第47話 ジオラマスターの【人形庭国】6
「人間じゃ倒せない怪物。なら怪物に倒してもらえば良いといったところかしら」
巨竜と巨竜の激しい戦い。それを目の当たりにして雫がつぶやいた。
たしかにそうかもしれない。
メイン・スプリングとて人間だったのだろう。数百年後にやってくる怪物を迎え撃つために数百年を生きようとしてしまえば、それはもう自身が怪物だ。怪物と対峙する時、自分が怪物とならないよう、彼女は怪物を生み出したんだ。
……いや、
まあいいか。
怪獣バトルは続いていた。
巨体同士がぶつかり合い、頑丈な足が大地を砕いた。そのたびに腹の底に重低音が響く。柱やガラスがビリビリと震え、棚に入っているカップはカタカタと揺れた。
ここから眺める分にはオルゴールが優勢に見える。
鉄と岩のぶつかり合いは、どうも鉄に優位性があるらしい。リソスフェアの身体が徐々に砕けているようだった。
順調そうだった。まぁこれもイベント戦だろうし、このまま何事もなくリソスフェアを……などと考えたのがいけなかったのかもしれない。
―― ガゴォン!!!!
「「!?」」
それは一瞬の出来事だった。
オルゴールがリソスフェアの身体に飛びつき、その首元に喰らい付こうとした時だ。リソスフェアの身体が突然
そして……
体の強度が下がって踏ん張りがきかなくなったのだろう。オルゴールはたちまち体勢を崩して振り落とされ、ついにはリソスフェアの尻尾で吹き飛ばされた。
ガゴォン!!!! という音はオルゴールが王城の外壁に衝突した音だった。城が激しく揺れ、天井からパラパラとホコリが降ってきていた。
『オルゴールさま!?』
悲鳴じみた声をデトネティア様が上げる。当然だろう。頼りにしていたどころか、これ以外に後が無い。それがオルゴールだ。
「あぁ! しゅー、忘れてた! スタンピード!」
「そうだった!」
リソスフェアの覚醒と同時にスタンピード……エネミーの群れも発生するんだった。そしてこの街に押し寄せて来る。
「しゅーどうする!? 私たちも防衛する!?」
「……っ」
街にも防衛機構はある。ようはNPCと協力して冒険者はスタンピードを
けどオレたちには少々、いやだいぶ荷が重い。
あと、防衛機構をどれほど信用して良いか分からない。
というのも、剣が捧げられてしまったからだ。NPCたちに戦闘手段がないかもしれない。
離脱するなら、今。
オレの中の常識というヤツがそう告げていた。
『落ち着きなさい!』
「「!」」
デトネティア様がバルコニーに出て叫んだ。放送もしていた。
『オルゴールさまが体勢を立て直すまで時間を稼ぐのです! 力あるものは前へ! これから我々は自分の足で立って歩いていく! 今がその一歩なのです!』
――防衛機構が動き始める。
街に色とりどりの光が
鳥の群れのように数多の矢が空を通り過ぎる。
銃声が聞こえ、大砲の砲撃音が轟いた。火薬の臭いが風に乗って流れて来る。
『そこのおふたり……異界のお
「「!」」
『何か……何か策はありませんか。かのメイン・スプリング様と同じく、この世界の外から来たのでしょう? 私たちでは思いもしない何かに、あなた方なら気付けるのではありませんか?』
デトネティア様は街を見つめている。己の命令で人々が戦い、傷ついている。そのことから目を背けまいとしているかのようだった。
「何かって言われても……」
何が分かるというのか。この街のことはデトネティア様の方が詳しいはずだ。たった数日うろうろしただけの観光客に何ができるというんだ。
「……いや」
しかしと思いとどまる。
そしてそのダンジョンが今、オレたちに語りかけている。ということは……何かあるのだろう。
「しゅー……?」
部屋を見回し、棚を開き、壁にかかった絵画をひっくり返す。絨毯もめくってみた。何も無い。
バルコニーに出る。風景の隅々まで目を向ける。遠景にそれほど変化はない。リソスフェアだった山が無くなったくらいだ。
街で立ち上る煙が最初からあったものなのか、戦闘の余波なのかは分からない。歯車は相変わらず動いている。いたる所で火の手が上がっているのは明確な変化だ。それから壊れた建物も。
「……」
オルゴールは王城の足元で身じろぎしていた。左の前脚と右の翼が失われていた。溶け落ちてしまったようだった。
起き上がろうとしているけど立ち上がれないみたいだった。衝突したであろう壁が壊れていて、下手をすれば崩れた王城の壁に押し潰されてしまうだろう。
「…………は? 鉄筋??」
バルコニーから身を乗り出す。オルゴールがぶつかった場所を凝視した。
鉄筋……だよな? このファンタジー世界に鉄筋? この王城、鉄筋コンクリート造りなの?
「デ、デトネティア様?」
『なんでしょう』
「このお城、鉄筋コンクリート造りなの……?」
『テッキンコンクリート?』
「えっと、RC造りともいうんだけど……石を積み上げて作ったとかではなく?」
『この王城はメイン・スプリング様がご自身の指揮で作り上げた王城と伝わっています。しかし当時の資料は失われてしまいました。なので詳しい構造などは不明な部分が多いのです』
「そ、そっかぁ……」
いやいや……これだろ!
オレと雫はオルゴールのところまで走った。そしてヤツの顔の前まで来て叫ぶ。
「オルゴール! この城を喰え!」
オルゴールの姿は街のどこからでも見ることができた。
「でっけー……」
体格はすでにリソスフェアを上回っていた。高くそびえ、街に広大な影を落としていた。四つ脚・有翼の超巨竜だった―― 鉄筋コンクリート製の。
鉄筋が張り巡らされた王城はオルゴールの手足も同然だった。そしてコンクリートで覆われた手足は弱点だった溶岩を克服していた。リソスフェアが溶岩をぶつけて来るけど、すぐに流れ落ちて表面を焦がすのがせいぜいだった。
オルゴールが咆哮する。不協和音の咆哮だった。
ゴォォンッ!!!!
前脚がリソスフェアを殴り飛ばした。空すら揺るがす衝撃が走った。そしてたたみ掛ける。
踏みつけ、斬り裂き、噛み砕く。血液のように溶岩が噴き出しても関係ない。それは紛れもない
再びの咆哮。不協和音。
「あれは……」
オルゴールが何かをくわえ上げた。オレンジ色の粒子を撒き散らすそれは力強く鼓動していた。莫大なエネルギーを秘めていることが一目瞭然だった。
心臓。
リソスフェア、原始竜の心臓だった。
それをオルゴールは――バクンッ!
口の中に放り込む。そして。
「オオオオォォォオォン——……!」
静まり返った王都に、美しい咆哮が響き渡った。
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