第十二話 SMI
――重要な施設……なんて言われているが、それ以上の情報はないし、そこで何が行われているかなんて、実際にこの目で確かめない限りわからない。ならばその施設は誰のためを想ってつくられたのか? 謎多き施設、SMI。――
SMIは高校の正門から入って一番遠い位置にある。そのため、生徒はここを訪れるどころか、拝む機会すらほとんどない。
そもそも校舎には保健室があるし、軽い診察や手当で済む程度のことであればSMIに用などできるわけがない。
ではなぜSMIなどという大型の医療施設があるのか。俺たちは“禍高専門の病院”と教わっているが、どうもそれだけではない気がする。
その証拠に、隙谷の証言が正しければ、あの猫野郎がSMIに山辺を連れて侵入しているのだ。
建物の前に到着したが、大人のキリンが姿勢よく通れるほどの大きな門で閉ざされている。周りは高い壁に囲まれ、正面以外からの出入りは難しそうだ。
キリンといえば垣登が“クリロワ5”で使っていたキャラクターだな。あいつは無事なんだろうか。
……なんてフラグを立てている場合じゃないな。
街灯が少なく視界が悪い。壁伝いに歩いて侵入経路を探っていると、ズボンのポケットが振動した。
『走人、聞こえる?』
ああ、良かった。いつも俺の部屋で聞いている女の子の声だ。
「ミコ、今どこだよ? そっちからしか繋がらない電話なんだから連絡ないと心配になるぞ」
『ごめんごめん。今はエスエムアイとかいう趣味の悪い施設の敷地内――』
やはりミコはSMIの内部にいる。それならこっちのもんだ。
「俺もそっちへ行きたいんだけど、どうすればいい?」
『でっかい入り口あったでしょ? そこ開けるからすぐに来て――』
大きな門は確かに人一人分開いていた。
『建物に入らずに右手に進んで――』
門をくぐると、中庭のような開けた空間が広がっていた。
十数メートル先に建物の入り口があり、奥から鈍い光が玄関を照らしている。
ミコの指示通り建物には入らず、敷地内を反時計周りに探索する。
しばらく歩くと、足を揃えて斜めに伸ばし、建物の壁にお尻をくっつけて寄り掛かる少女がいた。
「おー久しぶり!」
「ほんとだよ。一、二年かかったんじゃないか?」
感動の再開は後回しだ。
「早速中に入るよ。建物の構造は大体わかったから」
「まじで? どうやって調べたんだよ」
「これぐらい簡単よ。ほら行くよ」
ミコは建物の外周をさらに反時計周りに歩きだした。
「なあ、また猫面人に出くわしたらどうする?」
「今日のところはあの猫が何者で何を企んでるのかを知りたい」
「ああ、そうだな」
「だから戦闘はできるだけ避けたいね。あいつがオールビットの明軍と関わっているかを確認したら撤退よ。オーケー?」
「半分オーケー」
「半分?」
ミコが歩みを止めた。
「猫面人に連れ去られた山辺と、それを追った垣登がこの建物の中にいるかもしれない。俺はその二人の安否が知りたい」
「……それ本当なの?」
「隙谷の話が嘘じゃなければな。ミコはどうやってここを割り出したんだ? 猫面人を追いかけたんじゃないのか?」
ミコは電気の点いていない部屋の窓を見つめ、手でそっと触れた。
「わたしは猫面人をすぐに追いかけたんだけど、どっちの方角に逃げたかわからなかったの。だから場所を聞いた」
「聞いた? 誰に……」
「さっきも寮で話したけど、わかりやすく言うとわたしはあらゆるものに対して一時的に生命力を分け与えられるの。だから道中の木とか建物から情報を得ることくらい、簡単ってことよ」
そうか。ミコが離れた位置からドアを開けたりものを操れたりするのは、一時的に命を与えることによって、ものが自発的に動けるようにしているからということだったのか。
「で、わたしが触れてるこの窓も、近くに誰もいないから入るなら今がチャンスだって教えてくれてる」
そう言って、ミコは窓の鍵を外から開けると、軽い身のこなしでぴょんと窓枠を飛び越えた。
「その二人も中にいるんだとすれば、助けない手はないよね」
心強い言葉と月明かりに照らされた無邪気な笑顔につられて、自然と笑みがこぼれた。
俺たちが侵入した部屋は、段ボールが山積みされた物置チックで埃っぽい部屋だった。
ドアを開けると長い廊下が左右に延び、右奥の部屋からは灯りが漏れている。
ミコは廊下に出ると黙ってうなずき、俺に合図した。
灯りのもとへ進むと、誰かの話し声が聞こえてきた。
両開きのやたら大きなドアは完全に開け放たれ、蝶番の間にできた二、三センチの隙間から中の様子を窺える。
俺とミコは顔を縦に並べて聞き耳を立てた。
「貴様は何も理解できていない。この学校にいる人間どもは我々の想像を遥かに超えた“力”を持っている。甘く見ていると貴様らが飲まれることになるであろう」
片方はグルグルという唸りを交えて話すおしゃれな猫だ。
「それ、最初にも聞いたよ。あんたいつもびびりすぎなのよ」
もう片方は側面に赤い縦ラインの入る白いロングコートを纏った女だ。綺麗に手入れされた、筆の頭が左右に一つずつ付いたようなツインテールが独創性を醸し出す。太く結ばれた白い髪の先は黄色く染まり、ペンキでも浸けたかのようにしゅっとまとまっている。
「貴様に任せていると計画が失敗に終わると言っているのである。すでに生徒の中には違和感に気づき始めている者もいる」
「わざわざオールビットの明軍様がアルビタリオの野良猫に手ぇ貸してやってんのに、口出しする気?」
女は左手に手頃なベルを持ち、時折カラコロと振っている。
「我々は合意の下で協力しているはずである。足並みを揃えねば吾輩の計画ともども崩壊する」
会話をする二人の後ろには、手術台に似た不気味な機械が設置されている。医療施設なだけあってそれらしい気もするが、明らかに医師ではないこの二人には全然マッチしていない背景だ。
「私はやりたいようにやるだけ。別に学校の子供たちに計画がばれたって大した問題じゃないのよ」
「暗軍にも目をつけられているのであるぞ」
「それくらい誰だって予想つくでしょー。あいつらには大胆なことができる勇気なんてないんだから、放っておいても問題なーし!」
あのダブル
そして猫面人は“アルビタリオの”と言われていた。オールビットではなく、また別の国の人間? いや猫?
「そんでさー。さっきからそこにいるのはあんたのお友達?」
明軍の女と目が合った。同時に猫面人が俺たちめがけて突っ込んでくる。
「待て待て、なんで――」
いつ気づかれた……?
ミコはとっくに表に立ち、どこから出したのか一メートルほどの銀色の剣を両手で構えていた。
猫面人はレイピアを抜き、勢いを殺すことなくミコにぶつかる。
「あら、ミコちゃんじゃん! 久しぶりー! ルージヤ、殺しちゃだめよ」
二本の剣は和解したかのように見えたが、すぐに銀の剣がはじかれ、ミコが後方に吹っ飛ばされた。
しかし、ミコは壁に叩きつけられる前に剣先と両足で踏みとどまり、手にしていた剣を猫面人めがけて投げつけた。
先端はぶれることなく直線を描き、前傾姿勢になった猫面人の三角の鼻を割ろうとした。
だが剣は猫面人の顔をすり抜け、その延長線上に立っていた明軍の女を刺そうとしていた。
明軍の女は左手のベルをチリンと鳴らした。すると女の腹部まで迫っていた剣は先端から削られていき、一瞬で粉々になった。
「ねえルージヤ、ミコちゃん! ここで暴れないでよ! 私に当たってたらやばかったし、私がいなかったら今頃あの子たちに当たってたかもしんないんだけどー!」
「何だと? 貴様がそんなところに寝かせているからであろうが」
猫面人ことルージヤと呼ばれた化け物の指さした手術台の奥にはベッドがあり、二人の男子生徒が寝かされていた。
「ミコ、垣登と山辺だ!」
「おーけー、二人を助けるよ!」
「えー!? せっかく捕まえた子たちを逃がしちゃうのー? ミコちゃん、酷くなーい?」
女が持つベルのカランという音に続いて、俺とミコの足元の床がガコンと一段沈んだ。
「うわっ!」
俺はその場でしりもちをついたが、ミコはジャンプで躱し、乱れた茶に金混ざるさらさらヘアを整えた。
「レルブ……あなたここでなにしてるの?」
筆ツインテールの女はレルブというらしい。ミコはこの明軍の女を知っているようだ。
「あーあ。もう暗軍に見つかってんじゃん。まあいいけど。教える義理はないよね。だってあんたもここに勝手に入ってきてんだから。“不可侵の法”、わかるよね?」
「く……何が目的なの!」
明軍と暗軍が争うことを禁止するという“不可侵の法”。どれほどの効力を持つものなのかわからないが、もし仮にこの法がミコを拘束するのであれば、レルブを攻撃できるのは俺だけだ。
反対にレルブもミコを下手に攻撃できないのだとすれば、オールビットの人間ではないと思われるルージヤは、まさに自由な野良猫の状態ということになる。
「俺になら教えてくれるだろ? 俺はこの学校の生徒だぜ?」
レルブがベルをチン――と鳴らした。
「うーん無理。あんたも立ち入り禁止の看板を踏み倒しちゃってること忘れてない? それとも私と戦って聞き出してみる?」
どっちにしたってやるしかない。
すべての闇を晴らすまで、俺はこの世界で戦うと決めたから。
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