第33話 ダンジョン【淀宮(よどみや)】5




 洋館は静かに佇んでいた。




『誰よこの女』




 雫がつぶやく。

 その手の中には写真立てがあった。


『不機嫌そうな顔してるのはさきほど通信してきた女性ですね。でももう片方は……』


 2人の女の子が写っていた。


 1人はさっき会話した女の子だ。前にも見た、どこかの学校の制服を着ている。


 もう1人は新顔だった。飛天ひてん羽衣ういではない。白衣を纏っていた。そして長い髪が真っ白だった。大多数の日本人とは違う顔立ちをしている。外国人だろうか。


 シチュエーション的には、白い髪の女の子が自撮りをして無理やりもう1人の方をフレームに納めたもの。場所は学校か。


『手紙があった』


 ゆりあ先輩が見つけてきた。そこにはこう書かれていた。




 ” ケイトへ


 ≪ ハーベストレイン ≫の改造が終わった。

 これで飛天さんを止められる。 

 [封印病棟ふういんびょうとう]、B2Fにある

 ロッカーに入れておく。

 私のカードをかざせば開く。幸運を。

 

 愛してる。 

          ソユーズ ”




『通話画面にも名前が出ていましたが、やはりあの方がケイトさんで間違いないようですね』


『ケイトさん、飛天羽衣と一緒に暮らしてたのに、このソユーズって人ともただならぬ関係みたい……キャー! 三角関係?!』


『ど、どうだろうな……』


 恋バナ大好きな雫が騒いでいるけど、たぶんソユーズって子の片想いだ。そうじゃなきゃ、はずだ。この部屋に踏みった時ほんとうにビビった。



『それで ≪ ハーベストレイン ≫ って何なんスかね?』


『タイミングを考えれば、≪ ロータスラヴ ≫を扱うための専用アイテムでしょうか? ≪ ロータスラヴ ≫の形状が分からないので何とも言えませんが、短針銃とか注射器あたりだと思います』


『リン先輩めっちゃかしこいっすねぇ』


『毒を扱う戦闘スタイルですからね。たくさん勉強してます』


 将来は看護師さんとかだろうか。看護されたい。



『後輩……ヨコシマなこと考えてる。病院送り……』


『ヒッ』


『まぁまぁゆりあ先輩。男子ってみんなこんな感じだから』


『むぅ、しずく後輩は寛容すぎ』


 ゆりあ先輩が不満そうに唇を尖らせた。

 まぁたしかに雫は寛容だよないろいろ。それに振り回されたりもするけど今回は助けられ――。


『それに、お仕置きして良いのはわたしだけだよ♪』


 前言撤回。

 ダンジョンから出たらほとぼり冷めるまで逃げよう。









 当初の目的であるカードを手に入れたあと、オレたちは洋館を離れた。そして向かったのはもちろん[封印病棟]だ。エントランスまではフリーパスで入ることができたけど、それより先はカードが必要だった。


『開けるね』


 雫がカードをリーダーにかざす係。ほか3人はドアの向こうにいるかもしれないエネミーに備える係だ。緊張感に思わず喉が鳴る。



 ピ。



『……!』


『これは……』


『ひどい……』


 先輩たちが思わずつぶやく。


 ドアの向こう。ニルヴァーナウイルスに罹患した人たちが佇んでいた。つまり人の形をした葉とツタとロータスの塊が廊下に点在していた。壁に寄り添う者もいれば床に横たわっている者もいる。


 床に積もる粉っぽいものは花粉だろう。つまりニルヴァーナウイルスそのものだ。


『ここから先は絶対に絶対にぜーったいにマスクは取っちゃダメですよ。もしマスクが外れるようなことがあったら気絶させて呼吸しない状態にしてから運び出しますからそのつもりで』


 幸いにもエネミーはいないようだった。だけどこの上なく危険な空間だ。床に積もった花粉をまき上げないように、そして点在するロータスを刺激しないよう、慎重に慎重を重ねて先に進んだ。


『まずはひとつか』


 地下2階。ロッカーの中に入っていた≪ハーベストレイン≫を確保した。


 それは拳銃状の何かだった。銃身の部分に空間があって、注射器状のものをセットしてくれと言わんばかりだ。電動の機構がみてとれて、おそらく引き金を引くと注射器のピストンを瞬時に押し込む仕組みだった。


『あとは≪ロータスラヴ≫ですね。気を引き締めて行きましょう』


 1階に戻って病院の最奥—— ガラスの温室を目指す。


 温室に近づくにつれてウイルス罹患者が増えていった。たぶんだけど、温室に隔離されていた罹患者が少しずつ移動してきたのだろう。危険度はどんどん高まっていく。


 温室は水と緑で溢れていた。照明のおかげで明るく、さらに暖房のおかげか暖かい。人工の小川という加湿器の効果で湿度も高かった。花粉が舞いにくいという点で湿度が高いのは歓迎だった。


 温室の中央部にはロータスの群生があった。つまりニルヴァーナウイルス罹患者たちが折り重なったものだ。葉やツタの隙間から人間の手足が覗いていた。


『ここのどこに≪ロータスラヴ≫が……』


 つぶやきながら群生に近づく。


 その時だった。



『……え』



 群生の中に見つけた。


 知っている顔だ。さっき洋館で見つけた写真、それに写っていた白い髪の女の子——ソユーズに違いなかった。しげる葉で顔は半分覆われている。


『マジか……』


 感染したということだろう。おそらくは、ハーベストレインの改造を完了させた後に。いや、そういう設定で。


 彼女は柔和な微笑みを浮かべていた。この世の全てを受け入れて許してしまった人間の表情をしていた。ウイルスから供給される麻薬成分のせいだろう。焦点のあっていないその瞳は、いったい何を見ているのだろうか?



 ――がさ。



『!』


 ぽとり。


 何かが地面に落ちた。

 パッケージされた注射器が転がっていた。3本入りで真空密閉されている。液体が入っている部分は金属のフレームで補強されていた。


 転がって来た先を辿たどると葉に埋もれた白い手があった。位置関係的にソユーズの手だ。すぐに力が抜けたようにだらりと垂れ下がった。


『……』


 パッケージを拾い上げた。説明が見れるようになって名前が確認できる。





 ≪ロータスラヴ≫

 ニルヴァーナウイルスに由来する薬物。サイキック系のスキルを極めて大きく強化する。過剰摂取により重篤なダメージを受けるため十分に注意して使用すること。





『……はすって、泥の下の根でつながっているんですよね』


『そうなんすか』


『ですからもしかしたら……もしかしたらなんですけど、ウイルスに感染した人たち同士でなら意思疎通ができたりするのかな、なんて思ったりもします』


 満足げな微笑みを浮かべるソユーズを見つめながらリン先輩はこぼす。



『寂しくないと良いのですが』



 こうして無事キーアイテムを手に入れたオレたちは、当初の目的を果たすべく封印病棟をあとにしたのだった。




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