第25話 湖畔にて





しずくー! 早く起きなさーい!」


「う〜ん……あと半日ぃ……」




 冒険者の朝は早……くない。


 いや、オレはとっくに起きて準備とかしてるんだけど雫は……うん。


「今日行くダンジョン遠いって言ったろー! 早く起きろー!」


「ぅーん……しゅーも一緒いっしょに寝よ……」


「寝ませーん!」


「ぎゃっ」


 布団をひっくり返して雫を追い出す。ごろんごろんと転がって壁にぶつかって止まった。


「ぅ……痛い……」


「目が覚めたか?」


「ひどいよしゅー……女の子は準備に時間がかかりゅ……スヤァ」


「なら準備しろや」


 スヤァじゃないんだよ。二度寝は準備時間に入りません。遠足のときにいわれただろ知らんけど。


『過保護……』


 寝ぼけながら服を着替える雫の髪を梳かしていたら言われた。紫柄シヅカに。こいつ勝手に出てくるんだよな別にいいけど。


『ねぇ、これの続き無いの』


「もう3年くらい新刊が出てない」


『そう……』


 肩を落とした紫柄はマンガを本棚に戻しに行った——そして新しいのを持ってくる。マンガの存在を知ってからというものずっとこんな感じだ。お気に召したようだった。


 特にお気に入りなのは恋愛モノらしい。雫が大量に持ってる。あと最近はよく雫と一緒にネット配信の恋愛モノのドラマとかも見て2人でキャーキャー言ってるし。


 賑やかなのは良いんだが雫が2人に増えたみたいだ。メリットとデメリットどちらが多いか判断に迷うところだった。


「よし」


 食パンをくわえた雫をゼンテイカに積み込んで出発だ。









「はい、じゃあ第何回目か分からないけどパーティ名をいいかげん決める会議を始めまーす」


「はじめまーす! かんぱーい!」


『かんぱーい』


「待て、その掛け声はおかしいだろ」


紫柄シヅカはどれ食べる? どれから食べちゃう~♪?」


『フルーツタルト』


「聞けって」



 ホテルの室内がスイーツの入った箱で埋め尽くされていた。


 犯人は雫と紫柄だ。2人はそこらのデパ地下とか洋菓子店とか和菓子店とかでスイーツを買いあさって来やがった。ダンジョンに行ったあと、都市部で泊まりになったので普段食べられないあれこれを満喫するつもりらしい。


「ベッドにまでケーキ置くなって」


「あ、そこらへんはすぐに食べるから大丈夫」


「デブるぞ」


「冒険者は他の人より運動してるからセーフ!」


『わたし、基本は精神体。つまり太る体が無いからセーフ』


「イエーイ!」


『いえーい』


「……」


 頭が痛くなってきた。


「話を戻すぞ。パーティー名についてだ。レベルが500代になって稼げる額が増えてきたのはありがたいことだが、金の問題でパーティーが空中分解するとかは勘弁なんだ。きちんと登録しておいて金の権利関係を明確にしておきたい。雫とオレで半々だって」


「私は今のままでいいって言ってるじゃん」


「今はとりあえず全部オレの名義で受け取ってるじゃないか。オレが悪用できちゃうんだぞ」


「しゅーのこと信じてるから大丈夫。裏切られたらそれまでよ」


「あのなぁ……」


 信頼されていることは嬉しい限りなんだが……。


「……事務ぜんぶオレにやらせようとしてないか?」


「そそそそそんなことないわよ! ねー、紫柄ー?」


 紫柄にめっちゃウインクしてるやん。ちなみに紫柄は首をかしげているので意味は伝わっていない。


『どのみち驟雨しゅうしか事務仕事しないと思う』


 それを言ったらおしまいじゃないか。でも紫柄はよく分かってるな。


「紫柄、しずくに愛想つかしたら言ってくれよ。次の持ち主探す」


「ちょっと!? 紫柄は私のなんだけど!?」


『大丈夫。いらないと言われるまであなたたちとる。2人がドタバタするの見てるの好き。特に今は若いし生命力があふれててこっちも元気になるっていうか』


「生気を吸い取る妖怪と同じこと言ってるって分かってるか??」


 神様じゃなくて妖怪疑惑が出てきたな。








「うーん」


「むぅ。まだ考えてる」


 ベッドで仰向けになりながらオレはまたパーティ名のことを考えていた。そして人の腕を枕にしていた、生まれたままの姿の雫が不満そうに頬をふくらめる。


「せっかく私に夢中にしてあげたのに」


「パーティ名が決まれば気が散らなくてそのまま夢の中に行けたかもな」


「もうなんでもいいから登録してくれて良いよ」


「雫も気に入ってくれる名前が良いんだけど」


『少し考えてみたわ』


「「うわ」」


 ホテルの壁からぬっと出てきた。紫柄だ。やっぱり妖怪だろ。


『あなたたちはあのヤバい人たちのファン。そしてあのヤバい人たちのパーティ名はSF小説が元ネタらしいわ。九尾が言ってた』


 ヤバい人たちってもしかしてれいさんと鳴司めいじさんのことか? 人様のことをヤバいヤツとか呼ぶのはさすがにどう――…… どうしよう、反論する材料が見つからねぇ。


「へー、そうなんだ。しゅー知ってた?」


「知らなかった」


『というわけで私が提案するのはこれ』


 紫柄が紙を掲げる。新しい元号を発表する時みたいなモーションだった。どこから持ってきたんだよその紙。


『”湖畔こはんにて”。あのダンジョンで長く過ごしたあなたたちにはお似合いの名前。あとわたしもいるし』


 核戦争で人類全滅する話なんだけどそれの元ネタ。


「良いんじゃない? あの湖にはたくさん思い出あるし」


「……んー、まぁ初心を忘れない的な効果はあるか」


『じゃあこれあげる』


 ハラリ。

 紙を残して紫柄は姿を消した。紙はべつにいらないぞ。あとどこ行ったんだよ。これがほんとの神出鬼没ってやつか。


 なーんて呆れている時だった。




「—— ん、分かった。しゅー、紫柄に替わるね」


「あ?」




 雫がそんなふうげてから目を閉じた。一方的だった。


 そして頭から角が生えてきた。わけが分からず、さらに雫を腕枕しているから動けないでいると、雫がそっと目をけた。



 ひとみが爬虫類のそれになっていた。



「次はわたし」


 そういって雫……いや、紫柄はオレの身体に覆いかぶさる。


「はぁ!? 紫柄なのか!? 習合して主導権奪ったのか!?」


「合意の上」


「ままままま待て待て待て! お前いったい何しようとして……うわっ!」


「ふふふ、かわいい」


「イタズラはやめ……うぐっ……ご、合意の上だっていうなら雫と替わってくれ! 一瞬でいいから!」


「分かった」


 紫柄が目を閉じる。そしてひらくと人間の瞳に戻っていた。雫はいつもの笑顔を浮かべると、サムズアップを作って明るい口調で言った。




身体カラダわたしのだからセーフ!」


「アウトだろ!!」




「でも紫柄にもいろいろ経験させてあげたいしさ。というわけで体の操作は紫柄に任せて私はしゅーの反応を楽しませてもらうね♪ がんばってね~♪」


「ふ、ふざけ――」


「というわけでよろしく、驟雨しゅう


「お、落ち着け話をしよう話せば分かるっておい聞いてんのかちょっと待—— あ、あああぁー!」





 翌朝目覚めざめたオレが疲れ切っていたのは言うまでもない。


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