第十六話 人間の底力
――たとえ困難な壁でも二人なら越えられるかもしれない。二人で敵わないものなら三人で立ち向かえばいい。仲間と協力すること。それこそが俺たちの強みであり、誰にでも与えられた、人間の底力。――
「こんなところまで逃げ込むとはな……その能力、ネコが警戒するのもうなずける」
逆立つ黒髪に絡まった小枝を一本ずつ取り除きながら、アラルーグが俺たちの元へゆっくり近づいてくる。
「どうやってここまで来た?」
俺はいつでも攻撃できるように、左右の木々に意識を向け、探るように問いかけた。
「貴様と同じようにしてだ。森の中に繋がっているとは思わなかったが、まさかこんな異空間を構築できる“力”まで持っていたとは……少々嘗めていた」
同じようにだって? 俺の部屋に入ってあの青い落書きの扉を開けたってことか!? それならこの道の上に出てくるはずだがなぜ森の中に……?
「ねえねえっ、白っぽい服のそこのきみ! さっき
俺の背中から
「貴様はたしか前にもそこの少年の傍らにいたな。ネコはたいしたことはない生徒だと言っていたが、ワタシにはそうは思えない」
「いやいやっ、普通の生徒だよっ。でも他の人よりはきみたちのことをよく知ってるかもねっ」
「……邪魔をする者は排除してもいいと命じられている。我々の目的を話したところで貴様たちはここで終わる命だ。無駄な時間は過ごしたくない。
感情の起伏がない冷えた喋り方は機械のようだ。身だしなみを整え終わったのか、アラルーグは俺の数メートル手前で立ち止まり、左手を突き出した。
「ヒトくん今だっ!」
「おし」
間暇の合図で右手を左方向へスイング。
地面が振動し、ごうごうと自然が動き出す音がする。
緑の葉は舞い落ち、危険を察知した鳥たちが一斉に羽ばたく。
アラルーグが左手で拳をつくるのとほぼ同時に、根っこから引き抜かれた一本の大きな木がアラルーグめがけて飛びかかった。
「せあっ!!」
アラルーグは気の入った声を上げ、左拳で飛んできた木を叩き落とした。
「それはもう効かんぞ、少年」
「まだだ!」
今度は両手をがっちりと合わせ、無数の木をアラルーグに突き刺すように一点へ集結させた。
次から次に重なっていく木々は徐々に勢いを弱め、攻撃が収まるころには周囲の森がぽっかりとなくなっていた。
見上げるほど積み重なった自然の瓦礫は砂埃を上げ、頂点から崩れ始めた。
「こりゃまずいねっ。ヒトくん、次の手はある?」
「あんまりやりたくないけど、この際しょうがないかもな…………」
ボン! という破裂音と共に木々が上へ吹き飛び、中から左拳を突き上げる薄汚れた男が姿を現す。
「貴様も喰らってみるか?――」
見えなかった。というより、速すぎて反応できなかったのかもしれない。
アラルーグが投げたであろう、横向きの一本の木が俺の腹全体に押し込まれ、宙に放られた後、背中から地面に打ちつけられた。
「かはっ……!」
胴に圧力がかかり、息ができない。果てしないエメラルドグリーンの空が俺に迫ってくるようだ。
「ヒトくん! まだ死ぬなあっ!」
冗談言うな楽しそうに。これくらいで召されるような雑魚キャラでいるつもりはないし、お前だってわかってるだろう。
間暇は俺にのしかかる木をどけようとしているらしく、顔を真っ赤にして小刻みに震えている。
「……もうちょっと……!」
少しずつ胸と木の間に隙間ができ、呼吸を取り戻した。
「さんきゅー間暇……お前こそ簡単に死ぬなよ?」
「物体の遠隔操作……単純で扱いやすい能力だが、対応されやすく弱い“力”だ……」
仰向けから動けない俺。その視界に入る位置まで歩み寄ったアラルーグは、左手に黒い小型銃を持っていた。
「そのピストルでぼくを撃つなら、その前に少し考えた方がいいよっ」
過度な休憩を挟みつつ木をずらす間暇が踏ん張った声で言った。
「たかが木一つまともに動かせない貴様に、何ができるというのだ?」
「もしもぼくがオールビットの人間だった場合、ピストルの弾がぼくに当たった瞬間にきみも死ぬことになる」
「何!?」
これは間暇のはったりか……? つまり、アラルーグが間暇を攻撃したときに“不可侵の法”がはたらき、アラルーグが裁きを受けるという……
「そ、そんなことがあるはずがない……!」
「あ、そう。じゃあやってみてよっ。よいしょ!」
いいぞ間暇!
普通の生徒なら絶対に知るはずがない情報を出してくるとはなかなかブラフが利く。
やっとのことで木から脱出した俺は、動揺して固まるアラルーグのやや離れた背後に、腰を低くしてそっと移動した。
「なぜ貴様が“不可侵の法”を知っている!? やはり貴様は……」
「きみはオールビット明軍のアラルーグ。地位は本部戦闘員で最高幹部の名前はラムスパルダ」
「馬鹿な……貴様は暗軍の人間だというのか……?」
間暇が発した未知の情報に気を取られそうになるが、今は自分の役割が先だ。
ズボンのポケットから二本の鉛筆を取り出し、意識を集中する。小さな重心で二本の鉛筆を赤青鉛筆みたいに結合させたものを右手に持ち、片方の先端をアラルーグの後頭部へ向け、顔の横に固定した。
離れた物体同士をくっつけるのが結合。反対にくっついたもの同士を引きはがすのが分解。
――意識をさらに細部……鉛筆同士の結合部分へ。頭の中でその重心を小さな球体に見立て、内側へ入り込む。
イメージの中の俺が目を開けると、そこには二本の丸太のような鉛筆の尻からそれぞれ伸びたロープが強く結ばれていて、右手には刀身が自分の身長ほどある大剣を持っている。
それを両手で持ち、力いっぱい振りかざすと、剣先が球体の天井を僅かに突き破る。さらに背中の後ろまでずりずりと刀身を回転させる。
剣先によって扇形の弧のように切れ目の入った球体は振動し、今にも破裂しそうだ。
入った切り込みを助走に利用して、勢いをつけて振り下ろし……球体ごとロープの結び目を両断した!――
現実の俺は反動でしりもちをついた。右腕がずきずきと鳴る。
俺の尊い腕の痛みと引き換えに、二本の鉛筆は互いに真反対の方向へ風を切って突き進み、片方の芯がアラルーグを捉える。
かと思ったが……鉛筆はアラルーグの右耳あたりをかすめ、勢いを殺すことなく遊歩道を高速で直進していった。
「やっべ……ミスったわ……」
アラルーグは正気を取り戻したのか、右耳に手を当て、真っ赤に染まった手を握りしめた。
「……貴様はもう何度もワタシを攻撃しているな…………? すなわち、貴様は先に殺しても構わないということだ……」
アラルーグは俺の方へ振り向き、銃口を向けた。
「くそ……!」
木の枝ならビーバーが二世帯住宅を作って余るほどそこら中に落ちているが、もう一度分解ができるような体力が残っておらず、他に攻撃手段がない。
「うわあああああっ!!」
「何だ!?」
突然、間暇が大声でアラルーグに走りかかった。
木の枝をバッドさながら両手で握りしめ、大きく振り上げアラルーグに突進し、そのままアラルーグの後頭部へ叩きつけた。
「コン――――」
静かな森に、心地いい木の音が響いた。
「よ、弱い……!」
あまりにも。
もう少しなんとかならないか? パワーではてんで役に立たないのか。
しかし、それよりも……
「なあ、栗毛髪の少年? 今、ワタシに攻撃したな……?」
そう。間暇の攻撃が当たった。なのに何も起こらない。
「そうか。そうだよな? くくく……やはり貴様はオールビットの人間などではない!」
「あはっ、ばれちゃったかー」
間暇はアラルーグに首を掴まれもがいている。
「くっそお!」
俺も木の棒を振りかざし突進するが、アラルーグの空いていた片手に受け止められ、間暇と一緒に地面に投げられた。
俺と間暇は並んで倒され、いよいよ打つ手なしの状況に追いやられてしまった。
「おい間暇、何かあるだろ?」
「ぼくたち二人には何もないよ……」
「よし、わかった」
「最期の会話は済んだか? 少年たちよ」
アラルーグの持つ黒い銃が一回り大きくなり、銃口が光った。
「面倒だが、黄白髪の少女は後でじっくり探し出すとしよう。どうせ近くに隠しているのだろう……」
俺たち二人に残された攻撃手段はもう何もない。それなら……
「さらばだあ!!」
アラルーグは叫んだと同時に物凄い勢いで真横に吹き飛んだ。
「……え?」
俺と間暇の前には、左側の森の中から伸びる巨大な腕がある。
黒く沸騰したような禍々しい瘴気を漂わせ、握った拳の親指が見えていることから伸ばした左腕であることが推測できた。
「何だこれ……こいつがグーパンしたってことか……?」
「みたいだねっ」
元を辿ると、その巨大な腕は大木の根元で眠っている
悪魔的なオーラを醸し出す巨腕はあっという間に透過し、消滅した。
殴られたアラルーグは右側の森に射し込まれ、帰ってくる気配がない。
「今のは……抱愛さんがやったのか?」
「まあ、何にせよあいつを倒せたねっ!」
「だといいけどな……」
あの巨大な腕は間違いなく抱愛さんの体の真上から出現していた。もしかして彼女も“外側の力”を持っているのか?
それをわかってアラルーグは抱愛さんを狙った……?
「とにかく、ここから離れよう。抱愛さんの容態が心配すぎるし、助けてくれる誰かを探さないと」
相変わらず美しいエメラルドグリーンの空は、ただ眺めるだけでは朝なのか夜なのかすら皆目見当もつかない。
「そうしたいんだけど、なんか前に進めないんだよねっ」
「は?」
間暇が空中をぺたぺた触っている。こんなときにパントマイムだと……?
「ほら、ヒトくんもこっち来てみてっ?」
ありえないことに、間暇は右手を頭につき、何もない空中に肘で寄り掛かっている。
「これって……」
間暇を追い越し抱愛さんの元へ行こうとしたが、見えない壁にぶつかり、それ以上前に進めなかった。
「どうなってんだ……? 進もうとしても……お、押し戻される……!」
「反対側も行けないよっ。透明な部屋に閉じ込められてるみたいだ」
全方位、空気伝いに体を這わせたが、どこにも抜けられそうな穴はない。
「絶対に……貴様たちは……絶対に逃がさな……ゲフ」
大木の陰から聞こえてきた掠れ声。
左手が幹の後ろから伸び、やがて全身がゆらりと現れる。
「まさかと思ったけど……どんだけしつこいんだよ!」
頭から流血し、もはや気力も鋭さも感じられない灰色の目をしたアラルーグ。自分の意思で立っているのかもわからない。
こんな姿になってまで俺たちに執着する必要があるのか? その原動力はどれほどのものなのか。
「よく聞け少年共……ワタシの左手は、あらゆるものを創造する“黒い力”を宿している……いマ、ワタシが創り出したこのバリアの中から……きサまたちは死ぬまデ出ることはできナい! ふはは……ハ……」
「バリアだって? くそ、さっきのでかい腕が殴ってくれればこんなふざけたもの!」
「ヒトくん! ぼくが殴っても全然効かないよっ!」
「それは言われんでもわかる……!」
俺と間暇の力では、いくら蹴る叩くを繰り返しても効果はない。
「生憎、一度に生成できルものには、限界がある……貴様たちが死ぬまで、ここデゆっくりト楽しませテもらう……そして、黄白髪の少女をふタタび奪って、すべて終了だ……!」
こいつは俺たちが餓死するまでバリアを張り続ける体力が残っているのか。
「おい、間暇、座ってないでなんとかしてくれよ! ほかに必殺技とかないのか!?」
「うーん、あればいいんだけどっ……残念ながらだね……」
「こんな血まみれのおっさんに監視されながら森に囲まれた道の上で一生を終えるかもしれないんだぞ!? まじ笑えないって!」
「でもぼくには別の特別な能力があるじゃない?」
間暇は座ったまま空を見上げた。
「ヒーローがもうすぐ到着するから、心配することはないよっ」
つられて空を見上げると、淡いエメラルドグリーンの中に小さな人影が見えた。
その人影は次第に大きくなり、まもなくして狭い一本道の真ん中にすとんと着陸した。
「グ、あれハ……暗軍か……!」
木陰で休んでいたアラルーグが掠れ声で呟いた。
「誰だ……? 間暇の知り合いか?」
降り立った男は開口一番、どこか聞き覚えのある名を名乗った。
「俺はリア・シュライルだ。お前ら、この創造世界に何の用だ?」
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