第七話 明軍の狙い

 ――事件の犯人はそう簡単に判明するものではない。誰が裏で操り、誰が協力者なのか。この広い舞台に立ち、真相を突き止めるには特別な“力”が不可欠だ。見え隠れする、明軍の狙い。――




 俺のことをじっと見つめていた生茂おもりは、我に返ったかのように散らばった缶たちの方に向き直り、手をパーにして両腕を前方へ伸ばした。


 俺は本来不気味であるはずのこの空間をなぜか楽しんでいた。わくわくしていた。

 これから起こる何かを、生茂おもりが見せてくれるマジックを、世界でただ一つの特等席で!


 僅か数秒後、缶たちはその場で一斉に浮き上がり、空中を漂いはじめた。


 生茂おもりが両手を近づける。

 すると、およそ二十個の浮いた缶が空中で一つにまとまっていき、生茂の両手がくっつく頃には一つの鉄の塊になっていた。

 集まった缶たちはさらに凝縮され、音を立てながら小さくなっていく。

 今度の音は、生茂がごみ箱を蹴とばしたときに転がった缶たちの「良い音」とは到底かけ離れていた。


 生茂は地面に落ちたアルミ製おむすびをひょいと拾い上げ、再び俺に目を向けた。


「どう? 驚いた?」


「も、ちろん! びっくりしたよ」


「……あんまりびっくりしてなさそうね」


 しまった。“外側の力”なんていう前知識のせいで、つい反応が薄くなった。

 特に「も、ちろん!」がかなり失敗した。会話にはだいぶ慣れたはずだったのに……

 驚いたのは確かだが、それよりも期待通りの“超能力”を見られたことへの喜びが勝ったことに驚いている自分がいる。


「そ、そんなことないって。まさか本当に超能力が使えるなんて思わなかったよ」


 ここまで完璧な棒読み。俺は会話でごまかすのが苦手だったらしい。


「怖くないの? 逃げ出そうとはしないの?」


 驚かす側だったはずの生茂おもりが逆に面食らった顔をしている。

 まあ、お互い奇妙な人間だったということで……


「何で? 面白いじゃん! それに羨ましいよ。俺にもそんなことできたらなあ」


 これは本音だ。俺にもこの力が使えれば、スタートラインにようやく立てる。


 俺は、さっき生茂がやったように両手でどうにかこうにかやってみたが、どうにもならなかった。


「あはは! 初めて会ったわ、あなたみたいな人がいるなんてね」


 生茂はつむじが見えるほど腹を抱えて笑っている。


 変人扱いされているのか知らないが、なんだか自然と幸せな気持ちになった。

 誰かを笑わせることで自分のことも心から笑顔にできるなんて、なんて素敵な魔法だろう。


「ねえ、お友達になりたいわ」


「もちろん! もっと超能力のこと教えてくれよ!」


 ああ、心の底から飛び出す「もちろん!」ほど気持ちの良いものはない。



 掃除はおそらく終わったので、倉庫にほうきを片付け、“四の樹”を横目に、先生の待つ校舎へ向かう。


「あー、楽しかったあ! それじゃ、あなたの息の根を止めて帰りましょうか♪」


「よーし、そうだな! 俺の……え!?」


 何だ? この展開は……!? ここまで引っ張っておいてまさか、禍高まがこうを狙うオールビットの明軍……


 俺の二歩先を歩いていた生茂おもりは歩みを止め振り返った。


「冗談よーん、本気になれば簡単にできそうだけど、そんなこと本当にはしないから大丈夫よん♪」


「そ、そうですか……」


 夕焼けに照らされた嬉しそうな顔。

 彼女はどぎつい冗談を吐くのが大好きだった。




「ただいまー」


 一人部屋の生徒が言うにはあまりにも悲しいセリフと共に帰宅。

 日が眠りかけている時間だというのに、部屋の電気は一つもついていない。


「ミコー?」


 カーテンまで閉め切った真っ暗な部屋は、もともとの俺の部屋の姿と変わらない。

 ベッドの足側の壁にある、この青い扉の絵を除いては。


 ミコはまた扉の中にいるようだ。

 明かりを点け、扉に近づくが、ふと思い出す。


 俺は今朝この扉に吹っ飛ばされたばかりだった。近寄りすぎるとまた痛い目に遭う予感がする。


 呼び鈴ぐらいはつけてほしいというリクエストを脳にストックし、帰りに第一売店で買ってきた“禍野まがの☆はんばーぐ弁当”を備え付けの電子レンジに食わせる。


 禍高まがこうの学生寮、施設、その他もろもろの費用は、すべてにおいて国が負担している。さらに寮生には毎月生活費が支給され、特に成績が優れた生徒には追加の待遇もあるという。

 入学できる生徒は良くない意味で限られているものの、これだけの好条件なら、一般の学生も羨むほどのロイヤルスクールといえるかもしれない。国の本気がうかがえる夢の学校だ。

 世間では批判の声も多いが、俺たちにとっては天から射す希望の一筋。この逆転のチャンスを逃すわけにはいかない。


 そんなわけで、この学校ではなるべく問題を起こさないように生活するのが一番賢い。退学にだけはなりたくないからな。


 これが大体の生徒が考えていることだ。


 だが間暇まいとまは違う。この学校に潜む闇を暴こうとし、ばれたら退学じゃ済まないレベルの暗躍を企んでいる。そのカギとなるのが“オールビット”と“外側の力”の存在。


 俺は両方のカギを手に入れる機会を同時に部屋へ迎え入れた。

 ミコからはまだまだ訊かなければならない情報が山ほどある。



 安っぽい小さな丸テーブルに、湯気が立つ弁当をとんと置く。


「あっ」


 角のない箸がテーブルから落っこち、ベッドの足側の方へからから転がった。

 これだから丸い箸は……


 ベッドの下へ潜り込まないようにダイブして押さえつける。

 青い扉の前で熊の敷物みたいな体勢になってしまった。

 何をやってんだか。


「危なかった…………!!」


 うつ伏せ状態から起き上がったそのとき、後頭部に衝撃が走った。


「あ、おかえりー。頭なんか抱えちゃってどうしたの?」


「……一日に二回とはやってくれるな、ミコ。飲み薬だったら完璧な時間配分だよ」


「え? また? なんか、ごめん」


 この子、わざとやってないか? オールビットでは、向こうに人がいるか注意して扉を開けろと習わないのだろうか。


「もういいよ。それより大ニュースだぞ。禍高まがこうにも“外側の力”を使える生徒がいたんだよ!」


 落書きの扉を閉めたミコは紺色のワンピースを翻し、大きな一歩で距離を詰めてきた。


「ほんと!? そんな人に会ったの!?」


 近い。顔を引いたのにピントが合わない。


「会ったよ。物を自在に操ってた。探せばまだ他にもいるかもな」


 現にいるしな。ミコには内緒にしている間暇まいとまと、今日会った生茂おもり以外にいてもおかしくはない。普通じゃない人が多いこの学校だからこそ。


「……ということは、明軍の目的は“外側の力”の使い手なのかな」

 

「『ということは』って、何か心当たりでもあるのか?」


「うん。ここ数年の明軍は“外側の力”を有効利用する研究に注力してるって話があるのよ。それ自体は別に悪いことじゃないんだけど、研究のために関係のない他の国にまで手を出すのは放っておけないよ」


「待てよ、それなら明軍は能力者がいることをわかって禍高に侵入してきたんだよな?」


「そこまではまだ……でもこれで明軍の目的は絞られてきたね。次にあいつらが動きを見せるとしたら」


「“外側の力”を持つ生徒の周り……ってことなのか?」


 明軍の狙いは禍高にいる“外側の力”の能力者? その人をどうする気だ?

 仮に生徒が危害を加えられたとしたら、この国が黙っているはずがない。明軍の人間とつるんでいた猫人間が姿を隠していたことは、明軍が慎重に動いているという証拠だ。

 入学初日に何人かの生徒に姿を見られているし、これ以上大胆な行動はできないだろう。間暇の言う“秘密裏”はこの一連のことで間違いない。


「明軍のやつと一緒にいた猫人間のことは知らないって言ってたけど、あれも能力者だよな?」


「うーん、猫人間かー……どんな力を持ってるかは知ってるの?」


 自分と特定の人間の存在を周囲に気づかれないようにする、さらに他人に変装することもできる、みたいな感じだったが、これを言うと間暇の存在が透けてしまいそうだ。


「……なんか、よくわかんなかったな。人間なのかも怪しいし」


 また棒読みになったか……? 下手なことは言わない方がいいな。


「そいつがアラルーグと一緒にいたなら、明軍に関わってるのは確実よね。注意しておかないと」


 ミコが網を張ってくれるのはありがたいが、猫人間の“気配を消す”能力に対応できるかどうかはわからない。俺自身も対抗できるように強くならなければならない。


「ま、難しいことは私に任せて、走人そうとは学校生活を楽しんで! ごはんごはん、お腹すいたー」


 ミコは元気な声で背伸びをした。




 四度目の昼休み。チャイムが鳴るやいなや教室を飛び出した。

 今日は食堂ではなく第一売店に駆け込む。目当ては店内端のパンコーナーのレジで注文できる一日数個限定の日替わりスイーツパンだ。

 俺の趣味ではないのだが、用事で買いに来れない友達に代わってどうしても手に入れなければならない。

 生茂おもりの力の秘密を知るために。


「いちごホイップ――」

「サンド一つ!」


 “1”を表す人差し指が二本、レジの無愛想なおばさんの前に並んだ。

 短めの黒髪、目、鼻、口……これといって特徴のない男子が、俺と同じタイミングで同じものを頼んだ。


「一個しかないから、じゃんけんでもしな」


 こんなに早く来たというのに、ライバルがいるとは。こんなぱっとしないやつにとられるわけには……


「なあ、俺に譲ってくれよ! どうしても欲しいんだよ!」


 向こうが先手をとってきた。それなら――


「俺もどうしても欲しい。譲ってくれたら何か別のもんをやるよ。何でも好きなやつを」


 この提案を蹴る人はそういない。俺の勝ちだ。


「だめ! このいちごホイップじゃないとだめなんだよ!」


 こいつ正気か!? 代わりに何でも買ってやるって言ってんのに、たかが五百円のホイップサンドに命を懸けていやがる。

 モブ顔の癖に、主人公並みの覚悟と熱量で第一売店に赴いたというのか……!


「あの、後ろ並んでるから早く決めてくんないかな」


「あ、すんません! よし、とりあえず俺が払うから、話はその後だ!」


 色々な人に痛い目で見られながら、二人で並び速足で売店の出口へ急ぐ。

 売店を出ると三歩でモブが口を開いた。


「それで、お前はなんでそんなにいちごホイップが欲しいんだっけ?」


「え? そりゃ、食べたいから……」


 生茂から超能力を教えてもらうための受講料とは言いにくい。


「はっ、そんな理由かよ。なら俺の勝ちだな」


 このモブ男、俺と同様にパンに勝ち負けを設定している。見た目以外かなりの強敵だ。


「だったらお前は何の理由があってそれにこだわるんだよ?」


「俺はな、ある人にこれをプレゼントしたいんだよ」


「プレゼント?」


「そうさ! このいちごホイップをどうしても食べたいって子がいて、今日はその子が日直の仕事で買いに来れないって嘆いてたんだよ。だから俺が代わりに買ってプレゼントしてあげればきっと喜んでもらえるはずだぜ……!」


 どこかで聞いたことのあるエピソードだな。


「ははーん、お前はその人が好きなんだな?」


「くー! はっきり言ってくれるなあ! 恥じらいを知れ!」


 理由を比べれば、圧倒的にモブ男の勝ちだな……何か他に切り口はないだろうか?


「お前、クラス何組?」


「俺は一組の垣登かきのぼり。お前は?」


「四組の独瞬ひととき。名前は忘れてくれ」


 やはり一組だったか。いちごホイップの三角関係がここに爆誕してしまった。


「独瞬!? お前が独瞬か!」


 その「お前だったのか!」みたいな反応はお腹いっぱいだからやめてほしい。


「んん、なるほどな……それなら考えてやってもいいぜ!」


「お、譲ってくれるのか?」


「まあな。ただし、俺に協力してくれたらの話だ」


 いいぞ。これで生茂の超能力講座のチケットはもらった。あとは協力の内容だな。


「オーケー。で、俺は何をすればいい?」


 俺にいちごホイップサンドを手渡した垣登かきのぼりは声を潜めて言った。


猫面人ネコメンジンを探すのを手伝ってくれ」

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