第46話 ジオラマスターの【人形庭国】5




『シスター……どうして……』


『私とて異物。そろそろおいとましたいのですよ、陛下』




 シスターさんはなんとデトネティア様に殴り倒されていた。もうボロボロだ。関節が壊れていたり、配線が引きちぎれていたりして痛々しかった。


 ……いや、めっちゃ強かったんだよデトネティア様。


 デトネティア様にオルゴールのことを報告したら召喚用のアイテムを受け取った。そしてシスターさんと戦うはめになったら呼び出せなんて言ってきたんだ。


 だから説得でもしてくれるのかと思ったら……まさかのバトルになってしまった。シスターさんが譲らなかったんだ。力づくで奪い取れと。イベント戦だったということか?



『ご立派になられた。竜の力も使いこなせております。そして陛下に助力してくれる者もいる……わたくしは安心いたしました』



 ビリビリ……ガコン。



 シスターさんが服を破いて胸部の装甲を取り外した。そして体内、人間でいうところの心臓に当たる位置に、オレンジ色の光の粒子をこぼしながら駆動する何かがあった。シスターはそれを抜き取った。



『≪ 竜媒りゅうばいジェネレーター ≫ とメインは呼んでいました。そしてこれは原始竜げんしりゅうの心臓を内蔵した特別製だとか』



 シスターさんはデトネティア様に≪ 竜媒ジェネレーター ≫を差し出す。



『これをオルゴールへ。すぐにあの子は目覚めるでしょう……陛下、これからはあなたがたの時代です。異物にして遺物の私は消え、オルゴールは全てが終わった後に彼らが外へ連れていってくれます。あなた方をはばむものはもう何も無い……』



 デトネティア様がためらいがちに≪ 竜媒ジェネレーター ≫を受け取った。それを見届けるとシスターはふわりと微笑んでから目を閉じた。満足げな表情だった。



『あぁ、メイン……そろそろ会えるでしょうか』



 シスターさんはそれきり動かなくなってしまった。


『……』


 デトネティア様はしばらく無言で立ち尽くしていたんだけど、やがて目元をぬぐう仕草をした後にパイプオルガンの方へ歩き出した。そして少しずつ ≪ 竜媒ジェネレーター ≫ をパイプオルガンに近づける――。




 パキ、パキパキバキガキュッ。




『っ!』


 磁力に吸い付く金属みたいだった。パイプオルガンが変形して≪ 竜媒ジェネレーター ≫ にまとわりつく。デトネティア様は慌てて飛び退いた。


 パイプオルガンだったものは瞬く間に形を変え始めた。金属が金属を喰らい、うごめき、オレンジ色の光の粒子を撒き散らしながら急速に変態していく。


 そして。



「grrr……」



 喉を鳴らすというと可愛すぎるだろうか。しかし確かに声が漏れる。ギィギィと金属がこすれ合う音と共に前脚のようなものが伸び出た。それが床に接した瞬間、バキバキと床の石板にヒビが入って砕ける



『これが……オルゴール……!』



 金属の塊が体を持ち上げていく。ここまでくると完全に形になっていた。


 四つ脚で、さらに背中に翼のある鈍色にびいろの竜だ。人間の頭をひと口で噛み潰せるサイズのあぎとには鉄の牙が無数に並んでいた。眼窩がんかではオレンジ色のひかり煌々こうこうと灯っている。


 そして。




「オオオオォォォオォン——……!」




 遠吠えのような、いななきのような。しかしやっぱり楽器の音色を思わせる美しい咆哮ほうこうを、オルゴールは響かせたのだった。











 オルゴールの迫力に圧倒されていたのつかの間。


「「……!」」


 ドォッ! と街全体に、いやダンジョン全体に衝撃が走った。空気が波紋して光がかげる。明るいのに影が無い、夕暮れに似た様相だった。



「これは……ボスエリア化!? 竜が目覚めたのか!?」


「どういうことっ? 襲撃があるのはもうちょっと後じゃなかったの!?」


「……オルゴールが目覚めたからだとしか思えない。デトネティア様!」



 オレが言うより先にデトネティア様は動いていた。オルゴールに駆け寄り、前脚に身を寄せ、額を押し付けて彼女は言う。



『オルゴールさま……どうか力をお貸しください。最後の原始竜が目覚めました。この街に向かってきています。どうか……!』



 その言葉を受けてか否か。

 オルゴールは翼を羽ばたかせる。風圧でデトネティア様が尻もちをついた。


「うわっ!」


「うぎゅ……っ」


 そして先ほどとは質感の違う咆哮をとどろかせる。

 黒板を引っ掻くような、鉄道の急ブレーキのような、とにかく聞く者の身をすくませる不協和音の咆哮だった。オレもしずくも思わず耳をおおっていた。


『ッ! オルゴールさま!』



 まもなくオルゴールは—— ガシャーン!



 ステンドグラスを突き破り、どこかへ飛んで行ってしまった。オレたちには追いつけそうにない。



『くっ……! 王城へ行きます!』



 急いで王城へ向かってバルコニーから街を見渡す。



『……なるほど。メイン様はこのために工業化を推し進めていたのですね……』



 オルゴールが鉄を喰らっていた。

 大聖堂から飛び出したオルゴールは竜の方へ向かわず、まずは工業地帯に降り立った。そして次々に鉄を吸収して体を巨大化させていた。


 しばらくすると街全体にデトネティア様の声が響いた。放送みたいなものだろうか。デトネティア様の足元には魔法陣的なものが浮かび上がっていた。



『メイン・スプリング様が剣、従鉄竜じゅうてつりゅうオルゴールさまが目覚められた!


 諸君! 剣をかかげよ! 剣をささげよ!


 諸君らの剣がオルゴールさまの爪、牙、肉となり、あの巨竜を打ち砕く! そして諸君らの剣は竜狩りの剣、伝説の一振ひとふりとなるのです!』



 遠くには……いや、体が大きすぎて遠近感が狂ってるけど、風景の奥の方に巨大な竜がいた。


 オルゴールと同じ有翼四つ脚。ごつごつとした岩の外殻を持つ巨竜だった。この巨大な王城とどちらが大きいだろう。比較対象が他になかった。


 ちなみに以前ごくわずかに得られたドロップアイテムから、巨竜の名は” いわ原始竜リソスフェア ” だと分かっている。

 


『剣を捧げよ! 今こそ最後の原始竜を打ち破るのです!』



 街全体が鳴動する。人々が剣を掲げて歓声と雄叫びを上げていた。



「オオオオォォォオォン——……」



 オルゴールが咆哮する。無数の剣が浮かび上がってオルゴールに殺到した。


 迫り来る巨竜・リソスフェアと比べるといささか小柄だ。しかし剣を吸収したオルゴールは人間からすれば充分に巨体となった。少なくともリソスフェアに生半なまなかに打ち負けるとは思えない。


 そしてまた、あの不協和音めいた咆哮を響かせたあと、鉄で膨れ上がった体をものともせず、オルゴールは空へと舞い上がる。その進路はもちろんリソスフェアに向かっていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る