母は再入園者代表、娘は年長

 例年通り、一言一句変化のない歓迎の言葉や祝辞、テープによる園歌。

 

「春の陽気が心地よく、青空が広がる晴れやかな日に、たくさんのお友達と一緒に幼稚園に入園することができて、とっても嬉しいです!」


 そして、私の一つ前を歩いていた園児が代表の挨拶をしている。

 おそらく、あの日はリサが先頭を歩いたのだろう。






 実験の場であることり幼稚園は、大学付属の私立幼稚園である。

 そして、私立であっても国から助成金は出る。

 

 よって、規則外な使い方がされると、翌年の助成金は大幅な減額となってしまう


 だが、そんな事を一々一般人が把握しては居ない。



 普通の幼稚園に留年なんて制度はないし、この幼稚園も例外ではない。


 ではなぜ裕子がこうなっているのか。

 それは裕子がかつて3歳だった時、普通に幼稚園を出ていたからである。 


 つまり、二重に助成金を使った事になり、規則違反と取られかねないからだ。 

 だから表向き、早崎裕子という園児は存在していないのである。


 クラス自体が違う、「特別年少クラス」という物の存在理由の一つである。


 だから、3月終わりに退園し、そしてまた入園させられているというわけである。



 そしてその当たりを把握しているのは例によって一部であり、多くのものは先生含め「留年」と表向きはなっているのだ。

 留年理由としてあげられているのは、当然「おむつ」である。


 こうして裕子は春を迎え、一緒に入園式に臨んだ同級生が年中クラスに進級する。

 一方で、自分はおむつ離れできないことを理由に年少クラスに留め置かれた。


 本来なら自分よりもずっと年下の園児たちからますます妹扱いされるという羞恥きわまりない一年を、耐えた。


 そしてこれは、まだ続く。

 実験が継続される限り、周囲の園児たちが次々に年中クラスに進級し、年長クラスに進級し、幼稚園を卒園して小学校に入学してゆく。

 裕子だけはいつまでも、一人だけおむつの外れない年少さんとして過ごすのだ。


 リサは年長に進級し、裕子はまだ年少なのであった。



「最後に、改めて春の晴れやかな日の下で、先生やみんなによろしくお願いします!」



 今年の新入園児代表の挨拶が終わった。


「ありがとうございます。

 つづいて、特別再入園者の挨拶です。 早崎裕子さん」


 この入園式で変わった唯一の点が、これである。

 私も、挨拶をさせられるのだ。


 リサのように。



 だが


「早崎裕子さん。どうしたの、裕子さん?」



 司会の先生が繰り返し名前を呼んだ。

 それでも私は立とうとしない。

 ただ、腰をぶるっと震わせて首をうなだれるだけだ。



「どうしたの? さ、椅子から立って、ちゃんと自分の名前を言うのよ」


 先生が手を引き、無理やり立たせた。

 オムツが丸見えの裕子が、入場時と明らかに違う点が、立ち上がったことで目に見えてわかった。



 オモラシサインが真っ青に染まっていた。



 リサが、壇上に駆け上がってきた。


「お母さん……また我慢できなかったの?」


「……」

 

 声を上げず、しかし目に涙を湛えていく。


 そう、出来なかった。

 オモラシしながら動く、などということは出来なかった。





 だが、去年は挨拶が出来たのだ。

 挨拶の文章を読み上げながら、同時にオモラシサインを染め上げ、訳の分からぬままオムツを替えられ、ようやく気づいたのだった。

  


 つまり、今年裕子は大学の許す範囲での成長を遂げていた。

 なぜこれが成長なのか。


 オモラシに気付けるようになったのだ。

 完全に、オモラシの自覚自体できなくなっていたのが、ここまで戻ったのだった。


 制服からスカートが省かれ、このような式典中でもスモッグを着せられているのはこれが理由であった。

 オムツの露出具合においては、初年度の特厚オムツと、結局変わっていない。



 同時に、許されている成長の頭打ちもここである。

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