第34話 ダンジョン【淀宮(よどみや)】6




『ブリーフィングを始めましょう』



 リン先輩が地図を広げた。


『現在、フィールドボス・飛天ひてん羽衣ういはこの地点にいて、お姉さんの召喚獣のミアちゃんが追跡中です。そしてもなくここ、わたしたちがいる交差点にさしかかります。そこで仕掛けます』


『ここは高いビルと横断歩道があって立体的な戦闘が可能。広い道路同士の交差点でもあるから空間と視界が確保できる。他のエネミーが寄ってきても探知と撤退がしやすい』


『役割分担ですが、前衛はゆりあちゃん、その支援にお姉さんとしたいと思います。お兄さんはビルの上からゼンテイカのスナイパーキャノンでボスに圧力をかけつつ、モブエネミーの接近を警戒してください』


『リン先輩はどうするの?』


『私はコレを』


 リン先輩の手に ≪ハーベストレイン≫ が出現する。≪ロータスラヴ≫がセットされていた。


『隙を見てボスに打ち込みます。それまでは支援です』


『……私なら召喚獣と習合して回避とか光学迷彩のスキルも使えるよ? 私の方が……』


『いえ、今後もこのダンジョンで活動していきたいのは私たちです。キーとなるアクションを実行するのは私たちのどちらかであるべきです』



 リン先輩は毅然として返した。そう言われると何も言えない。所詮オレたちは手伝いだし、それになにより2人の方が先輩だし。


 だけどオレも気になることはある。そっと手を上げて意見した。



『あのー……女の子ばかり前線に置いてひとりで高所から安全に射撃って、オレものすごく抵抗があるんだけど……』


『お兄さんは私の攻撃範囲内に突っ込んでいったのでダメです』


『後輩、反省しろ』


『そうだよしゅー。信用は積み重ねだよ』


『マジすみませんでした……』


 ボコボコだった。挽回の機会があると思いたい。


『他に気になることはありますか? ……では、作戦を開始します。よろしくお願いします!』










 ガコォン――!



 何発目かのスナイパーキャノンを発射した。


 命中率はかんばしくない。言い訳をさせてもらうと、ゆりあ先輩に合わせてボスも高速戦闘しているし、なんなら(いける!)と思った砲撃でも右手の拳銃で迎撃されたりする。

 非ダンジョン産の拳銃でそんなことできるわけはないが、ダンジョン産の、それもボスが持ってる拳銃ならできても不思議はなかった。オレの仕事は圧力をかけることだと言い聞かせて自尊心を保っていた。


『! 行きます!』


 ボスが体勢を崩した。その瞬間にリン先輩が飛び込んだ。


「!」


 ボスがリン先輩に気が付いた。しかし体が反応できない。

 リン先輩はそのまま相手の懐に潜り込み、脇腹のあたりに ≪ハーベストレイン≫ を押し付けた。



 パシュッ!



 ピストンが動いた。≪ロータスラヴ≫ が一気にボスへと注入された。成功だ。


「……!?」


 ボスの動きが止まる。相変わらず不気味な微笑みが顔に張り付いているけど困惑が明らかだ。そしてコハッ、と口から血を吐き出してから激しく咳き込んだ。


『追撃する』


 ゆりあ先輩が動く。ボスの反応がまた遅れた。ゆりあ先輩のブレードがボスの右眼を斬り裂いた。


『……再生しない! いけます!』


『動きも鈍った。たたみかける』


『うん!』


 これまでだったらボスの右眼はすぐに再生していたはずだ。しかしそうはならなかった。つまりロータスラヴが期待通りに作用したということだ。そのまま3人はボスを押し始めた。


 その時だ。



『—— まずい! エネミーが近づいてきた』



 新手だった。オレスナイパーに気が付いたのか建物を遮蔽にしつつ徐々に接近してきていた。



『っ、ここまで来てですか』


『リン、さすがにモブエネミーを相手にしながらは厳しい。撤退する?』


『……ッ』



 リン先輩が沈黙する。迷っている。その間にもエネミーは距離を縮めてきていた。



『リン先輩! オレと雫でモブは対処します!』


『そうだった。リン、今回は2人じゃない。4人。分担しよ。ボスも弱体化してる』


『……分かりました。お兄さんとお姉さんはモブの対応を。足止めだけでけっこうです!』


『倒してしまっても構わないんですよね?』


『雫! オレが狙撃でアイツらを釘付けにする! 知能が高い分、狙撃の脅威は認識できるはずだ! それでも近づいて来るヤツを叩いてくれ!』


『分かった!』


 ゼンテイカの配置を変える。モブエネミーの一団いちだんが向かってくる方角に砲を向けた。

 視界の隅では雫がボスから離れて駆け出していた。キツネの召喚獣のおあげと習合していて、今の雫にはキツネ耳ともふもふのしっぽが生えていた。


 狙撃姿勢になって狙いをませる。



『先輩たちの邪魔はさせないからな』



 ガコォン―—!



 淀宮よどみやに砲撃音が響く。


 まるで、よどんだ水を揺らす波紋のように。










『終わっ、た……!』


『疲れたよぉー……』


『ん、よくやった』


『お疲れさまでした』


 こうしてオレたちは戦闘を乗り切った。モブエネミーは雫とオレで足止め、後から合流した先輩たちが蹴散らした。そして合流してきたということは、先輩たちは無事にフィールドボス・飛天羽衣を撃破したということだ。


『……眠ってるみたい』


 路上に倒れるボスを見下ろす雫の感想だった。


 ボスから不気味な微笑ほほえみが消えていた。目も閉じている。前に行動不能に持ち込んだ時は目も開いていたし微笑ほほえみも張り付いたままだったのに。明らかに様子が違っていた。


『……あ』


 ボスが光の粒子になって砕ける。粒子はオレたちの方に向かって来てそれぞれに吸収された。経験値だ。それも莫大な。


『難易度を下げられればって思ってたのに……』


『途中からもしやと思っていましたが、まさかホントに完全撃破できてしまうとは……』


 先輩たちも驚いている。たしかに今までは行動不能にできてもドロップは無いし経験値も手に入らなかったからな。絡まれるだけ損なフィールドボスだった。


『あ! 武器が残ってる!』


 ボスが倒れていたところに武器が残留していた。飛天羽衣が使っていた短刀とハンドガンだ。ハンドガンの傍らには弾丸が詰まったパッケージも落ちている。ゆりあ先輩が『後輩』と言ってきたのでとりあえずオレが拾う。


 報酬アイテムだ。





 ≪ 淡青たんせい

 飛天羽衣が使用していた短刀。青白い刀身を持つ。

 本来は二刀一対であったが、友人とたもとを分かった時に片方を置いてきた。それは決別のあかしか、あるいは再会のためのよすがだったのだろうか。


 片割れの小太刀は ≪新星しんせい≫ という。





 ≪ 感染銃・ハーベストレイン ≫

 飛天羽衣が使用していた拳銃。≪ 感染弾・ハーベストレイン ≫を撃ち出すための専用アームズ。科学者ソユーズが改造生産した≪ハーベストレイン≫の原形。通常の弾丸も撃ち出すことができるが、メリットはない。





 ≪ 感染弾・ハーベストレイン ≫

 粉体や液体を充填できる特殊な弾丸。衝突と同時に充填されたものを炸裂させる。専用アームズで使用できる。

 被弾者をニルヴァーナウイルスに感染させる目的で【淀宮】の麻薬製造密売人たちが使用していたおぞましい弾丸。


 充填するものによっては有用な効果を得られるだろう。




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