第十話 追い求めるもの

 ――必死になって探しているものほど近くにあることは珍しくない。それは追う側が誰であっても同じことだ。ぞれぞれの探しものが重なり同じ方角へ進みだしたとき、新たなゴールが明らかになる。駆け引きの中で見え隠れする、追い求めるもの――



「誰だったの?」


「さっきまで遊んでた二人の、どちらかというと変じゃない方だよ」


 まさか隣人が垣登かきのぼりだったとは。

 高校生活最初の一週間が終わるという頃なのに、自分や先の見えないことに必死で、ご近所のことなど全く気にも留めていなかった。


「あー、キリン使ってた人ね! で、なんて?」


「今から猫面人ネコメンジンを探しに行かないかって。手がかりが見つかったみたいでさ。先に行ってるらしいから俺もちょっと行ってくるよ」


 早々に白いスニーカーに足の先を入れる。


「……ねえ、走人?」


 ベッドに腰かけるミコが真っすぐ俺を見つめていた。瞼がやや下がっている。ミコがこの目をするときは決まって真面目な話が始まる。


「怖くないの? 相手は走人を殺そうとするかもしれないんだよ? どうしてそんなに前へ前へ進めるの? まるで何か作戦があるみたい。絶対的な信頼を持てる何かが……」


「それは…………」


 だめだ。まだ言えない。ミコに間暇まいとまのことを話せば、俺たちの計画が崩れてしまう恐れがある。間暇を水面下にキープして、俺は間暇が接触できない表舞台で情報を集める必要がある。


「俺は今の自分を信頼するしかない。だから作戦なんてないのも同然だよ。俺の目で見て、頭で考えて、足を、体を動かす。この学校に来て一層それが大事だと気付いたんだ。待ってるだけじゃ解決しない。だから俺は自分を信じて行く」


 本当はわかってるんだ。怖いし、自分だけを信じるなんて荷が重すぎないか。だから間暇がどうにかしてくれるって。この学校の、この国の闇に埋もれた俺たちの価値を、生きる意味を照らし出してくれるんじゃないかって……

 初めからそれを望んでいたのかもしれない。ここに来ればわかるって。そうでもしないと俺を続けていく自信がなかったから。


「今の言葉、走人自身に言い聞かせてるみたい……でもね。わたしは外界の男の子の意思表明を鑑賞するためにわざわざここまで来たわけじゃないの」


 青と黒の中間色のワンピース。余り気味の袖を二めくりし、綺麗な瞳が再度俺に熱を送る。


「わたしも一緒に行くよ!」



 垣登が指定した場所は、男子寮から遠く離れた東の広場。クローバーの絨毯の中心には、雨も通さないほどの巨大な樹が一本。

 ここまで来るとその先には女子寮しかなく、俺にとってはなかなか近寄りがたいエリアだ。

 

 巨木の下には二人の男子。一人はどこにでもいそうな特徴のないモブ男。もう一人はデジカメ片手にひも付きボードを首にかけた細身メガネ。広場にはほかに人がほとんどいなかった。


「おっ、ちょうどいいタイミングだぜ独瞬ひととき! 早速行くぞ!」


「君が独瞬くんか~。会えて光栄だよ。じゃ~、行こうか」


「待て待て。まず詳細を話せよ。隣は誰?」


 既に俺に背を向け歩き始めた二人を呼び止める。


「こいつは隙谷すきたに。色々あって俺らは協力することになったんだよ。今から向かうのは女子寮だぜ。日が暮れる前に片付けるぞ!」


「まあ、そういうことだよ。よろしく~独瞬君」


「どういうことだよ」


 この細メガネの男子が、垣登が言っていた隙谷か。二人の対決の話とか、協力するようになったとかは世界規模で興味がないが、仲間は一人でも多い方が心強い。


「あとは隙谷から言ってくれ。俺は説明が下手だしな!」


「はあ~簡単な話なんだけど……垣登君、話聞いてた? じゃもう一回説明するよ~?」


 空の色が青から赤に変わりかけている。三人で顔を合わせて作戦会議。だが実は話を聞いているメンバーはもう一人いて、俺のズボンのポケットの中からスマホを通じてリモート参加している。姿を見られるわけにはいかないし、女子生徒に変装するにしても手間がかかる。俺のパケットを犠牲に強力なサポーターを構築した。


「昨日の夜から、女子寮付近で記憶が数分だけ飛ぶっていう事件が数件起きてるんだよね~」


「記憶!?」


「そう。最初の被害者は一組の朝針あさはりさん。スマホを見ながら寮の階段を下りて、気が付いたら階段の途中で立ち尽くしてたらしい」


 隙谷が声のトーンを一段下げる。


「次の被害者は一組の板端いたばしさん。同じ階の友達の部屋で深夜まで映画を観た、その帰り。自室へ戻る真っすぐの通路でスマホの画面を開いて、気が付いたら両足揃えて立ち止まってたらしい」


「おい、どうだ独瞬? こんなわくわくする話あるかよ!?」


「いや、わくわくというより心臓ばくばくなんだが」


 猫面人の手がかりと思って来てみれば、今日は大きな樹の下で季節外れの怪談大会か?


「最後、次事件にあったのは~、一組の香戸町かどまちさん。今日の昼頃の話でね~。繁華街にあるショッピングモールで開催された、FABエフエービーのファンクラブの会員限定グッズ販売の時間に遅れそうだったから走って部屋を出たって。時間を確認するために走りながらスマホを見ると……」


「まさか、またか……?」


「もうわかるだろ~? 走りながら確認した時刻は“12:40”。でも気が付くと時刻は“12:44”。走ってたはずがなぜか立ち止まってて、スマホの画面をただ眺めてたらしい」


 俺が“クリロワ5”を攻略して番崎つがさきたちと対戦してる間に、女子寮の方では“ジョージ”もロケランを放り捨てて逃げだすほどの怪事件が連発していたのか。


「事件の概要はざっとこんな感じだけど、ここからは僕の考察だよ~」


 隙谷もこの事件を楽しんでいるように見える。首から下げたボードに箇条書きでペンを走らせた。



――――――――――――――――――――――――――――――

 

・被害者は全員女子で一組の生徒

・時系列で見ると被害者の苗字が五十音順

・いずれも一人で行動し、かつスマホの画面を見たタイミング


――――――――――――――――――――――――――――――



 つまり……


「次に狙われるのも一組の女子で~、出席番号が小さい数の人である可能性が高い!」


「よっ、決まったぜ!」


 ペン先をびしっと俺に向けた隙谷と、モブ特有のがやを入れる垣登。盛り上がっているところ申し訳ないが、探偵ごっこは一先ず置いといて……


「……で、これからどう動くんだよ?」


「まず~、今回の作戦を手伝ってくれる頼もしい協力者がいる」


 ペンのキャップを静かに着けた隙谷は不服そうに説明を続けた。


「見てわかるように~、女子寮付近は明らかに人が少ないんだよね~。皆怖がって寮に籠ってる状況だよ」


「だからこんなに静まり返ってんのか」


 女子寮へ向かい歩き出す。もう夕日が沈み始めている。


「女子のネットワークは強靭だからね~。すぐに噂は広まって簡単には外出できないわけだね」


「でもな、そんな中でも勇敢に立ち向かう女戦士もいるんだぜ!」


「そう。彼女こそが今回の重要なカギとなる協力者~、いや依頼者でもある一組の佐暮さぐれさんだ」


「なるほど。大体わかった」


「察しが早い! 垣登君とは大違いだね~」


「流石は俺の認めた男だな! お前もたった今から禍野探偵団の一員だな! 補佐ぐらいならすぐになれるぜ!」


 嬉しくない。知らない人の血液型を当てられたときぐらい嬉しくない。


「よし! もうわかってると思うけど~、作戦は佐暮さぐれさんを囮にして僕たち三人で怪奇の謎を解き明かす! それだけ~!」


 そんなにうまいこと行くのかどうか……まあ、ミコも話は理解しただろうし体勢は悪くないと思うようにしよう。



「じゃ~、いまから佐暮さんに連絡とるよ~」


 佐暮さんがいるのは女子寮第一棟。俺たちは建物から少し離れた倉庫の陰に隠れた。現場からの距離は約三十メートル。今のところ近くに怪しい人影はないが、俺たちはどの角度から誰が見ても満場一致の不審者だ。


 “フレフレ”のチャットで隙谷と佐暮さんが連絡をとり、タイミングを計る。


「オーケ~。これから佐暮さんには部屋を出て一人で寮の入口まで来てもらう。建物の外に出たタイミングでスマホの画面を開いて~、チャットでスタンプを連打。そのまま倉庫まで直進してもらって~、このスタンプが途切れたタイミングで僕たちが現場へ出動するって感じ~」


「隙谷、お前新聞部だよな? 依頼受けたって言ってたけど、普段からこんなことやってんの?」


「そりゃ~記事になるからね~。取材から解決まで、全工程自分でやった方が内容は濃くなるんだよ~」


「部員はついさっき入部した俺と隙谷だけだけどな……」


 垣登が声を潜めて言う。


「そっか。じゃあ実質部員はまだ一人みたいなもんだな……」


 俺もつられて小声でつぶやく。

 微妙な緊張感の中、ついにその時が来た。


「おっ、スタンプ来たよ~」


 三人で画面をのぞき込む。隙谷のチャット画面に表れた、丸っこい犬の可愛らしいイラストのスタンプ。“仔犬のように転がしてやろうか”というゴシック体が挿入されているのが気になるが、四つ五つと順調に送信されている。

 しかし、十数個目の“転がしてやろうか”スタンプを最後にばったりとチャットが途絶えてしまった。


「さ~、行くとしようか!」


「これで事件の謎が解けるぜ!」


 女子寮へ駆け出す二人を追いかけながら、ズボンのポケットのスマホを確認する。

 端末がかなりの熱を持っているが、通話は続いたままだ。



 夕暮れが背後から気味悪く迫る中、五人の禍野探偵団による捜査が開始された。

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