祈りの捧げ先

 喪服を着て黙祷、誰もが夫のために祈りを捧げていた。


 今日は夫の四十九日法要。

 寺でお経を上げてもらい、夫の納骨が行われる日だ。

 その黙祷の中、私だけが自分の事しか考えていない。



 三枚のオムツに、三度オモラシしていた。

 間違いなく膨れており、バレないか心配でならなかった。


 そして、四度目が早く出してくれと私に訴えている。



 開始前にトイレに行けなかったのか?


 行けなかったのだ。


 寺に着いたときにはもう使用されたそれを、どこに置くのか。

 せめて開始前に用を足せなかったのか。



 足した。トイレの封印が解除されているにも関わらず、オムツに出してしまった。

 今回は、一応ガムテープで外した後の粘着力を補ってあるオムツである。


 参列者のお焼香が始まった。

 会社を経営していた夫は、知り合いも多い。


 お焼香の列は、延々と続いていた。


 お焼香をあげた参列者達は、私達に一礼をして席へ戻っていく。


 私も、頭を下げて、礼を返した。

 ……その度に、膀胱が押され辛い。 辛かった。





「奥さん、よほど辛いんのでしょうね。ご主人は、本当に急なことで、とっても残念ですね」


「うぅ、は、はい……」


「何か、出来る事があったら、いつでも言って来てください」


「ぅ……あ、ありがとうございま……」




 完全に私の動きが停止した。



「すいません……私トイレに行きたいの……お母さん、ついてきて」


 瞬間、娘が私の手を掴み、早足で式場を出た。


 そして廊下を曲がり視線が切れる場所で、リサが私の上前を素早くめくり、四枚目を素早く押し当てた。



 テープで留める余裕など無い。

 



 肌襦袢が濡れている。

 あの場に居たら、どうなっていたか考えるのも恐ろしい。



「リ……リサ……ありがとう……」


「大丈夫だよ、それより、オムツを替えよう?」


「え……えぇ……」




 私達は、四枚目を手で抑えつけながら、お寺のトイレを目指した。

 おしっこを吸った紙おむつからぐしゅっとする音が、歩く度に聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る