第32話 ダンジョン【淀宮(よどみや)】4
あのフィールドボスは”
『この部屋だ』
マンションの1室。それがあのボスの住処だった。いや、そういう設定だ。ヤツはフィールド内をうろうろしているのでここに戻ってくるわけじゃない。あと戻って来られても困るのでそう信じる。
『……無人か』
施錠はされていなかった。そして恐る恐る入ってみたけど誰もいない。内部はごく普通の住宅という感じで、現在進行形で誰かが住んでいるかのようだった。でも照明は点かないので薄暗いまま様子を探る。
家具、小物、雑貨……眺めていると女性向けのものが多い。というか男性の気配が感じられない。あと1人暮らしにしては物が多い気がした。
『しゅー、これ』
そのどれも2人の女性というか、女の子が写っていた。ボスのスマホに写っていたのと同じ2人だ。つまり彼女たちが一緒にここで暮らしていたのだろう。
『どうなってるんでしょう……?』
分からない。だから探ってみる。女の子の部屋はちょっと抵抗あるのでオレはキッチンとかを漁ったけど。そして収穫は女子3人が見つけ出す。
『分かったことは3つです』
リビングのテーブルの上に資料が広げられた。
それは細かい字がびっしり書かれていたり、英文だったり、グラフやデータが描かれていたり、新聞の切り抜きだったり、あるいはひどい書き殴りだったりもした。一概に言えることは、普通の住宅にあるにはとても不似合いな品々だということだ。
『1つ、この街は事故によってニルヴァーナウイルスが拡散した。
2つ、フィールドボスの”飛天羽衣”は≪
そして3つ、彼女の異常な再生能力は≪ロータスラヴ≫を
『この≪ロータスラヴ≫っていうのは?』
『このダンジョンに蔓延するウイルス―― ニルヴァーナウイルスが宿主に与えるニルヴァーナ麻薬を精製して作られるもののようです』
『つまりつまりー、この≪ロータスラヴ≫をあのボスに飲ませれば弱体化するってこと?』
雫の予想どおりだろう。
まあ問題は、その≪ロータスラヴ≫がどこにあるか分からないのと、どうやって投与すれば良いか分からないことだが……。
―― パッ。
「「「「!!」」」」
4人の視線が一斉に集中した。
それはリビングのテレビ……いやモニタだった。ひとりでに電源がONになった。みんながアームズを構えていると、やがて像が結ばれる。
『この人は……』
柔和に微笑む女性のアイコンが表示されていた。そしてそれは、フィールドボスと一緒に写真に写っている女性と同一人物だった。アイコンの下には女性の名前と思しき文字列——
『あなたたち、よくここに目星を付けたね』
オレとリン先輩は驚いて目を瞠った。たぶん雫とゆりあ先輩もそうだろう。不透明のゴーグルで見えないけど。
相手はこちらの存在を知覚している。そして遠隔からこちらに語り掛けているんだ――この部屋のネットワークを掌握して。つまりオレたちの行動は筒抜けということになる。
『空き巣は良くないよ。でも緊急事態ってことで目をつぶろうかな』
目配せする。リン先輩が喋ってくれるらしい。モニタの方へ歩み寄った。
『失礼しました。お詫びします』
『ふふふ、しっかりした子だね。それで何が目的なのかな? ウイルス? 麻薬? それとも機身かな?』
『強いていうなら……フィールドボス。つまり飛天羽衣さん』
『……』
『あの人を無力化する方法があればと探していました』
沈黙。
自分の心臓の鼓動、それから呼吸の音だけが聞こえた。そこから何秒だろうか、何分だろうか。スピーカーに声が戻る。
『うん、まあ良いかな。少し覗かせてもらったけど、
覗いた。
そのセリフにドキリとする。自分の家とはいえ、オレたちの進入を感知して接触してきた存在だ。いつどこで見られているか分かったものではない。
『≪ロータスラヴ≫が必要なんだね。それであれば[
小声でリン先輩に尋ねた。
『リン先輩、封印病棟ってどこっすか?』
『ニルヴァーナウイルス感染者を隔離する施設だね。その場所から北西の山の斜面、ガラスの温室のある建物がそうだよ』
『あ、あざっす……』
通話音声の方に教えられてしまった。小声でも筒抜けらしかった。
それにしても感染者の隔離施設か。絶対に近寄ったらまずそうなところじゃないか。
『……その建物、入れなかったはず』
ゆりあ先輩がつぶやいた。そうなのか。でも確かに、いかに街が混乱状態だとしても、そんな危険な場所のセキュリティはそうそう
『その通りだね。だからその前にカードキーを手に入れる必要があるよ』
『カードキー』
『友だちがあそこで働いていたの。だからあの子の家に行けばカードがあるかもしれない』
『なるほどですね。その家はどちらに?』
『坂の上の洋館』
目的の物はドコソコにあるけどまずはアッチへ向かえ、か。完全にRPGじみてきたな。
だけど成果には違いない。ビビりながら死体漁りをした甲斐があった。
『ところであなたには会えないのですか?』
『ごめんね。私、もう生身の肉体は無いんだ。サーバー上に意識があるだけなの。ほら、肉体が無ければニルヴァーナウイルスには感染しないでしょ?』
『……
身体忌避論者。
このダンジョンで入手できる高性能義肢—— ≪機身≫ を生み出したのも彼らだという。アイテムを入手した時に読める説明文にその記載がある。ウイルスを憎むあまり、ウイルスの苗床となりうる己の身体すら嫌い始めた連中だった。
正直に言おう。
そこまで設定作らなくてもいいだろダンジョン。ウイルスという物理的な脅威の他に、設定の方で精神にまでストレスかけてきやがる。やっぱりこのダンジョンは危険だ。
『気を付けてね。羽衣は私たちでも止められなかったから……幸運を祈るわ』
プン。
モニタから映像が消えた。部屋に静寂が戻って来た。
その静寂を破ったのは。
ぐぅ……。
『……
『ご、ごめーん☆///』
雫の腹の虫だった。さっき朝飯食ったばっかなんだが?
『はぁ……機械の身体を手に入れれば腹も空かなくなるかもな』
『あ、それ魅力』
『雫こーはい、それたぶん何食べても美味しく感じなくなる』
『やっぱナシで!』
『あはは……』
リン先輩に苦笑いされてんじゃねーか。
『もー! このダンジョン神戸牛とかドロップしないの!?』
『それは外で買えよ……』
1人だったら気分が沈んで仕方ないだろう。
でも、この4人ならもう少し先まで進めそうだ。
そんなことを考えながら、オレは坂の上の洋館を目指してみんなと一緒に部屋を出た。
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