スカートの丈

「おかーさーん、まだぁ?」


 トイレの前で、娘が待っている。

 朝食を終え、幼稚園の制服に着替えさせ終えていた。




 ……後は、私が着替えたら、準備は万端。



 なぜトイレに居るのかと言えば、着替え……特におむつを当てる様を見られたくないのだ。




 ……いや、娘との身長差を考えれば、すぐに見られてしまうだろう。

 だがそれでも、嫌だった。


 



「もうちょっと……もうちょっとだけ待ってね?」

「はーい」



 す~……は~……



 よし……

 意を決して、テープを止めた。


 見た目の厚さに反して、よく伸び縮みする素材なので足は閉じた。

 だが、予想外の問題がここに来て現れた。


(え、あれ?)


 スカートのサイドホックが、オムツの厚み加わって留められないのだ。


(いやっ何で!

 何で!!)


 昨夜試したはずである。太るにしても一晩はありえない。




 このような事になったのは、このオムツがテープ式だからである。


 つまり昨夜は、一度付けたらもうそのオムツは使えないから、そこまでしなかったのだ。

 昨日の時点では手で簡単に抑えただけの、しかもスカートを履いた不正確な状態で試したのである。


 ただでさえ分厚いこのオムツは、多少の伸縮程度ではスカートを留めることは出来なかった。



 やむを得ず、オムツの上部分――臍よりも高い位置までスカートを持ち上げ、そこで留めた。





 オムツ無しで膝上20cmだったスカートである。

 昨日の時点でオムツが丸見えだったスカートが、更に10cm以上高い位置で留めらた。


 オムチラどころではない。

 上からの見下ろし視点の時点で、オムツが見えた。


 つまりスカートの裾は、オムツを半分も隠していないということである。


(いやぁ、いやぁ! 何でこんな!!!)


 スカートをとっかえひっかえする。

 もちろん用意された制服十着全てが同じサイズである以上、結果は変わらない。


 スモッグも引っ張り出したが、これに至っては更に短い。

 短パン等のズボン系統は、そもそも無い。


 

 赤くなった顔が、青くなる。

 弁解の余地すら出来ないようなオムツを晒して、これから外に出る。


 その事実に、血の気が引いた。

 警察に職質されたら、本当にどうすれば良いのだろうか。



 「おかーさん、まだー?」


 娘が呼んでいる。

 時間は、トイレに籠もってどれだけ経ったのだろう。


 時計が置かれていない。


 もう、腹をくくるしか無い。

 あらためてスカートを留め直し、裾をなるべく引き伸ばした。


 これほどまでにドアは重かっただろうか。


 ついに、娘の前に姿を表した。





「わぁー、お母さんかわいい!

 お揃い!!」


「ハハハ……ありがとう……」



 だが、それだけでは済まない。



「このオムツ可愛い!

 ハッピーちゃんだ!

 やっぱりお母さんのだったの?」


「!? ……うん、ちょっと、当てないといけなくて」


 あれが友人に頼まれたものでないと、察されていた。

 ハッピーちゃんとは、娘が夕方になると必ず見ている公共放送の番組で、ネコのきぐるみである。



 姿見に向かう。

 わかっていたが、全くオムツが隠れていない。

 子供用水着に申し訳程度についたスカートが、一番近い。


 股下部どころか、そのハッピーちゃんの笑顔まではっきり見えている。


 後ろを向いてみた。

 名前欄は丸見えで、常に自己紹介を続ける事となる。


「病気? 大丈夫?」


「大丈夫……ほら、お薬飲んだら行くから」



 そう言って、処方された利尿剤を取り出す。

 朝昼晩、食後に一回三錠。 これを飲んだら、もう二度とトイレには入れない……

 娘に薬と言ったが、まず間違いなく真逆にとらえているはず。



 実際は、オムツを使うためのお薬である。



(あなた……!)


 そうして、薬を一気に飲み込んだ。

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