第30話 ダンジョン【淀宮(よどみや)】2




 【淀宮よどみや】へは廃止された地下道連絡口[A14]から入場できる。



 [A14]は以前は地下道への普通の出入口だった。周囲の再開発のため一旦封鎖されたのだが、いざ工事しようとしたら内部がダンジョン化していることが判明したそうだ。そのせいかおかげか、まだ以前の姿でここに残されていた。


「ライセンスを提示してください」


 入場してすぐ、地下道が広がっているのかと思ったら違った。

 白い壁に白い床、よく整備された医療機器と思しきものが並んでいる。


『検疫スペース。この人たちは厚生省の人たち。あと荒事用の冒険者もひかえてる。警備は厳重。後輩、ライセンス出して』


『うす』


 言われた通りに冒険者ライセンスを見せた。注意事項を聞いたあと、オレたちは検疫スペースの先にあったエアロックやらを抜けた。そこでようやく地下道の景色になった。地上へ続く階段があるけど射し込む光はなく、外は夜だということがわかった。


『ここはいつも夜。暗視装備が必要なほどじゃないけど視界は悪い。油断はだめ』


『それでは行きましょう。ゆりあちゃんと私、お兄さんとお姉さんで分かれて、少し距離をとりつつも互いにフォローできる位置関係を維持して先に進みます。

 ここのエネミーはほぼ人間の軍隊とかを相手にするつもりで対応してください。組織的に動きますし、ライフルや手榴弾、スタングレネードといった武器もガンガン使ってきます』


『連中、ハンドサインを隠さないから、それを読み取れるようになれば多少は楽になる。あと隊長格を撃破すると連携が緩む』



 このダンジョンのエネミーには大きく分けて2つの勢力がある。


 1つはウイルスを封じ込めるために街を封鎖し内部の人間を全て感染者として処理しようとする[保健]。軍隊さながらの挙動で攻撃してくるのはコイツらだ。


 もう1つは[売人たち]。ウイルスに由来する麻薬物質を採集したり販売したり自分で使ったりする連中だ。保健署ほど統率が取れていないが、逆にいうと動きが読みづらいらしい。


 基本的にどちらも襲いかかってくるのだが、保健署と売人がカチあった場合はヘイトがそちらに向かって互いに潰し合う。そういう習性を利用することもダンジョンでは大切だ。


『ニルヴァーナウイルスだったか。人に感染したら一気に進化して、全身をツタと葉で覆って体表に蓮の花ロータスを咲かせるんだってな』


『はい。さらにいうと麻薬物質を生成して栄養と一緒に宿主に与えます。麻薬物質は至高の幸福感と快楽の代わりに極めて強い依存性をもたらします。

 宿主はくなりはしませんが、水場に移動しようとする時以外はほとんど身動きしません。栄養がウイルスから供給されるので食事も必要じゃなくなるので、まさしく植物状態に陥るというわけです』


蓮の花ロータスが咲いていたら極力近づいちゃダメ。もし花粉を吸うとウイルスに感染する』


 予習はしてきたけど、自分がその場にいると思うと背筋が寒くなる。こんなダンジョンをホームにしているとは。先輩たちの覚悟が伝わるというものだった。









 幸いなのはゼンテイカを使えることか。都市型ダンジョン様様だ。


『先輩たちすげーな』


『ほんとほんと。花火? 百花繚乱? とにかくド派手でキレイって感じ!』


『もっと褒めて』


『お兄さんとお姉さんも充分頼りになりますよ』


 ゆりあ先輩の戦闘は圧巻だった。超電磁外骨格ちょうでんじがいこっかくの機動力で翻弄したあとマイクロプラズマブレードでエネミーを薙ぎ払う。エネミーがいくら集団で銃を撃ってこようが当たらなければどうということはないを地で行った。


 マイクロプラズマブレードが撒き散らす紫電だけでもかなり派手なのだが、超電磁外骨格も青い雷光をこぼしながら挙動するのでもうバチバチだ。ゆりあ先輩が動き回るだけで辺りが昼間みたいに明るくなった。


 そして科学・秘術ビルドと語っていたリン先輩は植物使いだった。

 なんかよく分からん植物型の召喚獣—— 太いツルを伸ばしてぶっ叩くヤツとか、触れたら皮膚がただれる花粉を撒き散らすヤツとか、あとは花びらの雨を降らせたと思ったら次々にエネミーが昏睡するようなヤツとか―― を代わるがわる召喚してエネミーを無力化していった。


 花びらの雨のヤツは特に効果と範囲に優れているようだった。オレとしずくはほぼリン先輩が昏睡させたエネミーにとどめを刺しただけだ。色鮮やかな絨毯じゅうたんの上にワケも分からず倒れるのはエネミーにとっては理不尽でしかないが……手向たむけの花に不足はないだろう。


『ていうかゆりあ先輩はあの花粉かふんとかはなあめの効果範囲内にいてなんで平気なんすか?』


『耐久特化で状態異常の耐性値が高いから』


『そうだった』


 これがこの2人が組んでいる理由か。そしてオレたちは少し離れてついて来いって言われるワケだ。エネミーにやられる前にリン先輩の攻撃にやられる。


『ところで例のフィールドボスはいないっすね』


『アレは動きが読めない。遭わないなら遭わないでいい』


『おふたりとも気を付けてください。ほんと急に来ますから』



 ――その時だった。




 スタンっ。




 雫の背後に誰かが飛び降りてきた。



『!? 雫うしろ!』


『やっばぁ!?』



 ヒィン――!


 青い光が夜陰を斬る。

 雫の背後に現れたヤツが刃物を一閃した残光だった。その残光は正確に、雫の首があったであろう場所に残されていた。


『あっぶなぁ! ねえ付いてる!? 首付いてる?!』


『そんだけ喋れりゃ付いてるだろ』


 自分の首元を触ってわーわー言う雫。うん、確実に首は付いてるな。ピンピンしてる。


 一方で、雫の首を狩ろうとしたヤツは不思議そうに佇んでいた。自分が持つ青白い刀身の短刀、それから周囲に撒き散らされたカラスの羽根を眺めて首をかしげている。しかし表情は張り付いたような不気味な微笑みだった。


『それが雫の能力?』


『カラスのミアと習合すると使えるスキルだよ。物理攻撃をノーダメで回避できるの。コストがそこそこだから乱発はできないけど』


 雫の肩にはカラスの羽根でできたマントがかかっていた。羽根1枚1枚が輪郭があいまいになっていてかつ常に揺れ動いている。


『お兄さんお姉さん、これがフィールドボスです。ハンドガンと短刀を使った近中距離戦を展開します。特筆するべきは異常な再生能力です。あとなかなかひるまないので油断しないでください』


 そこに佇んでいたのは1人の女性だった。大学生くらいにみえる。

 背が高くすらっとしていて、シャツもパンツもロングコートも全て黒といういで立ちだ。長く麗しい髪も漆黒だった。右手にハンドガン、左手に短刀を携え、顔にはメガネがかかっていた。


『あとハンドガンにリロードの概念がない。ダンジョン的作用』


『こいつもか』


 なんて会話をしていたらフィールドボスがこちらを見た。タネも仕掛けも分からんけどとりあえず斬るか、みたいな強者の仕草だった。


『後輩、備えて』


『いわれなくても』


『よくもやってくれたわね!』


『出会ってしまった以上今日はここまでです。応戦しつつ撤退します』


『『はい!』』


 フィールドボスとの戦闘が始まった。







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