代表の挨拶

 二年前の飽和した特厚オムツと違い、普通の溢れていない、しかもパンツタイプのオムツである。


 あの時同様に式典中のしかも壇上だというのに容赦なくオムツを下げられ、素早く拭き取り、そして新しいオムツを履かされた。


 リサによるオムツ替え。

 家でも幼稚園でも、毎日替え続けた経験値は、いかんなく発揮された。


 顔は余さず真っ赤だろうが、流石に慣れがある。


「お待たせしました。改めてご挨拶をお願いします」




 このような状況でもまだ挨拶させようという辺り、流石はこの実験企画を作った大学の付属の幼稚園だなと、半ば関心すらしてしまう。


「……また、ことり幼稚園に通わせていただく、早崎裕子です。

 ……体は大きいですが、年少クラスに入ります……」


 覚悟がなかなか決まらない。

 去年の半ば退行状態だった時は、ある意味楽だった。


「……去年、一昨年と、私とともに入園し同級生……だった……年長クラスと年中クラスのお兄ちゃん、お姉ちゃん。

 ……そして年少クラスだけど……おむつが取れているお兄ちゃんとお姉ちゃん。

 私は三年目ですが……一番下の妹です」



 促され、マイクを通しても聞こえるか聞こえないかの力ない声を振り絞る。

 だが、そこまで読んだところで再び押し黙ってしまった。


「はい、裕子ちゃん。

 今年の目標はなんですか?」


 予定のない、司会の助け舟。

 ……だが、これは何度も反復した、テンプレートが合った。


「わ、私の目標は…オ、オムツにお漏らしをしてしまうので…

 早くお漏らしを治…してオムツを……卒業することです」


「うーん、でもさっきお漏らししちゃったね。

 オムツを卒業するのはまだまだ先かな?

 はやくパンツのお姉ちゃんになれるように頑張りましょうね」


 拍手も、笑い声も、何も上がらない。


 ただ、冷ややかな目が向けられた。

 オムツも暖かくなることも、冷えることもなく、まだ乾燥しカサカサとした感触のままだ。



 もちろん、読み上げているのは偽りの目標である。


 実際の目標。

 それは、今年こそおねしょ出来るようになる。


 そして、借金の完済。

 娘の進学費。


 ……可能なら、こんな借金が発生した詳細を調べる費用も欲しい。



「……今日から、よろしくお願いします。

 令和××年度、特別再入園者、特別年少クラスひよこ組、早崎裕子」


 目標に近づくため、オネショしなければならない……

 まだ、先に起きてしまう。


 

 同級生を見渡した。



 この子らのだれかが、二年後に私の手を引き、また入場するのだろう。

 心を保つこと。



 私は、まだまだ終わらない苦難の道を、行かねばならない。 

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