第九話 得意なこと
――特技とは、自分にはできて、他人にはできないこと。それは間違っている。他人のことは関係ない。自分に自信を持って言えること。それが、得意なこと。――
最強の生物って何だろう。もちろん、諸条件によって答えが変わることは言うまでもないが、俺の答えは“ジョージ”だ。
だって、“ジョージ”はロケットランチャーやショットガンを使える。他の生物が揃って己の体一つで戦うのに対し、“ジョージ”は唯一武器を使用することができる。
HPはかなり低いが、その分高い攻撃力と恵まれたリーチで離れた所からでも敵を倒すことができる。
「でも、素早い相手には弱いよね。“ジョージ”は」
「近づかせなけりゃいいだけだろ。よしっ! また勝った!」
「次、わたしにやらせて」
「ミコに“ジョージ”を扱うことなんてできるか?」
「わたし、ゲーム得意だもん」
俺は昨日の放課後に買ったダウンロード版の“クリロワ5”を、その日のうちに全キャラ開放し、ゲームの話題で意気投合した
今日は土曜日。色々忙しい一週間だった。
体をしっかり休めて、また来週の学校生活に備えたい。ところだが……
「なあミコ。俺が物を自在に動かせる力を身に付けたらすごいと思わないか?」
「あー、一昨日くらいに言ってたやつ? 超能力を習うとか。あ! ロケラン外したあ!」
「そうそう。今から練習するから、ちょっと
「はいはーい」
ミコは“クリロワ5”にどっぷりはまっている。
この子、こんな呑気に遊んでていいのだろうか。明軍に動きがあればすぐに対応するとか言っていたが、不安になる。
「ええっ!? 今の攻撃当たるの!? “キリン”のリーチ長すぎでしょっ!!」
とても不安になる。
テレビ付近の熱帯は置いておいて、
俺には“外側の力”を会得できる自信がある。
ミコから訊かれた、「走人は『これだけは誰にも負けない』っていう技とかある?」という質問。俺はその回答をずっと探していた。
『独瞬くんって絵上手なんだね!』
じゃあ俺の特技は絵を描くことか? それは違う。
それならゲーム? 今日の俺の戦績は勝率八割はある。でも特技とは言えない。
俺は絵が得意なのではない。見本があるからできるだけ。美術の授業で描いた絵も、教科書の手本に従って技術を再現したにすぎない。もしも、自分のイメージだけで何も見ないで描けと言われたら、俺は美術室で途方に暮れるだろう。
ゲームだって一緒だ。「こう操作すればこう動く」、「この場合はこう対処する」というように、すべて攻略法を知っていれば簡単にクリアできる。もしも、説明もヒントも皆無なゲームなら。攻略法がどこにも載っていないようなゲームなら、俺は人並みかそれ以下の実力に収まるだろう。
やり方をよく理解しているから上手にできるだけ。俺は絵もゲームも純粋に“得意”なわけではない。
俺は幼いころから“一例”に忠実なだけだ。
観察眼ばかり磨き続けた人生。脱線することもさせることもできなかった普通電車。
逆手にとって考える。俺にできることは……
――俺の特技は、真似することだ。――
安っぽい小さなテーブルに、鉛筆を二本、ろうそくのように立てて並べる。
『まず、重心をつくりだすことを意識して、動かしたいものを一つずつ重心とロープで繋ぐ感じよ。結合させたいなら、頭の中で重心の内側に自分が入り込んで、全部のロープを手繰り寄せるイメージ。分解させたいなら全部のロープを重心と反対側に引っ張って、重心を分解するイメージ。例えば、四つに分解するなら、重心も四つにはじけることになるわ。でも、分解は反動が大きいから慣れてからにするのがいいと思う』
二本の鉛筆の中間に重心を置くイメージ。重心を黒い球体に見立てる。その球体からは二つのロープが二本の鉛筆の腹に向かって各々伸びている。
両手を顔からやや下の位置で構え、鉛筆と鉛筆の間をじっと見つめる。
意識は重心と名づけた黒い球体の中へ……
――球体の内側から透ける外の世界を見ると、両側の鉛筆が巨大な柱のようにそびえ立ち、大地の如きテーブルの奥に鎮座する自分からは、大仏クラスの壮大さが感じられる。
黒い球体の中、手元には鉛筆と繋がったロープの先端が二つ。
左右の手に持ち、力いっぱい引き寄せた。すると――
意識は再び現実へ。
小さなテーブルの前の俺が両の掌を勢いよく合わせた瞬間、二本の鉛筆は互いに引かれ合い、軽い木の乾いた音が部屋に響いた。
重心をイメージしたところに、二本の鉛筆が隣り合わせに並んで立っている。成功だ。
「まじでできた……! おいミコ! できたぞ!」
「
気の緩みからか、ほんの僅かに浮かんでいた二本のくっついた鉛筆はからんと崩れ落ち、二方向に転がっていった。
「ミコ、“コモドドラゴン”よりすごい発見だぞ。俺にも“外側の力”が使えた」
「ふーん。走人が“外側の力”をねー…………ほんとに!?」
「うん、遅いよ」
やっとスタートラインに立てた。ついに奇妙な世界に侵入したんだ。
「まさか使えるようになるなんて……やっぱただ者じゃないね、走人は」
「次はミコの力も使えるようになりたいんだ。やり方を教えてくれ!」
「わたしのはちょっと特殊だよ? あ、次の対戦始まっちゃった」
「結局“ジョージ”使ってんじゃねえか」
ミコはコントローラーを握ったまま、テレビに向かって話し始めた。
「わたしは“哀れみの心”を“生きる力”に変換することができるの」
「“哀れみの心”……?」
「傷ついた人を助けたい。不自由なものたちに自由を与えてあげたい。その気持ちを力に変えて、分け与えるのがわたしの力。あっ、やば」
「へえ……考えるだけで使えるってことか?」
「ただ単純に思うだけじゃだめ。相手の“声”を聴くことが大切よ」
ミコが操作する“ジョージ”の武器の弾が無くなり、相手にボコボコにされている。
「“ジョージ”がこの状態に陥ったら、ほぼ確実に負けが確定する。でも、わたしの力で……」
ミコは眼を閉じ、右手を画面の“ジョージ”に被せた。
「さあ、行くよ!」
その掛け声と共に“ジョージ”は立ち上がり、見たこともないアクロバティックな挙動で相手を粉砕した。
「まあ、こういう感じよ」
「これ、チートやん……」
ミコの能力は俺にはまだ早すぎるみたいだ。説明書を読むだけで一か月はかかりそうな出鱈目な力だということがわかった。
「あの青い扉はどうやって?」
「あれはまた別よ。あの扉はお兄ちゃんに作り方を習ったの」
「ミコって兄弟いたのか」
「うん。お兄ちゃんは何でも作れる生成術の天才なんだ」
「何でも作れる」か……その能力は使えるようになっておきたいな。
リザルト画面のまま薄暗くなったテレビ画面を眺めながら考えていると、ピコン、とスマホから通知音が鳴った。
「
<独瞬君、さっきのジョージの攻撃見たことないんだけどどうなってるの?もしかして「禁忌の御業・ハッキングデストロイ・オブ・ダークアドベンチャー」?>
「何言ってるの? この人」
「この人は俺たちより遥か先の世界を見てるんだよ。傾聴しすぎると攫われるから気を付けて」
「もしかして、この人も何か特殊な能力を持ってるんじゃ」
「それはない」
「……じゃ、複数の言語を織り交ぜてるからハーフとかかな? それかもっと上のクウォーターとか? そういうのかっこいいよね!」
「上ってなんだよ。こいつはな、クウォーターじゃなくてヲタークーっていうんだよ」
<隠しコマンドかな? 適当にボタン押したら勝手にでた>
<(びっくりスタンプ)>
「ふう。ミコ、さっきの“覚醒ジョージ”二度とやるなよ。“ジョージ”どころかこのゲームソフト自体がぶっ壊れるし、怪しまれるの俺なんだから」
「大丈夫だよ。今度から“コモドドラゴン”使うから」
「いや、そういうことじゃない」
数時間に及ぶフレンド対戦が終了した。
「番崎の友達とも仲良くなりたいな。プレイヤー名じゃ誰かわかんないや」
<さっき対戦したツリクラ1011って禍高の人?名前教えてー>
「そうそう、さっきの話、途中だったよね」
ミコはコントローラーの線を巻き巻きしながら言った。
「“外側の力”は大きく二つに分類されてて、“黒”と“白”があるの。“黒の力”は身体的・物理的に作用する“力”。“白の力”は精神的に作用するような、不可視の“力”。わたしのは“白の力”なんだけど、“白の力”は扱いが難しいって言われてるから、真似しようとしてもなかなかできないかも」
「不可視の“力”か……やっぱ俺にはまだ難しそうだな。まさしくタネも仕掛けもないマジック…………! ミコは“白いマジック”の使い手ってことだな!」
「白いマジック? んふふ、なんか文房具みたい」
そう。ミコが使う実体のない力が“白いマジック”なら、
「俺の“力”は“黒”と“白”どっちだ?」
「走人の“力”って?」
「俺は他人の“力”を自分のものにする“力”だな」
「泥棒じゃん。そんな能力聞いたことないよ」
「泥棒じゃない。複製・再現と言え」
白黒はっきりしないが、これで俺も禍高のマジシャンの一人になれた。あの猫野郎を返り討ちにする準備は着実に進んでいる。
ピコン、と通知音。
<一組の垣登君だよ>
<今日は楽しかったよ!またやろう!「素晴らしい土曜日・ワンダフルウィークエンド・ジ・エンド」>
意味がわかるパターンもあるんだな。
いや、それよりも
玄関のチャイムが鳴った。
慌ててミコを扉の向こうへ隠れさせる。
「隣の部屋の者ですけどー」
ドアを開ける。
「遅くなったけど、まだ挨拶してなかったからちょっと顔出しに……あれ? お前は……」
そこにいたのは、黒の短髪以外に特徴のない、モブの中のモブ男子だった。
「独瞬じゃん! お前、隣だったんだな! 改めて
「お前かよおおお!」
俺の禍高生活は休むことを知らない。
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