オムツの厚さ

「……」


 数日後の深夜、娘が寝てから意を決して、幼稚園の制服に袖を通した。

 パステルピンクのセーラーワンピのボタンを止め、リボンを整え、化粧台の前に立った。


(あれ……これ、短い?)


 スカートが、想像の数倍短い。

 娘の物を取り出し比較してみると、やはり倍率が違う気がする。


 なんと、膝上20cm程であった。


(こんな短いなんて……中が見えたら……中!?)


 大慌てでオムツのパッケージを破き、当てた。

 研究者はこんな事を言っていた。


『実験用の特別仕様でして、かなりぶ厚めに作ってあります』


 嫌な予感は当たった。


 比べるまでもない。

 娘に当てていたオムツの数倍厚い。


 というより、これほどまでに厚いオムツは見たことがなかった。

 娘に去年まで当てていた物が、だいたい厚さ1cm前後、私が二十数年前に当てていたのも多分2cmかそこらだったはず。

 だがこれは、厚さ5cmはあった。


 それだけではない。一般的な紙おむつの吸水材は股間の前から後ろ側に掛けて取り付けられている。

 だがこれは脇側までびっしり吸水材になっており、横にも厚い。



 その膨らみのためにスカートがたくし上げられるような感じになって、斜め下から見上げるようにすると、おむつが簡単に見えた。



(スカートの発注ミス……いや、でも……え?)


 

 オムツを一つ出したときに、もう一つ余計についてきてしまっていた。

 そのオムツのお尻側に、字が書いてあるのが目についた。こんなものは研究所で見せられていない。



『ことりようちえん

            ぐみ

 はやさき ゆうこ ちゃん

 25さい おんなのこ』


 なんと、お尻側が全面的に名前欄になっており、既に私の名前がひらがなで太く大きく書かれていた。


(これじゃ晒し者じゃない……!!)



 思わず電話した。

 電話先は研究者の個人電話番号なので、時間は関係ない。


「あの、オムツの名前なんですが、なんでこんな事書いているのですか?」


「あれ……まだ試着されていなかったのですか?

 幼稚園の規定で、自分の持ち物には全て名前を書いていただくことになっておりまして。

 お手間を省くべく、早崎さんの支給品には全て名前を書かせていただきました」


「じゃあ……なんでこんなにスカートがこんなに短いのですか?」


「小さいお子さんは丈が長いとスカートの裾がまとわりついて、転びやすくなってしまうのです。

 なので早崎さんのも同じような比率の丈にしてあります」


「そんな……それじゃすぐ見えちゃうじゃないですか……」


「いえ、参列する保護者には既に通知済みなので、もう知れ渡っています」


「そういう問題じゃ……」


「そう言われましてもね……今から辞めたと言われると違約金の話になってしまいますよ?」


 そう言われると、もう強くは出られない……



「……それじゃ、クラスのところはなぜ空欄なのですか?」


「まだ不明だからというのもありますが、恐らくクラスが途中で変動することが予想されまして」


「え、クラス替えするんですか?」


「まぁ入ればわかります。

 娘さんの名札とかも名前はしっかり記入願いますよ」




 入園は、もう明日に迫っていた。

 そして、今はもう22時。


 もう薬局は開いていない。このオムツしか無い。


(こんな格好で……嘘……よね……)


 やるしかないのだった。


「あな……た……助けて……」


 仏壇の骨壷に、思わず縋る。

 後からわかったことだが、会社の負債といい、この8,000万といい、明らかに不審な点は多々あったのだ。


 だが会社は無くなり、調査を雇う金もない。

 何より、娘が幼稚園に通う最後のチャンスでもあった。


 事実がどうであったとしても、このオムツを当てて幼稚園に通い、オモラシする以外の選択肢はもう無いのだ。

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