気消沈の垣登だったが、日が変わると一変。もとのうるさくて間抜けな、でもどこか憎めないモブ男に戻り、いつものようにゲームの対戦で盛り上がっていた。
歓喜と安堵と絶望が、二対五対三くらいで渦巻く成績発表から一週間が経ち、五月も残すところあと二日という頃、俺は
「“大通りの盗賊”って知ってる? あたしの友達がその被害に遭ったんだけど」
生徒は高校の敷地の外へ出かけることを許されているが、授業に支障をきたすような行為が先生の視覚聴覚に触れた場合、厳重注意や行動の制限などの処置が施される。
放課後に学校を出て遊びに行く生徒は多く、俺も何度か友達と街をぶらついた。
今は暗軍の応援が駆けつけるまでの間、警戒態勢をとっていることもあり、街まで出ることはなくなっていたが、“大通りの盗賊”の話ぐらいは耳にしたことがある。
噂話の中でも“猫面人と白服の魔法使い”や、“シキ無敗伝説”は未だ根強い人気を誇っているものの、最近浮上した一番ホットな話題が“大通りの盗賊”だ。
繁華街へ向かう道は複数あるが、人通りの少ない細い路地を使えば最短距離でネオン街にたどり着くことができるため、門限に厳しい禍高の生徒の多くは、この路地を往復するようになっていた。
そんな生徒を狙って金銭や所持物を脅し取る、いわゆるカツアゲをする連中がいるらしい。
「あの路地は危ないから通るなって先生たちに言われてたじゃんか……それで、俺を呼んだことと何か関係があるのか?」
「目撃情報をいくつか聞いたけれど、どうも引っかかるところがあるのよね……友達の仇討ちをしたいっていうのもあるんだけど、“大通りの盗賊”の正体を突き止めるのを手伝ってほしいの」
生茂はカツアゲ犯を見つけ出して正体を暴くのが目的らしい。その助手として超能力が使える俺に協力を申し出たのだ。
「引っかかるところって?」
「盗賊のメンバーの中にあたしの知ってる人がいるかもしれないの。もしそうだったら放っておけないから」
俺に物質の結合・分解をレクチャーしたのは生茂だ。一人でも十分に事足りる気はするが、「一人で行ってこい」と言うことなんてできないし、“外側の力”を習った恩もある。それに俺はあの人間離れした化け物と戦い、無事生還した。一般人であるカツアゲ犯など、俺と生茂にかかればどうということはないはずだ。
「決行はいつ?」
「今日の夜よ」
「よし、わかった。行こう」
適当な理由をつけ、繁華街へ出かけることをミコたちに報告してから寮を出た。
作戦はどちらか一人が囮になり、もう一人が後から駆け付け、二人でまとめて叩くというドラマみたいな考えだ。
女子・一人・夜という、これ以上ない狙い目を演出できる生茂が、先行して路地に入ることになった。
ベージュのキャップを深く被り目元が隠れた生茂は、背中にかかる黒い長髪をなびかせながら、鞄を持って暗い路地に入る。
生茂はスマホ通話で路地の状況を逐一送り、俺は路地の入口で突入の合図を待つ。
さほど経たずして、台本通りにそのシーンは始まった。
『――姉ちゃん、一人?』
『ここは俺たちの縄張りなんだよ――知らずに来ちゃったのかなあ?』
スマホから鳴る、お手本のようなチンピラの声に耳を澄ます。生茂はまだ一言も発していない。
『それならしょうがないねえ、一万円で通してあげるよ? いひひっ――』
『――行くわよ』
生茂の小さな合図とともに細い路地へ飛び込む。俺が着くまで持ちこたえてくれ――!
月とスマホの光を頼りに左、右と曲がった先には倒れている男三人と、月明かりを反射するベージュのキャップを被った少女が一人。
生茂は鞄を担いで俺が来るのを待っていた。
「遅いわ」
「早いわ!」
やはり俺は必要なかったのかとスマホの通話を切ると、俺の手からスマホがするりと滑り落ちた。
『バチチチ……』
電気が弾けるような音が後ろから聞こえていることに気づいたときには、背中に強い痛みが走り、膝から崩れ落ちていた。
うつ伏せ状態から顔を上げると、生茂も俺と同様にうつ伏せになり、背中を大柄な男に踏みつけられていた。
「くくく、俺らの方が一枚
台本には俺たちの知らない、続きのシナリオが書き足されていたようだ。
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