第十七話 隠された真実

 ――目に見えることは真実。だが、目に見えないことも真実かもしれない。表か裏か、簡単には線引きできない、隠された真実。――




「そうか、お前は明軍の兵士だな? あまりにも汚れすぎてご自慢の真っ白いコートだとはわからなかったな」


 リア・シュライルと名乗った青年は、俺たち三人を順に見て、深くため息をついた。


「……面倒ごとの臭いがする。明軍が関わってると、碌なことが起きないからな」


 ひたいで大きく分けられた、目元まで伸びる黄土色の波立った髪が特徴的な青年。そして、もっと特徴的なのは、黒みがかった紺色のロングコートだ。両側面には黄色の細い縦ラインが入り、そのカラーリングは、今、俺が探し求める人物を彷彿とさせる。


「リア……? それって……」


「お前たち二人はオールビットの人間じゃないな? とすれば、そこに座ってる死にかけの明軍の捕虜といったところか」


「そうです! 俺たち、このアラルーグってやつに捕まってるんです! 助けてください!」


 俺はアラルーグの張ったバリアにへばりつきながら、話の分かるシュライルとやらに訴えた。


「おい明軍。この子たちをどうするつもりだ?」


 地面に片膝を立てて座るアラルーグは、叱るように問いかけるシュライルの言葉を無視した。


「……貴様ハこの世界の主か?」


「だったら何だ」


「噂では、暗軍の中にこそこそと……有ラぬことを企む生成術師がイると聞いている……それが貴様か?」


「む……流石、情報通の明軍様だな。そういや、レルブはまだ元気か?」


 暗軍、リア、生成術、そしてダサめのファッション……やはり間違いない。この人はミコのお兄さんだ。

 それなら俺たちの味方の立場だと思われるが、アラルーグとの会話に不穏な空気が漂い始めている。


「貴様は我が明軍の……計画を脅かシうる危険な存在だ……こコで会ったのも巡り合わセ」


「で、どうするんだ? そんなズダボロの体で」


「なあ間暇まいとま? あのシュライルって人、本当にヒーローなんだよな?」


 俺はアラルーグとシュライルに聞こえないように、バリアに寄り掛かりながら間暇に耳打ちした。


「ぼくの勘が外れたことはないでしょっ?」


 アラルーグはシュライルに対して攻撃的な姿勢を見せている。でもまさか、手を出したりはしないはずだ。だってそんなことをすれば……


「貴様を殺ス!」


 弾けるように立ち上がり、遊歩道の真ん中に飛び出したアラルーグは、左手で黒い小型銃を構え、シュライルに突き付けた。

 同時にバリアが無くなり、寄り掛かっていた俺と間暇は地面にびたんと倒れる。


「え、本気で撃つ気かあいつ!?」


 小型銃が一回り大きくなり、銃口が光る。滴る血の中に煌めく眼。もはや何を言っても止まらないであろう並々ならぬ気迫。

 アラルーグの震える左手が治まる。俺も間暇も息をのむ。静寂の森。


「討ち損じることあれば“力”の横溢おういつによる対象の排除をこの身に制約する」


 ――機械的に難解なことを呟いたアラルーグは、シュライルの次の言葉を待つことなく、そのまま発砲した。


「あっ!?」


 思わず声を漏らした。

 弾は確かに当たった。シュライルの差し出した右の掌に。


「お前の死にかけの弾なんか効くかよ」


 これは……


「強キャラの香りがぷんぷんする……」


「だから言ったでしょっ?」


 シュライルは細い煙が立つ右手を軽く振った。


「もう少し威力が高かったら、お前は“裁き”で死んでたかもな。弱っててラッキーだったよ」


「関係ナい……」


 アラルーグは再び呟き、大きく息を吸った。


「今度こそ!! 次の一撃デ貴様を!! 消し去ルう!!」


 かれ切った声でがなり、地響きと共にアラルーグの左腕が変形。カキキンと金属音を響かせ、ランチャーのような大型の武器を形づくる。


「おいおい、冗談だろ!? まじで死ぬぞ明軍!」


「こコですベテをウシナうぐらイなら!! サシチガエてデモ!! キサマをハイジョする!!」


「ああもう! お前たちのが嫌いなんだよ!」


 アラルーグの体が発光し、収縮と膨張を繰り返す。地面がさらに振動し、森全体が上下する。風がアラルーグに向かって集まり、エネルギーの吹き溜まりができていくようだ。


「お前ら二人とも俺の背中に隠れろ! そこにいたら“裁き”に巻き込まれるぞ!」


 シュライルの切迫した表情に引かれ、向かい風を押し切り、急いで揺れる地面を移動する。


「よし、俺から離れるなよ? 生き伸びたければな」


 森の震える音の中から、微かに聞こえるシュライルの指示を拾う。

 二人してなんとか青黒いコートの裏にしゃがみこんだ。


「ねえヒトくん、なんか忘れてない?」


「え? なんかって……あ、抱愛つつめさ――」


 ドゴオオオオオ――!


 辺りは激しい閃光と爆音に包まれ、左右の緑、地面の土、淡いエメラルドグリーンの空……すべてが白一色に塗りかえられた。

 瞼を閉じても眩しさで目が熱くなる。こんな攻撃、俺なんかじゃ耐えられるわけがない。これが“外側の力”――――


 数秒後、目を開けると左右十メートルほどの森が根っこから消え去り、俺たちの周りにだけは不自然に地面が残っていた。


「今のは結構効いたな。こりゃ骨が何本かやられてそうだ」


 ぼろぼろになったロングコートの陰から前方を覗くと、ぶすぶすと煙を上げる、立ち尽くしたアラルーグと思われる灰のようなものがあった。


「い、生きてるのか? あいつ……」


「お前たちは無事みたいだな。だけどあの明軍は見たまんま、もう無理だ」


 シュライルが憐れむように言った直後、アラルーグの真上、淡いエメラルドグリーンの空にひびが入り、割れ目から赤い光の柱が垂直に降りた。

 アラルーグだったものは太い光の柱に包まれ、形が見えなくなっていく。

 すぐに空が元に戻ったが、そこには元の影一つ残っていなかった。


「今のは……?」


「オールビットの最高権力者による、法を破った者への“裁き”……この世界にすら割り込んで降るか……」


 迷信だと心のどこかで馬鹿にしていた“不可侵の法”。俺がこの目で見たものは、ミコの言った通り「天からもたらされる無慈悲な裁き」だった。


 今までとはあまりにもスケールが違いすぎる。“黒の力”を習得し土俵に上がったつもりでいたが、俺のいる位置はあくまでもピラミッドの最下層なのか。


「助けてくれてありがとうございますっ、ぼくもヒトくんも命拾いしました!」


 先に立ち上がった間暇が、初めてシュライルに話しかけた。


「ああ、無事で何よりだ。だが教えてくれ。お前たちはなんでこんなところにいるんだ?」


「俺たちは……この世界に逃げてきたんです。抱愛さんを助けるため、ああっ!」


 そうだった。自分のことに必死になって、葉っぱのベッドで寝かせていた抱愛さんを放置してしまっていたんだ……


「ツツメ? そこで眠ってる女の子か?」


 シュライルの眼のやる方には、先ほどと全く変わらずすやすやと眠る抱愛さんの姿があった。抱愛さんは葉のベッドごと無傷だ。アラルーグに削り取られた森の痕にぽつんと残され、周囲の地面は何事もなかったかのように原型のまま存在していた。


「良かった……人生最大のミスを犯すところだった……シュライルさん、抱愛さんを助けてくれてありがとうございます!」


「いや、俺は何もしてないが……しかし寝たままで今の攻撃を防ぐとはな。こんなに防御力の高い女子は初めて見た」


「え!? シュライルさんじゃないんですか? まさか間暇ってことは……」


「もちろんぼくでもないよっ」


「彼女にはどうやら底知れぬ“力”があるようだな……明軍が狙うだけの強大な“力”が」


 抱愛さんが“外側の力”の能力者……? でもそれが一番しっくりきてしまう。アラルーグが抱愛さんを狙ったこと。さっきの巨大な腕による攻撃。アラルーグの渾身の一撃を完全に防いだこと……すべてを繋げるとそこにある答えは――

 

「でも抱愛さんは『自分が特別な力を持ってる』なんて一言も口にしなかったし、それどころか“外側の力”なんてこれっぽっちも知らないような子なんですよ!?」


「なるほどな。状況はなんとなくわかってきたが、もっと詳しく順を追って聞かせてくれないか? お前たちは一体どんな道を辿ってきたのか……」


 俺たちは眠り続ける抱愛さんの横に座り、ここに至るまでの経緯を話した。

 間暇は自分が“外側の力”を持っていることは明かさず、たまたま通りがかり、助けに入った一般生徒であるというスタンスを貫いた。


「そうか……お前たちの学校が明軍に狙われていると。で、ヒトトキは今、ミコと生活しながら監視兼偵察を続けてるってことだな?」


「そうです。ミコは最初に『リア・ミコ』と名乗りました。あなたはミコのお兄さんですよね? リア・シュライルさん」


「ま、そうだ。しばらくの間会ってないが、今ここにあいつがいないのはどうしてだ?」


「それがわからないんです。俺はいつもミコがやってるみたいに、絵の扉を開いてコテージに来たつもりだったんですけど、ここはどこなんですか?」


「ここは俺が創った世界だ。ミコのコテージなら確かにこの世界にあるが、ここからはかなり離れてるぞ。大体二百キロくらいか」


 シュライルは脇腹を押さえながら地平線を見た。


「二百キロ!? なんでそんなに遠くに?」


「ヒトトキ、扉を開けるときにオクタグラムを描いただろう?」


「はい。円の中に八芒星を」


「あれは正確に描かないと座標がずれてしまって、思い通りの場所に繋がらないようにできている。それが原因だ」


 確かに、俺が描いた八芒星は具合の悪いヒトデのようで、正確さに欠けるものだった。そんなに精密なシステムだったとは。


「僕からも質問がありますっ! 先生!」


 間暇が手を真っすぐ上げた。


「ああ、先生になったつもりはないが何だ?」


「さっきの明軍の男がこの世界に入ってこれたのはどうしてですか?」


 それは俺も気になっていた。アラルーグが俺たちと同じようにここまでこれたのはどういうわけだろうか。


「お前たちは寮の部屋から扉を開けてここへ来たと言ったな。なら、その部屋に何者かが侵入して同じような操作で開けたか……ヒトトキが扉を開けるところを見ていて真似したか……そんなところじゃないか?」


「それって、姿を消して俺の部屋に侵入してきたってことですか? そんなことができるやつなんて……あ……!」


「いるのっ?」


「いるな……姿も気配も消せる化け物が……」


「話にでてきたアルビタリオの猫面人か。そいつと決まったわけじゃないが、目に見えるものがすべてではないということはよく覚えておくんだ。“外側の力”を知ったからこそ、とても大事なことだ。お前たちの世界の常識とは明確に違うことはもう十分わかったはずだ」


 そうだ。俺は高校で不思議なものを数多く目にしてきたが、そのどれもが真実だった。今更何が起きたっていちいち疑っていては時間の無駄だ。


「さて、明軍の野郎に環境破壊されちまったし、復興に向けて動かないとな」


「ごめんなさい、シュライルさん。まさかこんなことになるなんて……」


 環境破壊の二割は、俺の連続丸太投げによるものだ。


「大丈夫だ、お前の行動は正しい。俺はは好きだぞ」


 この人は肝心なところで表現が曖昧になる。そう思いつつ、俺はシュライルをとても大きな存在に感じた。これほどの力を持った人が、この創造世界で何をしているのか。明軍に危険視されているような会話をアラルーグとしていたが、それについて聞くのは野暮だし、今は関係のないことだろう。気にはなるが……


「ま、何にせよミコのコテージに行かないと話が進まないわけだ。俺が送ってやろう」


 シュライルはいつの間にか手にしていた青いマーカーで、空中に、地面を底辺とした扉を描き始めた。


「この世界はシュライルさんが創ったって言ってましたけど、現実の世界とは全く別物なんですか?」


「そう思っていい。実際には俺一人で創ったわけじゃないが、今は俺が一人で管理している」


 空中に描かれた落書きにしか見えない扉。その表面にはプリントされたように精密な円と八芒星がくっきりと点滅していた。


「ドアが開けばミコのコテージの中だ」


音もなく、ひとりでに開いた扉。中からは、温かい木の香りが俺たちを出迎えてくれた。


「ミコ!」


「……走人? どうしてここに……」


 勉強机で眺めていた本をぱたりと閉じたミコは、驚いた面持ちで俺たちの元へ駆け寄ってきた。


「あ、お兄ちゃん!」


「久しぶりだな、ミコ。急なんだが明軍の攻撃を受けて意識が戻らない女の子がいる。ヒトトキが背負ってるその子を助けてやってくれ」


 ミコは状況の理解が追いつかないのか、口に手を当てたまま固まってしまった。


「なんで? だって走人は今、寮にいるはずじゃ……」


「え? 俺が寮にいる?」


「そうよ。友達との勉強会が終わって帰ってきたって言ってたじゃない」


「おいミコ。お前が見たのは本当にヒトトキか?」


 俺の部屋に侵入してきたかもしれない人物。そいつがルージヤなら、俺の姿に化けることだってできるはずだ。しかし、これはまだミコには共有していない能力だった。


 目に見えるものがすべてではない。例え目に見えたとしても、その内面が本来の姿と一致しているかはわからないんだ。

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