第十三話 最悪の来客

 ――有無を言わさず強引に入り込んだなら、それは侵入だ。だが、同意を得てそこに滞在しているのだとすれば、それは……国の在り方を疑う、最悪の来客。――




「私は別にミコちゃんとあんたを攻撃する気はないのよね。そこにいる野良猫は違うかもだけど」


 レルブは左手のベルをカラコロと振っている。


「何を企んでるのか知らないけどな、禍高の生徒として、この国の人間として、そこに寝てる二人を取り返すまで俺は帰れないんだよ、不審者ども」


 部屋の奥のベッドで寝かされている垣登と山辺。その手前には手術台と、医療で使われそうな大きな機械が置かれている。考えたくもないが、レルブとルージヤがここで何をするつもりだったのか悪い予想をしてしまう。


「そういうことよ、レルブ……ここは禍野高校。あなたたち明軍が好き勝手していい場所じゃないの。すぐにジルデに報告して措置をとってもらわないとね」


 ミコはまたしても銀色の剣を前に構えていた。


「レルブ、あなたが……あなたたちがしていることは外界への無許可の侵入、および侵害よ!」


「誰が無許可だなんて言ったの?」


 チン――というベルの軽快で伸びのある高音は、レルブの自信を表しているように思える。


「え……?」


「もしも、私の行動が明軍とこの国の間で容認されているものだとしたら……あんたたちが咎めたところで効力はあるのかなー? ってこと」


 この明軍の女は何を言っているんだ? 行動が容認されている? 垣登と山辺を捕らえていたことも、今回の一連の事件も、遡れば入学式の日にルージヤと明軍の銃男アラルーグが禍高に侵入してきて俺の前に現れたことも、すべて双方の同意によるものだということか?


「先生! こっちですっ! ここに誰か入っていったんですっ!」


 思考を遮るように遠い廊下からこだまする声。俺たちは揃って肩に力を入れ、両開きのドアに目を向けた。


「走人、今のは禍高の生徒!?」


「この声、どっかで……」


 カラコロと鳴るレルブのベル。


「やっぱり私の警戒網の外から……? そんなうまいことできるはずが……」


「レルブ! 今教員に見つかると面倒であるぞ。一時撤退を……」


 ルージヤがレルブに話しかけたその一瞬、ミコが右手を天井に向けて突き上げた。

 するとレルブの背後にあったベッドが垣登たちを乗せたまま浮き上がり、ミコが右手を床に叩きつけると、彼女の隣にどすんと細長い四本脚で着地した。


「ああっ! それずるーい!」


 レルブがベルを掲げるが、ミコは臆することなく床に集中している。


「走人! わたしに続いて床に入ってきて!」


「へ? なんて!?」


 ベッドはずぶずぶと床に沈み、波紋を広げて消えた。

 ミコは波紋の中央に立つとレルブたちを睨みながら片膝をついた。


「あなたたちの好きにはさせないからね」


 ミコは右手を床に近づけると、ゆっくりと沈んでいった。


「あっはっは。やられたねー」


 レルブはベルをシャン、シャンと二回鳴らしながら不気味に笑っている。


「あ、えっと……」


 俺もミコに習い、波紋が残る床に右手を置いた。とりあえずレルブたちを見ながら。


「……その、一旦お前らの負けな」


 うーん。せっかくならもっとかっこいいセリフを吐いときゃよかった。


 床がせり上がり、視界を狭めていくなかで、ルージヤとレルブが空中に開いた穴に入っていき、大部屋の電気が消えるのがわかった。

 最後に視線をぶつけ合ったルージヤの丸く黒い瞳からは、消沈するどころか増幅する闘志がありありと感じられた。

 俺だって、譲る気など微塵もない。


 

 頭が完全に床の下に埋もれ切ったと思ったが、次の瞬間にはまた床が迫っていた。


「おわ!」


 重力に従って加速した俺は、木造の部屋に頭から落ちた。


 煉瓦色のベニヤ床に、細い丸太を積み上げたウッドな壁。山小屋のようだ。円状の窓から見える生い茂った木々が枝葉を打ち合う音が聞こえる。

 窓の前には立派な勉強机が置かれ、傍の壁に沿って背の高い本棚が小屋の角まで続いている。木と紙の織り成すつくられた自然の香りが温かい空気に馴染み、心が安らぐ。


「やったね、走人!」


「ミコ……」


 そうだ、俺はさっきまでSMIの手術室みたいな場所にいて……


「垣登と山辺は!?」


「大丈夫。ベッドごと後ろにいるよ」


「ああ、こっちにいたのか……じゃあ俺たち、逃げ切れたんだな。明軍のやつらはどこにいったんだろ」


「レルブは空間ドアを作れるから、たぶんもうさっきの場所にはいないと思う」


「あ、そういえばあいつら、変なワームホールみたいなのに入っていってたな」


「話したいことがいっぱいあるけど、まずは二人を起こさないとね」


 ここはどこなのだろうか。外の明るさから推測すると時刻はお昼ごろのようだ。


「走人、二人を走人の寮に移動させるから手伝って」


 ミコがコツコツとベニヤ床を歩いた先にあったのは、俺の寮部屋にもある落書きの青い扉だった。


「もしかしてここは、ミコの家なのか?」


「まあそんなところかな。走人の部屋の壁に作ったドアの向こうよ。普段はこのコテージで暮らしてる」


「じゃあ、ここがオールビット?」


「んー、それは少し違うんだけど、走人たちの世界とは別の世界だね」


 垣登たちを乗せたベッドは自ら壁に描かれた扉まで歩き、ミコの合図でぴたりと止まる。


「いい? わたしはこの二人に見られるわけにはいかないから、もう一度向こう側に戻るね。二人が目を覚ましたら、適当に理由つけてごまかしといて」


「え、ちょっと待って、ミコ! 出まかせはあまり得意じゃないんだよ!」


 垣登と山辺を俺のベッドに移すと、ミコは落書きの向こうの世界へ戻っていった。


「はあ……まったく……」


<遅くなった(手合わせ)そっちは無事?>


 隙谷にチャットを送り、貧相な丸テーブルの前に腰を下ろした。


 ごまかすったって、まず山辺は今回の事件の犯人だよな? ルージヤに脅されていた可能性も考えられなくはないが、その話を垣登に聞かれるのはまずい気がする。そして二人ともSMIの近くにいたのに起きたら俺の部屋にいるなんて、どう説明すれば納得されるんだ? ああもう、いっそオールビットのことを話すか……?


<間暇君から話は聞いてるよ。独瞬君、助けてくれてありがとう。僕も佐暮さんも無事寮に帰ったよ(グッド)>


 何? 間暇まいとまだって? 俺がSMIにいる間に何があったんだ!?


独瞬ひととき……?」


「はいっ!?」


 テーブルで頭を抱える俺を、起き上がった垣登がぼけっと見ていた。


「よ、よう。目が覚めたか! どうだ、気分は? 痛いとことかないか? 俺の頭以外で」


「はっは、何言ってんだよお前。俺は何とも……あれ、何ともないけど俺は何を……」


「どうした? ルージ……猫面人に何かされたのか?」


「猫面人? そう、そうだよ! 俺と隙谷は猫面人捜索のため一時協力して……っておい! なんで俺は知らない男と一緒に寝てんだよ気持ち悪い! しかもここ寮か!? なんで? お前の部屋? 何があった!?」


「おい落ち着けよ! 禍野コーヒー飲んでいいから!」


 垣登は隣に寝ている山辺を起こそうと揺さぶっている。


<また明日にでも猫面人を撃退した話を聞かせてよ! 何せ僕も記憶を消されちゃってるみたいでさ~(笑)>


「垣登、その隣のやつ、知らないって言ったか?」


「知るかよ、こんなちび! てか今何時だ?」


 垣登はマグカップに注がれた禍野コーヒーを啜りながら、夜の九時を過ぎていることに目で驚いた。

 おかしい。垣登は確かに山辺と対面し、お互い顔を見せあったはずだ。ということは……


<わかった、また明日な>


<おやすみスタンプ>


「んん……あれ、俺の部屋じゃない……?」


「起きたか、山辺。俺が誰かわかるか?」


「……誰だお前」


 ビンゴだ。この二人は今回の事件のことを忘れている。ついでに隙谷と、たぶん佐暮さんも。いや、記憶を消されたのだろう。ルージヤかレルブか、はたまた別の何者かに。


「独瞬、こいつと知り合いなのか?」


「独瞬? あの猫面人の噂のか?」


「一方的に知ってるだけだ。二人とも俺の話をよく聞いてほしい」



 二人は、“記憶が数分間消える事件”については知っているようだった。だが、隙谷を中心として決行された今日の出来事は何も覚えていなかった。

 俺は二人が猫面人に襲われていたところを何とかして助け出し、部屋に避難していたという設定をなるべくぎこちなくならないように解説した。


「で、今回の記憶喪失の事件は猫面人が起こしていたと」


「そう。俺にはなぜか猫面人の能力が効かないみたいでさ。少し脅かしてやったら逃げ帰っていったよ」


「おおっ! 流石は俺の認めた男だな! 入学式の日に猫面人を追い払ったってのも作り話なんかじゃないって俺は信じてたぜ!」


 なんか聞いたことあるセリフが混じってたな。


「記憶喪失……俺たちも記憶を好き勝手弄られてるかもしれんねえのかよ……? くそっ、許せねえ」


 山辺も事件の被害者側だったのだろうか。記憶喪失事件に加担していたことが学校に知れ渡ると大騒ぎになる。すべてルージヤのせいにしよう。

 そして、事件の裏で間暇が動いていたこともわかった。

 またしても俺が猫面人を追い払ったという噂話が広まりそうだが、この際丸く収まればそれで…………いいか。


 垣登と山辺を見送り、半壊した禍野探偵団の任務が終わった。

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