第八話 動き始めた生徒たち

 ――入学して最初の一週間が終わるころには、ほとんどの生徒が地位の確立を済ませる。その結果、互いに譲ろうとしない者同士の正面衝突による、大小さまざまな争いが生まれる。思い思いに、動き始めた生徒たち。――




「ネコメンジンを探す……?」


 垣登かきのぼりがいちごホイップサンドを譲る条件として出してきた「協力」は、思いがけないものだった。


「知らないとは言わせないぜ。お前は事件の当事者だ」


「そんなの見つかるわけないだろ。あれはただの変質者だったんだからな」


「そこをなんとか頼む! 猫面人ネコメンジンを見つけて動画撮った方が勝ちなんだよ!」


「勝ちってなんだよ。お前何人と戦ってんだよ」


「今日、新聞部の隙谷すきたにってやつと猫面人について話しててな。流れで猫面人をスマホに収めた方が勝ちってことになったんだよなあ」


 知らねえよ。どんな流れで勝ち負けが生まれるんだ。


「俺にどうこうできることだと思うか?」


「そんじゃ、いちごホイップと五百円返せ」


「…………最善を尽くそう」



 禍高まがこうには、“学校の都市伝説”というど定番の噂が作られている。出所は新聞部で、その一つが“猫面人と白服の魔法使い”の噂。

 入学式の日の目撃情報が多数あり、その翌日にも数人の生徒が『見た』と証言しているとのこと。

 スマホで撮影された写真がいくつかあるが、ピンボケや日が沈みかけだったためにくっきりと姿が映っているものはない。

 モブ男こと垣登かきのぼりと新聞部の隙谷すきたにの対決ルールは、「先に猫面人の動画を撮影し、相手の“フレフレ”のチャットに送信した方の勝利」だ。


「そうは言っても、どこを探せばいいのやら……」


「おいおい、お前が猫面人を追っ払ったんじゃねえの? なんかの特殊能力を持ってるとか思ってたんだけどな」


「そうだな……少し時間をくれるか? あの猫の化け物はすぐに見つかるようなやつじゃない」


「おおっと、なーんかそれらしくなってきたなあ! 情報があったらすぐ連絡してくれよな!」


 間暇まいとまに相談しよう。すぐ相談しよう。


独瞬ひとときー!」


 校舎の方から俺たちのもとへ、肩下まである黒髪をなびかせた女子が走ってきた。


「げっ、生茂おもり……」


 まずいぞ。垣登と同じように、生茂へのプレゼントが俺の目的だと知られたら……


「あら、垣登もいたの。そんなことより、独瞬ありがと! これ食べたかったのよー!」


 いちごホイップサンドの入った袋を両手で大事に持つ生茂。喜んでくれて何よりだが……


「あ、ああ。それ、垣登が生茂へのプレゼントにって買ってたやつで……その、お礼は垣登に言ってやってくれ!」


 俺の機転の利いたファインプレー! あとはうまくやれよ、垣登。実るかどうかはお前次第だ。応援してるよ。


「え、そうなの?」

「え、そうなん?」


 え、生茂はわかるがなんで垣登も驚いてるんだ? え、そうなの?


「あ、いや、じゃなくて。そうそう! 生茂が授業中食べたいって言ってたから、たまたま早く売店に着いた俺が買ってやるかなーみたいな? はっはっ」


 はっはじゃねえよ! こいつ、自分が食べたいからって強めな理由を捏造してたのか!?


「……ねえ、これあたしが頼んだのと違うわ。独瞬、約束が違うじゃない」


「は!? そんなはずは……」


「冗談よーん、あたしが欲しかったのはいちごホイップサンドよん♪ 二人ともありがと!」


「なんだよ冗談かよ! 生茂、その真顔で冗談言うやつ、授業中にやったら絶対ウケるぜ!」


「あははっ」

「はっはっ!」


 疲れる。一年一組の担任は大変だろうな。




 初春の風が気持ち良い男子寮近くの丘。彼は今日もここに来るはずだ。


「やあヒトくんっ、元気?」


「合言葉は?」


「“陽キャのふりしたイタイやつ”。そろそろこれ変えない?」


「じゃあ略して“キャタつ”。それよりちょっと頼みたいことがあるんだけど」


「うん」


 間暇はいつでも落ち着いている。この冷静さと優しさが、散らかった俺の心を再起動させてくれる気がする。


「猫面人がどこにいるか調べてくれないか?」


「それは無理だよっ。あいつは気配を消せるんだからっ」


 間暇まいとまでもわからないのか。いや、間暇がどんな能力を持っているかまだよく理解してはいないが。


「なあ、間暇の持ってる能力って俺にも使えるのかな」


「それは難しいねっ。ぼくのは先天性の“感覚”と似たような力だから、コツとかは教えようと思ってもできない」


「そうなのか……」


「でも一つだけわかることがあるよっ。きみはその猫面人に目をつけられてるってことっ」


 軽々と怖いことを言う。だが、今の俺が猫面人に最も距離が近い存在であることは嫌でも自覚している。


「猫面人の動画を撮りたいなら、ヒトくんがやるのが一番かもねっ」


 垣登との約束はもうどうでもいい。しかし、猫面人の正体を確かめなければ。


「猫面人はきみを本気で殺そうとは思ってないよっ。後で面倒なことになるしねっ」


「はぁ…………そうであることを祈っとくよ」


「じゃ、異世界の女の子との生活、頑張ってねっ」


 間暇は一体全体どこまで知っているんだろう。

 またクラス訊くの忘れた。


 さて、もう一つの約束を叶えに行こう。今日のメインイベントへ――




 翌朝、教室に入ると福沖が俺の席に座り、右隣の抱愛さんと楽しそうに喋っていた。


「おはよう」


「お! おはよ、独瞬!」


「おはよう、独瞬くん」


「でね、そのFABの全国ツアーの抽選結果が今日発表されるんだ! もうドキドキで眠れなくって!」


「あの、楽しそうに話してるところ悪いんだけど、そろそろ四十分だから座らせてくんないか」


「独瞬、あれ見て!」


 福沖が前の黒板を指さした。


「『本日から出席番号三十四番以降の人は座席を一つずつ前にずれてもらいます』……なんだこれ?」


「つまり、あんたから後ろの人がみんな、席が一つ前の位置になったってこと」


「え? なんでそんなこと?」


 八時四十分のチャイムが鳴り、担任が入ってきた。


「朝礼はじめまあす」


 俺は福沖の一つ前、もともと離通はなれみちが座っていた位置に座った。

 そういえば、その離通がいない。俺の前に座っているのは、出席番号三十二番の長谷峯はせみねだ。


「黒板に書いてあるように、今日から座席を少し変更しました。理由は、離通はなれみちさんが大怪我を負い、SMIで療養することになったからです」


 普段はほわーんとしている担任が、いつになく真剣になっている。

 クラスはざわつき、驚きの声が多く上がった。

 それもそのはず。離通はなれみちといえば禍高全体でも有名な番長的存在だ。そのがたいの良さと威勢の良さから、彼に対して恐怖を抱く生徒は少なくない。かく言う俺も離通のことは苦手だった。

 あの離通が大怪我? どれほどの凄惨な事故が起こったというのか。


「皆さんも気を付けてくださいね。もしこれ以上クラスの人数が減ってしまったらと思うと、先生は心が痛みます」


 この先生は俺たち生徒のことを自分の事のように考えてくれている。なんていい先生だろう。苗字の読み方がずっとわからないが、時間が経つにつれどんどん訊きづらくなる。みんなは凌子りょうこ先生と呼んでいるから、俺も合わせている。

 手渡當……やはり読めない。


離通はなれみちくん、何があったのかな……」


咲栞えみかちゃん、教えてあげようか?」


「知ってんのか? 福沖」


「私、こう見えて情報通なのよ。昨日、第一売店で揉め事があったらしくてね。男子二人の大喧嘩! その片方が離通。で、もう片方がシキってやつ」


「シキって……」


 抱愛さんの怯えようから、ただごとではない事件だったことが推測できる。


「なになに? シキ?」


「そう、禍高都市伝説の一つ。“喧嘩王”シキ! 咲栞ちゃんでも知ってるのに、独瞬知らないのー?」


 なんか腹立つ。俺はこの学校でたった二人しか知らないことを知ってるんだぞ? もし言ったら学校がひっくり返るぞ……

 福沖は赤い野球帽を整えてから続けた。


「表では離通が“番長”なんて呼ばれてたけど、実は番長よりもっと強い、裏の“喧嘩王”シキの情報が私たちリーカーの間で囁かれてたの」


「リーカーって、かっこよく言いたいだけで要はただの噂好きじゃん。安い世界観に憧れすぎると将来、暗黒期として社会にリークするぞ」


「独瞬、うるさい。で、そのシキが離通を返り討ちにしたのが昨日の事件よ」


「返り討ちってことは、離通が先に手を出したってことか?」


「そういうこと。シキはいっつも喧嘩を吹っ掛けられる側で、そのたびに全員を負かしてきた無敗の王者なのよ!」


「だから“喧嘩王”か。その異名は大げさじゃなさそうだな」


「でも、わたしたちから何もしなければ大丈夫だよね……?」


「そうね。咲栞ちゃんの言う通り、鬼にはわざわざ近づかないことよ。シキのクラスは十組だから、四組からは一番遠い教室だし」


「一応、特徴とか聞いておきたいな」


「灰色の髪に、同じく灰色の何考えてるかわからない不気味な目。あといつも本を片手に行動してるってことくらいかなあ」


 ん? それってこの前の……


「あと、コーヒーが好きって聞いたけど、これは別に関係ないかなー」


 俺の脳がフル稼働する。


<①シキは三日前に俺が猫面人に襲われたときに助けてくれた(?)男子に違いない。

 ②間暇まいとまは同じクラスである彼と友達になりたいと言っていた。

 ③シキは十組。

 すなわち、

 ① + ② + ③ = 間暇は十組!>


 完璧な証明が、かしゃかしゃちーんと完成した。


「ナイス情報だ、福沖!」


「え? コーヒー好きが? 何よ急に。なんか気持ち悪いんだけど」


 これは大きな収穫だ。リーカーを舐めていた。


 そうするとシキも何かの能力を持っていることが考えられるな。あの猫の結界のようなものを破壊したのはシキの可能性が高い。たとえ番長でも勝てないのは当たり前だ。



「よーし、授業始めるぞー。と思ったんだけど、人数分の資料コピーするの忘れてたからちょっと自習。隣の子とお喋りでもしてろこの野郎」


 世界史の先生はいつも様々な手口で授業の時間を削る。

 定期試験までに範囲はちゃんと終わるのだろうか。


「あ、あ、すいません」


 右を向くと、メガネ男子と目が合った。


「ひ、ひひと、ひととときくんで合ってるよ、よね?」


「……俺のこと言ってるならたぶん合ってるよ」


 そうだった。もう、俺の右隣は抱愛さんじゃなくなったんだ。


「ま、まま前までは怖い人がと、隣だったけど、優しそうな人に代わってあ、安心したよ」


 すごく会話になれていなさそうな陰キャ度高めな喋り。その割に心の内を直線にぶちまける珍しいタイプだ。


「まあ、よろしく」


「よ、よよよよろしゅくお願いしますっ、あっ、よろしゅくお願いします、あっ、よろしく……」


 全く同じトーンで全く同じ噛み方を二回も披露したこいつは番崎つがさきという。

 離通はなれみちに散々弄り倒されていたが、打たれ強いのか必ず何か言い返すような案外コミュ力が高い男子だ。


「ひ、ひととときくんは、ゲ、ゲームとかしゅる? あっ、しゅる、あっ」


「いや、それ今見たよもういいよ。ゲームなら断然格ゲーだな。最近出た“クリーチャーロワイヤル5”とか、買おうか迷ってるんだよなあ」


「おおっ、“クリロワ5”か! 実は俺氏、持ってるんだよね、あれは前作までとは比べ物にならないほどの超超超の三乗クオリティで今までの全クリーチャーに加えて新たに三百体のプレイアブルキャラクターが追加されたし、ストーリーモードの無駄に感動する展開と新クリーチャーが解放されていく爽快感と充足感、過去作クリーチャー復活・参戦でもはや同窓会で懇親会、一組にも同じゲーム持ってる人いるんだけど毎日オンラインで集い拳で語り合う日々です」


 ん…………?


「よ、よかったら、ひととときくんも、ど、どうかな」


 こいつ、面白すぎる……! ゲームを語るときだけ肺がシロナガスクジラ並みに強化されるのか? ほら、周りに座ってるみんなも結構引いてるぞ。

 細身で気弱そうな外見で、緊張しているのか知らないが普通に話すこともできないやつが急に饒舌になるなんて反則だろ。


「よし、帰ったら買うよ。さっさと全クリするから、終わったら通信しよう」


「ほ、ほんと!? 友達の輪・フレンドリングオープン・ザ・スカイですなあ!」


 え!? 知らん、それは知らんよ。なんかまた変なキャラと呪文出してきたんだが。


 番崎つがさきは間暇以上に頭の中が宇宙なのかもしれない。

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