第十四話 共修と強襲
――たった一度見ただけなのに決して忘れられないものはいくつもある。その中でも強く記憶に残るのは、良いものよりも良くないものの方が多い気がする。だって苦手な食べ物は最後まで残っているだろう? 天国と地獄、共修と強襲。――
「まず、今日わかったことは――」
向こう側のコテージから帰ってきたミコは、淡々と話し始めた。
俺とミコは、大人が一人乗っただけで真ん中からへし折れてしまいそうな丸いテーブルを挟んで床に座っている。
「猫面人と恐れられてたあいつの正体はアルビタリオのルージヤっていうただの人」
「人なのか? あとアルビタリオってなんだよ?」
「たぶん、幻影とか擬態の類を扱う能力だと思う。その“力”自体も珍しいんだけど、もっと気になるのはアルビタリオ人ってこと。アルビタリオはオールビットの近傍国の一つよ。私も詳しくは知らないけど、明軍に協力しているような口ぶりだった」
「そういえば『お互いの目的』とか言ってたな。女子寮の屋上でも何かを……」
「私が『姿を消せる能力なんて他に一人ぐらいしか知らない』って言ったら、ルージヤは『そいつの居場所はどこだ』って目の色を変えて答えたんだよね」
ミコはテーブルの上で腕を組み、中心に置かれた鉛筆を見つめている。
「それがルージヤの目的……?」
「私の知ってる人とルージヤが探してる人が同じだとすれば、それは暗軍のテテムって人。でもその二人にどんな因縁があるのかまでは……」
この話が本当なら、ルージヤが俺や他の生徒にちょっかいを出すのはなぜだろう。明軍の指示を受けているから? そもそもなんで明軍と協力する必要がある? 明軍の手を借りないと達成できない……?
「何にせよ、ルージヤは明軍側の人間で俺たちの敵ってことは確定した。能力もわかってしまえば対策の取りようはあるよな」
「命を奪われるような事態はまだ起きてないけど、今後あいつらが何を仕出かすか予測がつかないよ。そしてもし現実に起こってしまった場合、事実が揉み消されるかもしれない」
「明軍と禍高が手を組んでるかもしれないからか?」
「そうよ。どれだけ深いところで繋がってるのかを確かめるのは難しいけど、レルブの言い方からして裏があるのは間違いないよね」
「レルブってあのいろんな音が鳴るベルを持ってたやつだな」
「うん。主にベルの周波数を操る厄介な“力”。あの女がSMIに常駐してるとなると、迂闊に近寄るのはリスクがある」
「てことは、SMIを突破すれば少しは謎が解けるかもしれないんだな!」
「無茶だけはだめよ! 勝算もないのにむやみに飛び込むのだけは絶対に!」
「わかってるよ、ミコは心配性だなぁ」
前のめりで睨んでくるミコだが、それ以上の言葉は出てこなかった。
ミコの行動が制限されるのならば、ここから先は俺たち禍高の生徒が相手だ。
明軍はこの学校に強いこだわりを持っている。いつか必ず尻尾を見せるときがくるだろう。その尻尾を掴んで、闇の最奥に隠れた頭までまるごと引きずり出してやる。
その後、学校生活は何事もなく進……んだわけでもないが、大きな事件はなかった。案の定、俺が猫面人を再び追い払ったという噂が流れ、忘れかけていた皆の中の
「これからは僕たちの出番が増えるかもねっ。合言葉じゃ心もとないからこれをあげるよっ。僕が持ってるのと近づけると光るようになってるんだっ。便利でしょっ!」と、紐を通した小さな勾玉を手渡された。
製造法は企業秘密だという二つの白い勾玉は黄緑の鈍い光を放ち、その間隔を縮めるにつれて濃い緑へと輝きを増すようにできていた。
間暇にSMIのことを訊いてみたが、特殊な防壁か電波が邪魔をして中のことを探ることができないとか。
“外側の力”を持つ人間に対しても抜かりないセキュリティ。明軍の最終目標には未だ暗雲がかかっている。
レルブは明軍と禍高、もといこの国が互いに認め合い、禍高の生徒への手出しを正当なものとして行動していることを示唆する発言をした。
いつもと変わらない、ゆったりとしたペースで出欠確認をする担任の凌子先生からは、明軍と関わっているような気配を全く感じられない。
他の先生たちも、授業では教壇に立ち、昼休みには生徒たちと同じ目線で話し、笑い、共に悩み、叱り、励ます、いたって普通の人間だ。
こんなにも美しい学校に、俺たちの居場所を脅かす組織が隣り合わせで存在するなんて……その半分が禍高そのものだなんて、神様から聞いたとしても信じたくない。
ミコは暗軍の仲間たちと話し合い、このまま待機するように命じられているようだ。暗軍の人間が見張っていることが明軍に漏れた今、明軍の新たな動きに対応すべく慎重になっているらしい。この硬直状態を強制しているのが“不可侵の法”であり、もしも法が破られるようなことがあった日には、オールビットの最高権力者による無慈悲な裁きが、昼夜経緯問わず天よりもたらされると……
そんなの迷信だろうと思ったが、暗軍と明軍が武力抗争をしても問題ないという根拠はどこにもなく、つっこみたい気持ちを抑え「へえー」と相槌だけで話を聞き流した。
皆を守りたいと考えるたびに体が重くなるが、同時にそう思わせてくれる素敵な出会いがあったことに希望を抱き、皆と顔を合わせるたびに現実とかくれんぼをするように、また笑顔で日を繰っていった。
入学式はもう一か月も前のことだ。カレンダーの大きな数字が“5”になって今日で二日目。
友達づくりの応援アプリ“フレフレ”の登録人数はついに二桁を突破し、俺のスマホでは連絡先が一画面に収まり切れなくなったことに
今日から三連休が始まるのだが、俺には遊んでいる暇などない。
中間試験まで残り二週間。優秀な生徒は焦り始めるころだ。
男子寮近くの北西の丘に腰を下ろし、“政治・倫理”の分厚い教科書を開いた。
俺の隣には女の子が座っている。毛先にかけてカールしたクリーム色の髪が柔らかい風に靡いていて、どっかのアニメから出てきたのかとたまにびっくりする。
「
他にも何人か誘ったものの、皆部活で忙しいとか、連休はどこかへ出かけるとか、なかなか「うん」と言ってくれる友達がいなかった。ちなみに「そもそも友達が少ない」とかいう指摘は現在受け付けていない。
「でも部活に真剣に打ち込める人ってかっこいいよね」
それを聞いて俺の心は一秒揺らぐが、二秒後には「面倒」の二文字で頭がいっぱいになり、入部届を書く前からびりびりに破り捨てるイメージを完璧に脳内再生できた。
そんな感じで
薄紫の日傘を差しながら、優雅に英語の教科書を眺める彼女はまるで西洋のお姫様だ。
西洋のお姫様が野外の地べたで英語の勉強をするかは全く知らないが、外見だけ見ると同じクラスの生徒とは思えないほどの輝きに満ちている。日差しが強いだけか?
「暗記科目って苦手なんだよなぁ……解き方がないっていうか、範囲を全部覚えるしかないってのがただただ苦痛で……」
「ふふふ。独瞬君は手順に忠実だもんね」
高校の敷地を一望できる丘のてっぺんは緑風が心地よく、裏山と呼んでも相違ないほどの隣接した林が奏でる葉音は勉強のBGMにうってつけだ。
「ねえ、独瞬くん。ここの文法なんだけど………………」
「どれ?」
「あ、…………」
「え? どうした? 俺またきもい顔してた?」
日傘から覗く抱愛さんの酷く怯えた顔。その視線は俺の後方へ向けられていた。
まさかと嫌な予感がして肩ごと振り返る。
そして、もう楽しい時間は終わりだと悟った。
左後ろに立っていたのは背の高い男。並んで座る俺たちを見下ろしていた。
その男が纏うのは一切濁りのない、眩しすぎるほどの白いコート、白いズボン。それらとは対照的な耳までかかる漆黒の刺々しい頭髪。
何より、一度見たら忘れられない、あらゆるものを貫通するほどの冷たく鋭い眼差し。
「お前は……!」
男は口角を微かに動かした。
「また会ったな、少年」
間違いない。あの声だ。あの日、猫の化け物を一喝して従わせた、オールビットの明軍の男……アラルーグだ。
明軍が動き出した――
返事を待たずして、男は前へ突き出した左手を握りしめ、人差し指で鍵型をつくり、トリガーにかけるような位置で止めた。
――やばい!――
反射ですら間に合わないほど限りなく短いその一瞬、男の左手に黒い銃が現れた。
脅しのつもりか? ならば一度落ち着け。集中して“黒の力”を――
しかし、男は眉一つ動かすことなく至近距離から発砲した。
鈍く突き抜けた音に動揺し、不自然に息が上がる。
――だが、痛みもなく意識もはっきりとしている。
俺は倒れることはなかった。
「な……なんだよ、びびらせやがって! 大丈夫? 抱愛さ……」
違う。俺じゃない。でもそんなことがあっていいのか?
倒れたのは右隣に座っていた抱愛さんの方だった。
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