第44話 ジオラマスターの【人形庭国】3




『ない……ない……どこにあるの……?』




 声を辿った先にいたのはまたしても女の子だった。いや、女の子だと思う。服装とかで判断するに。こちらに見向きもせず背を向けガラクタの山を漁っていた。



『どこにあるのかしら……ほんとうにあるのかしら……?』



 尻尾。


 尻尾が生えていた。長いスカートよりなお長い。真鍮しんちゅう色のうろこで覆われていた。女の子がまと豪奢ごうしゃなドレスより、さらりと流れる彼女の真鍮色の長髪より遥かに目立っている。

 あと尻尾に比べると存在感が無いけど、飛膜ひまくタイプの小さな翼も背中から生えていた。指先を見るにやっぱり人形だけど。



「紹介しよう。女王陛下のデトネティア様だ」


「ビックリさせたらしっぽだけ残して逃げたりする?」


「なに食ってたら初手でそんなこと疑問に思うんだよ」


「ご先祖様に竜がいて先祖返りした感じの設定かな?」



 けっこうな音声ボリュームで話をしているオレたち。しかしデトネティア様がこちらを振り向く様子はない。時折場所を変えつつ、だけどやっぱり何かを探している。



『だぁれ?』


「「!!」」


『誰でもいいわ。もし” オルゴール ”を見つけたら教えてね。他のみんなは忙しそうだから、探せるのはわたしだけなの』



 こちらに背中を向けたままデトネティア様はそういった。オレたちの存在を感知しているけどかまっていられないらしい。オレたちが曲者だったらどうするんだろうか?



『あーあ、竜なんて目覚めなければいいのに』



 そう言ったきりデトネティア様はまたガラクタあさりに没頭し始めた。そして時折、『ない……ない……どこにあるの……?』『どこにあるのかしら……ほんとうにあるのかしら……?』と、さきほどのセリフを繰り返すだけになってしまった。定型句しか言わないNPCか、あるいは同じ旋律を繰り返すオルゴールみたいだった。



「で、オルゴールっていうのは?」


「それが分からないんだよなぁ。色んな人がオルゴールを持って行ったんだけど『それじゃない』って言われちゃうらしい」


「探すの?」


「どうするか……次の竜の襲来までしばらく猶予がある。それまでかな」


「まぁエネミーと殴り合うよりは良いかなー。このダンジョン、歩いてるだけで楽しいし」







 というわけでオレたちのオルゴール探しが始まった。


 しかしもちろん、ことがそう簡単に進むはずはなく。

 オレたちもダンジョン内でオルゴールを見つけてはデトネティア様の所に持って行く。いや、その辺にあるんだよコロコロと。街の民家とか商店とかに。

 けど「それじゃない」と言われて終わりだった。試しにダンジョン外から適当にオルゴールを持ち込んでみたけど結果は同じだ。もう数日が経過していた。



「そもそもオルゴールで何するつもりなのかしら?」



 雫がぽつりと言った。

 それもそうだ。このダンジョン、この王国にはいま危機が迫っている。竜がもう間もなく襲い掛かってくると分かっている状態で、なぜ楽器を探し求めているのか。しかも国の長たる女王が、たったひとりで。



「襲い掛かってくる竜がオルゴールの音色で大人しくなるとか?」


「そんなことできるものくすか?」


「前回竜が来たのがすっごい昔だったとか?」


「え? でも3か月に1回くらい――いや、それはオレたちの感覚か」



 竜が襲い掛かってくるのは3か月に1度だ。でもそれはあくまでダンジョンの外を基準にしたときであって、この王国としてはそうではないかもしれない。



「この王国は竜が襲来する3か月前を延々と繰り返してる可能性もあるか。というかそうじゃないと破壊された街を元通りにするなんて無理な話だ」


 たぶんジオラマスターが直してるんだな。まさに神業か。ダンジョンの住人たちからすればループに閉じ込められてるけど。


「でもそうなると何で竜退治にオルゴールが有効なんてことが分かるんだ? あとデトネティア様が言ってたことから察するに実在も疑わしいみたいだったけど」


「記録か何かがあるんじゃない?」


「記録かぁ」



 というわけでひとのクローゼットとかを漁るタイムの始まりだった。いや、漁りにいったのはお城だけど。


 そして漁ったのはクローゼットじゃなくて書庫。画してオレたちが出会ったのはこの国の歴史だった。



「メイン・スプリング…… ” 従鉄じゅうてつの魔女 ” か」


「鉄を自在に操った魔法使いってことよね?」


「メイン・スプリングは田舎に生まれた少女だった。しかしその鉄を自在に操る独特の魔法と、この世のものとは思えない知識で以って王国に工業化と莫大な富、そして人が竜を凌駕するすべをもたらした……なんだこれ? 転生モノのラノベか?」


「数多の竜を打ち倒し、王国を比類なき強国に導いたあと、メイン・スプリングは姿を消した……『オルゴールを置いていく。最後の竜を打ち倒すために』という言葉を残して、か。コレ、ほぼ御伽噺おとぎばなしよね」


「数百年以上前の出来事ねぇ。どこまで信じていいのやら」


「だからデトネティア様もひとりで探してるんじゃない? あてにはできないけど、もしこの話が真実なら竜を追い払うカギになるかもしれない」


 竜がこの街に来ることを予言しているのもメイン・スプリングなる人物だ。つまり竜は定期的に襲来するわけではなく、この国にとってはたった1度を何度も繰り返していることになる。


 なぜこのタイミングで竜が目覚めることが分かったのかは分からない。けどこの街はそれに備えて動いている。そして実際、竜は来る。期限はあと数日に迫っていた。


「まぁ、今日はこのへんにしとくか」


「お腹空いた」


 記録漁りを終えたオレたちは外を目指す。途中、王城の廊下から外が見えた。

 街は今日も黒煙を上げ、溶鉄が流れ、巨大な歯車が回り、細動している。空は青く、遠くの景色までよく見えた。



「あれが実は街を襲う竜らしいぞ」


「あの山が?」



 城壁の外、遠く離れたところに小高い山があった。切り立ったいくつかの頂上ピークを連ねた山で、あのピークは実は竜の背びれなのだという。山塊はまるまる竜の身体だ。あと数日したら唐突にうごめき出し、やがてこの街に向かってくる。



「……人には勝てないんじゃない?」


「同意見だ」



 メイン・スプリングさんめ。オルゴールであの竜を一体どうできるというんだ。





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