幼稚園バス

 特別な利尿剤というのは、本当に凄まじい効能だった。


 強力なんて言葉では生易しい。

 【暴力的】な尿意に私は早々に屈し、我慢時間より遥かに長いオモラシは続いた。


 迸り出る熱い流れは、前側を濡らし尽くし、横へ後ろへと乾いた部分を探し暴れ回った。

 吸収材が吸い取る間もなく、お尻を包みこんだ紙オムツの中を濡らして回る。


(早く、早く止まって……!)

 

「お……お母さん、気分悪いの?」

 


「だ、大丈夫よ……」


 この最悪の状況を、公共の大通りの、しかも娘の前でしているという事実が、余計に悪夢のように感じてならない。

 放水が止まらない。止められない……






 ようやく止まって……無理やり止め残尿感の強い中、ゆっくりと立ち上がった。

 この屈辱的な下着は、役割を果たしていた。この一件もレポートに書かねばならないのだろう。


(やだ……気持ち悪い……!)


 まるで巨大なナメクジが腰回りや股間を這いまわっているようなおぞましさ。

 なまぬるい、じめっとした感触。


 今すぐ引き剥がしたい。


「ちょ……ちょっとそこのおトイ「あ、お母さん、バス着たよ!」……ぁ」


 着てしまった。幼稚園に通うバスが。

 替える前に。



 バスが私達のすぐ前で停車した。


「!!?」


 バスの扉のガラス材に、私の姿が映り、あらためて自分の状態を見せつけられる。


 オモラシによってオムツがパンパンに膨れ垂れ下がり、白い部分が下に向かって黄色のグラデーションになっているようにも見えた。

 思わず手が隠してしまうが、その面積の前には全く無意味である。




 私を映すドアが開いて、一人の女性が出てくる。


「えぇと……『はやさきゆうこ』ちゃんと、『はやさきりさ』ちゃん……ですよね?」


 恐らく私と同じくらいの歳であろうエプロンをした女性。

 先生、なのだろう。


「あ、はい……今日からよろしくお願いします。

 ほら……リサも」


「よろしくお願いします!」


「……あ、はい。ではバスに乗ってくださいね」



 なんというか、信じがたいものを見たという感じの対応。

 私も同じ立場ならそうする。


 多分聞いてはいたのだろう。でなければ乗せないはず。

 よほど信じられずに、ここまで着たのだと予想できる。


 おずおずとステップに足をかけた。

 既に先客が乗り込んでいるのに気づいて、はっとしたように両目を大きく見開いた。


「「「……」」」


 娘の……そして、私とも同級生となる、3歳の子達だった。

 まだ初対面の子同士なのだから流石静まっている。


 そこに……私のような存在が着たのだから当然である。



 娘の手を引き、後ろの席へ行く。


「ムツ……」

「オムツだ」

「オムツだー」


「はやさきゆうこちゃん、だって」

「ゆうこちゃん、よろしくね」


 名前欄になっているそれを、全てひらがなで書かれた名前を読んだ園児がいたのだ。

 名前を呼ばれて、思わずお尻側を隠す。



「あ、ハッピーちゃんだ!」

「ハッピーちゃんのオムツだぁ!」


 娘の手も離し、前を隠せば良いのか、後ろを隠せば良いのかもわからなくなる。


 どうしようと途方に暮れていたところ。


「ゆうこちゃん、早く座らないと、バスが出れませんよ」



 先生の一言にハッとした。

 あらためて娘の手を引き、最後尾の椅子に座る。



 全体重がオムツに包まれたお尻にかかる。

 同時にグジュウゥゥゥ……というくぐもった音が、おむつカバーの中から聞こえてくる。


 またも私の股間をナメクジが這い回る。


「お……お母さん?」


「……違う、違うの……だから……ね?」


「う……うん」


 スカートを触り確認する。

 体重が尿をいっぱい吸い取ったオムツに乗っかったため、その圧力でたくさんの液体がおむつからしみ出してきたのだ。


 視線を下に移す。

 スカートの色と、椅子が少し変色していた。



 娘は……娘側は、大丈夫だった。多分、濡れない。

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