第十八話 三人の一人暮らし
――一人部屋の寮で生活しているのは二人だけとは限らない。そんなことはないって? 俺もそう思う。俺と変な少女と基本普通な女子の、三人の一人暮らし。――
「本当に走人かって……?」
「完全に明軍のやつらにやられたな。今回はどうにかなったが、ヒトトキたちがいなければ大変なことになっていたかもしれない」
アラルーグ、もとい明軍の目的は
俺が抱愛さんと二人きりになるのを見計らい、俺に扮したルージヤが寮へ帰宅。ミコを油断させると同時にアラルーグの気配に気づかせないように細工。フリーになったアラルーグが奇襲を仕掛け、抱愛さんを攫うという計画だと思われる。俺がミコを匿っていることはすでに明軍に割れてしまっていた。
しかし実際には、俺が予想外の抵抗を見せ、抱愛さんを背負って寮へ逃げ帰った。
明軍はそのときのことまで想定していたのか、俺の部屋には気配を消したルージヤが忍び込み、待機していた。俺が落書きの扉を開く様子を観察し、あとから追ってきたアラルーグに同様の操作で扉へ飛び込ませた。
「そんな……全く気づけなかった……」
ミコは涙を浮かべながら、自身の膝に寝かせた抱愛さんをぎゅっと抱きしめた。
目を閉じたミコの身体が白く輝き、その光の粒が少しずつ抱愛さんへと流れていく。
「身体に異常はないみたい……これで大丈夫。しばらくしたら目が覚めるはず」
相当なエネルギーを使ったのか、ミコの顔はいつもより色素が薄く見える。
意識をなくしていただけだと診断された抱愛さんは変わらず、すやすやと眠っている。
「よし、とりあえず解決だな。俺はこれから壊れた創造世界の再生と、何年かぶりに明軍のやつらに会いに行ってみるとするか」
シュライルはコテージのドアを開け、顔半分だけ振り返った。
「ヒトトキ、頼んだぞ。オールビットとお前たちの国の命運はお前にかかっている」
「あの、いつか俺に生成術を教えてくれませんか? 俺にできることはまだあるはずなんです」
「また会えたらな」
それはまた会えると素直に捉えていい言葉なのか。俺はこの先、明軍の怪物たちと戦って生き残れるのか。期待よりも不安が占める心の割合が多いことに、きっとまだ納得しきれずにいる。
「お兄ちゃん! 無茶だけはだめよ!」
涙の線が乾かないミコは、鼻声でシュライルを呼び止めた。
「俺は問題ない。まだ死にたくはないからな。それよりミコ、自分を責めるな。仲間がいるのに一人で戦おうとする人間は弱い……でも助けあえる味方がいるお前は強い。これだけ覚えていれば人生はずっと楽しいぞ」
シュライルからは学びたいことがたくさんある。俺はいずれもう一度この世界を訪れ、彼に会いに行くんだと確信した。
「うん……また、ね」
「そんじゃな…………あ、言い忘れてたが、俺はマスター権限でこの世界に人間が何人いるかが分かるんだが、今いる人数は五人だ。つまり、ヒトトキの部屋に侵入したやつはまだ現実世界にいる。姑息な手に負けるんじゃないぞ」
戦いはまだ終わっていないことをさらっと言い残し、木のドアが閉まる。
静かな森のコテージに、鼻をすする音が一つ…………二つ。
「な、なあミコ。そんなに気にしないでくれよ。今回は俺たちの大勝利だったんだからさ。相手の切り札を一つ無駄にできただけでも大きな成果だよ!」
「走人、ありがとう。すっごい助けられちゃったね……」
ミコに笑顔が戻ると、なぜだか俺まで視界が滲み、体の力が抜けてしまった。
「あと、あなたは?」
「ぼくはたまたま通りかかったヒトくんの友達だよっ」
「こいつは今日の騒動で俺を助けてくれたんだよ。ベラベラと他人に話すようなやつじゃないから安心してくれ、俺が保証する」
「ううん。今は内緒にしてほしいけど、いつかはわたしたちのことも
間暇は少しの間、斜め下を見つめていたが、「うんっ」と顔を上げ笑って見せた。
「ぼくはそろそろ帰るよっ。予定がいっぱいあるから」
「俺の部屋に戻ろう。ミコ、扉を頼む」
壁に描かれた落書きのような青い扉。ミコはすらすらと八芒星を描き、俺の部屋への入口を開いた。
***
そこは窓もカーテンも閉め切った、生ぬるく薄暗い部屋だった。
雑に置かれた質素なテーブル。部屋の角っこを隠すように置かれた小さなテレビ。割と寝心地が気に入っているシングルベッド。
俺の寮部屋だ。
「ヒトくん、またね。ミコちゃんも元気で」
「ほんと助かったよ、ありがとな」
間暇はミコに心配されながらも、「ぼくは大丈夫だから」と帰っていった。
間暇とミコ。この二人が次に出会うのは、何か大きな事が起きるときになりそうだ。
やがて、ベッドに寝かせていた抱愛さんが目覚め、勢いよく起き上がるのを見て、とうとう俺の精神と体力の糸が切れ落ちた。
もっとうまく解決できる方法はなかったのか、俺は今後どう立ち回ればいいのか。という反省から、そういえば俺のベッドに乗った人数はもう五人にも及ぶな。というどうでもいい情報まで、いろいろな思考が一遍に押し寄せた。だが、目覚めた抱愛さんに状況をあれこれ慌てながら説明しているミコを見て、すべてどこかへ流れていった。
そして…………俺と抱愛さんとミコは三人で俺の部屋で暮らすことになった。
「いや待って! 急すぎない!?」
「
紺色のワンピースの腰に手を当て、ナイスアイデアと言わんばかりに佇むミコ。
俺はルージヤに粘着されているし、抱愛さんもその秘められた“力”を明軍に狙われている。
「走人は今まで何度もルージヤに遭遇してるけど、毎回無傷で帰って来れてる。今回も、この部屋にルージヤが忍び込んでたのなら、いつでも走人を攻撃できたはずなのに、何もしなかった。まるであえて泳がせてるかのように」
「つまり、俺があえて生かされてると?」
「もしくは攻撃できない理由があるとか。もしそうなのだとすれば、走人が咲栞のそばにいられれば安全かもしれない」
今回の一連の攻防及び、俺が学校のみんなに隠してきたことを抱愛さんに話すことは避けられず、どうにかして安全を少しでも確保できないかと思い至ったのが、これだ。
「本当にわたしに超能力が……?」
「そう! でも潜在的な“力”らしいから、自分でコントロールできるかはわからないよ」
抱愛さんは左右の掌を見て険しい顔をしている。
超能力って聞いたら、まず掌を見てみたくなるよな。いや、それはいいんだけれども。
「登校とか、どうすんの!? まさか男子寮2-201号室から女子が毎朝『行ってきます』すんのか!? それこそ大事件間違いなしなんですけど!」
「大丈夫、
ミコは同居人に女子が増えることにとても喜んでいる様子だ。
「二人とも、よろしくね!」
とはいえ、これ以上彼女を危険な目に合わせることはできない。
俺と抱愛さんの両方が、ミコの目が届くところに長時間いられることは大変心強い。
となると、この方法が最善手なのかもしれない……それでいいのか?
「よし、みんな集まったな!」
放課後に“六の樹”に集合した男女半々、四人の高校生。木製の丸テーブルを囲み、円錐の椅子に腰を下ろした。
学校の敷地内に点在する大きな八本の樹。校舎の東側、グラウンドのさらに奥に位置するのは第六学路樹、通称“六の樹”。
すぐ近くに第二売店と食堂があり、生徒のたまり場として人気のスポットだ。
「では、早速だが、俺から三人に言っておかなければならないことがある。テストがやばいんですっ!」
抱愛さんは「ふふふ」と笑っている。
俺は聞き飽きたそのセリフにうんざりしている。かく言う自分も暗記科目が苦しいのだが。
「今回の中間試験、成績悪かった人は退学になるって、新聞部の
「何!? そりゃまじでやばいって!」
不穏かつ、情報源が強力な話を持ち出す
「冗談よーん、例えあなたみたいな勉強ダメダメで将来期待できない人でも、国は見捨てたりしないわよん♪」
「…………それ、どこまでが冗談……?」
肩をがくっと落とした
テストまで一週間を切り、優秀な生徒でなくても焦り始めなければならないころだ。
「部活もテスト休みになったことだし、いよいよ本気出さないとな! みんな、頼りにしてるぜ!」
何を頼られているのか知らないが、このような生徒が集まって特にやりたくもないことをする場は、大抵脱線して軌道修正することに力を注ぎすぎた挙句、また反対の方向へ脱線するのが常だと思っている。
小学校や中学校の“総合”とかいう、当たりはずれの差が激しい授業で分けられた班の中でよく見た光景だ。
勉強開始から二十分も経過した今、実際に俺たち男子二人の話題はテストのことなど遥か後方へ置き去りにしている。
「なあ
「今じゃ知らない人の方が少ないんじゃないの?」
喧嘩無敗の最強男子生徒、通称“シキ”。
最近は挑戦者すら現れることがなく、殺伐とした噂のせいか、なかなか近寄りがたい存在であるという。本人からも進んで人に歩み寄ろうとはせず、一人でいることが多いのだとか。
「で、あそこに座ってるのがそのご本人さまだぜ」
“六の樹”からやや離れた、日当たりのいいベンチに足を組んで座っている男子。背もたれに左腕を回し、右手には小さくて厚めの本を開いて持っている。
寝癖のように跳ねたグレーの髪に、だらしのないはみ出たカッターシャツ。半開きの灰色の眼差しが不気味さを助長している。
「確かに近寄りづらいよな……」
「あんな不真面目そうなやつでも、実は頭がすげえいいらしいんだよ。授業中にも本読んでるくせに、先生の質問に全部即答できるんだってさ」
「へえ、お前と同じ人間とは思えないよな」
「おっと、また俺が攻撃されるとはっ!」
両手で頭を抱える垣登。俺はまだ右手にシャーペンを持っているから許されると思うが、主催者がペンも教科書も放り出して雑談とは何事か。
「そこの馬鹿二人、夏の補習に参加したいの?」
それでも一度気になってしまったら勉強どころではない。
シキは“外側の力”の能力者である可能性が高い。いやそれよりも、喧嘩無敗伝説と並んで評価されるその頭脳。彼の勉強方法を習得すれば苦手な暗記科目も楽に克服できるかもしれない。
「俺、シキと話してみようかな……」
それは単なる興味ともいえる。
この学校にはたくさんの魅力的な人たちがいる。
この場所にいるということは皆誰もが何らかの複雑な過去を持っている。本人にとってそれが良いか悪いかに関係なく、この場所に来なければならない理由があったはずだ。
前に一度、シキにあった時から彼のことを知りたいとは思っていた。
俺がこの場所に来て変わったように、みんなの今の人生を知ることで何かがわかるかもしれない。
その中に、この
「なあ
「それはどんな人間だって同じだろ。目に見えるものがすべてじゃないんだ」
俺はベンチのそばまで歩き、シキの前に立った。彼が読んでいるのは小説のようだ。題名は……“小鳥を捕まえようとして小鳥になった人の話”? ちょっと面白そうだ……
「あの、よければ勉強を教えてほしいんだけど」
シキは眠いのか疲れているのか、どっちつかずな目で俺を見た。
「……誰だっけ?」
「四組の独瞬、よろしく」
「んん……そういや前に会ったか……お前が“独瞬事件”の犯人だったのか」
おい、それはもういいだろう。どれだけ多くの生徒たちの記憶に爪痕を残しているんだ、俺は。
「悪いが、人とつるむのはあまり好きじゃないんで、今日はやめとく……」
「そ、そうか。邪魔して悪い。また機会があれば……」
厄介ごとが発生しなかったことにほっとする反面、それ以外も特にこれといって何も発生しなかったことに肩透かしを食らった。
「やっぱりだめだった。でも思ってたほど悪い奴じゃなさそうだな」
「いや、話しかけられただけでもすごいと思うぜ。俺も行ってくるか」
「おい、今行ったら生きて帰ってこれないかもしれないぞ! 特にお前の場合、SMI送りになるって!」
ありえないタイミングでシキと接触しようとする
「ねえ
「あ、ここはね、二十四ページの解き方を使うんだよ!」
「なあ独瞬、昨日のオーヅキさんが出てた旅番組観たか?」
「ああ、観るつもりなかったんだけど、なかなか面白くて最初から最後まで観ちゃったな」
楽しい勉強会は日が暮れるまで続いた。
黒いマジック 伝子 @denco_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。黒いマジックの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます