第五話 二人の一人暮らし
――一人部屋の寮で生活しているのは一人だけとは限らない。そんなことはないって? 残念ながら現実なんだ。俺と変な少女の、二人の一人暮らし。――
俺のベッドを陣取っていたのは、俺と歳がそれほど離れていなさそうな、不思議な少女だった。
何が不思議って、鍵がかかっていたにも関わらず、俺の部屋に上がり込んでいること。さらに、明らかにこの学校の生徒ではないということ。この少女は
男子寮に不法侵入した少女が
だとすれば答えはただ一つ。また異界の人間だ。
「あなたが
今度の失礼な客は、会ったこともない俺のことを知っているらしい。それならこっちだってとっておきのカードを切ってやる。
「お前はオールビットの人間か?」
俺の質問に瞳を大きくした少女はにやりとした。
オールビット。それは昨日、猫が俺に対して放ったワードだ。
一歩間違えば命の危険があるこの状況。これだけ強気でいられるのは、有事の際には
つまり、俺はかなりびびっているし、諦めの準備も心のどこかで始まっている。
間暇が助けに来ない場合、下手すりゃ即死っぽいよな……
「話が早いね! じゃ、今日からここに住まわせてもらうから、よろしく!」
おいおい、それはいくらなんでも話が早すぎやしませんか、お嬢さん。まだお名前も聞いていないというのに。
肩下まで伸びた茶色に金色の混ざったさらさらヘアに、幼さを感じる顔立ち。まるで人形のようだ。
「待て待て! 目的は何だ? 俺を殺しに来たんじゃないのか?」
「その逆ね。わたしはあなたたちを守るために来たのよ」
なるほど。間暇の言う通り、俺たちは何者かに狙われているらしい。
「わたしはオールビット暗軍のリア・ミコよ。ミコって呼んで。わたしの目的は明軍のアラルーグを探すこと。それからこの学校を明軍から守ることよ」
「え、なんて?」
急に専門用語が出てきたな。ただわかったことは、オールビットという場所が実在していて、昨日の目つきの悪い白コート男と、このミコという少女は同じところからやってきたということだ。
白コート男は確かにアラルーグと呼ばれていた。その名前を呼んだのは……
「あの猫人間は何なんだよ? まずはあの化け物を排除するべきだと思うんだけど」
「猫人間? 何それ。アニメの見すぎじゃないの?」
まさか別世界の人間からもそのつっこみが出てくるとは。意外と俺たちと同じような世界で暮らしているのかもしれないな。いや、そうじゃなくて。
「お前が言ってたアラルーグってやつと一緒にいた、文字通り猫の形をした人間だよ。俺は今日もそいつに襲われたんだよ。まあ、なんとかなったけど」
襲われてわけもわからずに助かっただけだが、生還できたことを武勇伝みたいに語ってしまった。
「そんなやつ知らない……でもアラルーグと一緒にいたの? ていうかやっぱりアラルーグを見たのね!?」
未だにベッドから降りる気がなさそうなミコはだんだん前のめりになってきている。「やっぱり」というのが気になる。
「ああ、あんなに冷たい目は初めて見た。あの男の目的は何なんだ?」
「さっきもちょっと言ったように、オールビット国は明軍と暗軍の二大勢力に分かれてるの。で、今、明軍がこの国に侵入して何かを企んでるかもってわけ。わたしは明軍に所属してるアラルーグを追っていたらこの学校に辿りついたのよ」
ようやく繋がりそうだ。
「そうだよ、なんで俺の部屋に入ってきてるんだよ! しかも俺の名前まで知ってたよな!?」
「今更? ま、今日からお世話になるんだし、教えてあげるけど」
ようやく俺のベッドから降りたミコは、そばに置いてある小さな丸テーブルの前に座り、上目遣いでこんこんと軽く叩いた。今朝綺麗に整えたシーツがぐちゃぐちゃだ。
ずっと立ち話をしていた俺も、ミコの合図に合わせてテーブルを挟むように座った。
「わたしがここに来た時、一枚の新聞を見つけたの。記事の見出しは『侵入者と一人で戦い撃退した勇敢な生徒!』。隠しても無駄よ! あなたはオールビットのことを知っていたし、“外側の力”を持つ人間と戦えるだけの実力を持っていることは調査済みなのよ!」
ミコは勝ち誇ったような顔をしている。
俺は新聞なんて見ていないし、発行されることなんて絶対にないはずだ。昼休みに新聞部が先生に注意されていたからな。見出しから推測するに、そんなことができるやつは……
「わかった。お前の言う通り、俺は昨日この学校に侵入してきたやつらと対峙した。でもその記事は少しオーバーに書いてあるな。俺は撃退したんじゃなくて、運よく追い払えただけだよ。お前が期待するような妙な力は持ってない」
「ふーん。ま、それは大した問題じゃないからいいや。次、どうやってこの部屋に入ったかだけど」
ミコはテーブルに肘をつき、右手の人差し指を立ててから左にかくんと倒した。
すると、玄関の鍵がガチャリと回る音が聞こえた。
「これで証明完了。鍵が開けっ放しだったから閉めてあげたよ」
すぐに玄関へ走る。
疲れて閉め忘れていた鍵は確かに閉まっていた。
そうだよな。あの猫人間を従えるような男を捕まえようとやってきたんだ。これぐらいできて当然なのか。
「まだ聞きたいことがあるんだけど」
テーブルの前に座り直し、つぶらな瞳に問う。
「“外側の力”って何?」
「“倫理の外とみなされる力”、“神が作った枠組みから外れた力”という意味よ。一定の人間だけが発現する能力。わたしの暮らすオールビットでは常識だけど、ここでは違うの?」
俺たちでいう魔法や超能力と同じものだろうか。だとすれば、
「違うな。さっきみたいに、物を離れた場所から動かすなんてことができる人間がいたら大ニュースになるね」
「それなら、どうして明軍はこの学校に狙いをつけたのかな……」
ミコは肘をついたまま鼻の下に拳を握り、可愛い唸り声を上げた。
「その明軍ってのは、いつも悪いことを企むようなやつらなのか?」
「ううん、オールビットでは二つの勢力が争うことのないように“不可侵の法”が制定されてるの。しかもオールビットは近傍国以外とは関わりを持たない閉鎖的な国よ。なのに、わざわざ外界まで来るのには何かわけがあるはず……」
聞いたこともない閉鎖的な国。
「最後の質問だけど、ミコはこれからどうするんだ?」
「言ったでしょ、この部屋をちょっと借りて、明軍が変な動きをしないように見張るのよ」
「それって俺じゃないとだめなのか?」
「当たり前でしょ? わたしの秘密を全部喋ったんだから、あなたには協力してもらわないとね。わたしのことは絶対に誰にも言わないでね! 隠密行動だってことを忘れずに!」
断ったら殺されそうだな。だが、この少女と共に過ごしていれば安全そうだ。俺を狙う正体不明の猫人間から身を守るためにも、暗軍とやらの力を逆に利用してやる。
「オッケー、俺としても高校生活が潰されるのはごめんだからな。その代わり、危なくなったら助けてくれよ? 俺たちはか弱い種族なんだからな」
「よしっ! 決まりね! 宿場が一番の問題だったから、助かったー! この新聞記事を書いたM.Y.さんには感謝しないとね!」
バンッ! と、ミコがテーブルに差し出した一枚の紙きれ。
発行者は……
M.Y.――
左下に掲載された四コマ漫画のタイトルは、『陽キャのふりしたイタイやつ』。
最後のコマのセリフは、『別々の道を歩んでも、決して忘れることはないからねっ!』。
ああ、わかったよ。これは友達からの重要なメッセージ。
俺たちはそれぞれやるべきことを果たす。この学校の闇を解明するために。
「それはそうとして、どうやって生活する気だ? 特に、寝るときとか……」
俺の部屋にはシングルベッドが一つしかない。
いや、まさかな……
「それなら大丈夫! 寝るときとかはそっちに行くから!」
ミコが示した先は、ベッドと台所の間の何もない壁のはずだったのだが、よく見るとそこにはうっすらとした壁画のような青い扉が描かれていた。
「なにこれ……?」
「この中にわたしの生活スペースがあるから、
「俺、寮部屋改造罪に問われないかな……?」
ほっとしたような、がっかりしたような。
未知の世界に踏み入れた俺の足は止まらない。
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