第18話 準災害級冒険者



「被害者……?」



 何の話だろう。どこかの酔っぱらいって言ったら鳴司さんなんだろうけど。

 二股ふたまたとかか? でもあのれいさんがいながら浮気するなんて命がいくらあっても足りないしそれはないか。


樟葉くずはくんに手伝ってもらうと大抵なんとかなってほんとにありがたいんだけど、それ以上に超忙しくなったりすることがたーーくさんあるの。


 あなたの場合は呪われアームズの件は解決して、おまけに高位の召喚獣まで入手した。だけど一方で準災害級冒険者に指定された」


「えっと……支店長さんも何かあったんですか?」


「【魔法図書館】は知ってる? あそこの本を読めるようにしたのは樟葉くんたちなの」


「「へぇー」」


 魔法図書館なんて秘術系冒険者の聖地みたいなところじゃないか。雫も行きたがっていたし。その立役者が鳴司さんと光さんたちだったなんて。


「で、その依頼を2人に振ったのは私。そのことが評価されたのをきっかけにいつの間にか副支店長になってた……。

 でもちょう忙しいし上と下と外と中の板挟みだしストレスやばいしもうヤダ! 胃が痛い! そしたら今度は準災害級冒険者とか出てくるし何なのもう!」


「な、なんかすみません……」


 雫がめっちゃ申し訳なさそうに謝っていた。なかなかレアな光景だった。







「それであの……”準災害級冒険者”ってヤツになるとどうなるんでしょうか? 聞いたことはありますけど……」


 話しが進まなそうだったので割り込む。ブツブツ呪詛を吐いていた副支店長さんはそこで正気に戻った。


「失礼しました。取り乱しました。

 ”第一類特定冒険者”、いわゆる”準災害級冒険者”は、その人が行使できる力が自然災害と区別しにくい場合に指定される制度です。


 指定された冒険者は、常に有効な連絡先を組合に登録・通知する義務を負うことになります。自然災害に見せかけてテロとかを起こされたら困りますからね。疑わしい事象が発生した場合にすぐに事実確認できる体制を作りたいんです」


「え、それだけですか? 仰々しい名称ですけどけっこうユルいですね」


「あまり厳しくするとそういったスキルとか召喚獣を秘匿されますから。冒険者は”縛られたくない”って気持ちが冒険者じゃない人たちよりさらに強いので」


 たしかに。

 あまりにも制限を加えられるようであれば組合のルールとかぶっちぎられてもおかしくない。災害級なんて呼ばれる物騒な能力があるならなおのことだ。


「あと制限というわけではないのですが、個人ランキングとかにランクインしても名前が非公開になる場合があります。あのランキング――”マルギナタ・ランキング”はそのままだと余計な情報が記載されていたりしますからね」



 マルギナタ・ランキング。



 【ユーフォルビア・マルギナタ】と呼ばれるダンジョン産AI人工知能(DIか?)が発表している冒険者の個人ランキングだ。圧倒的な処理能力で世界中から非合法なレベルで情報を収集してランキングを作成・発表している。


 昔はSNS上でユーフォルビア・マルギナタ自身が発信していたのだが、人類との協議で地域の冒険者団体を通じて発表するよう変更された。各冒険者団体にランキングを送信したことはSNS上でアナウンスされるため、ランキングを秘匿しようとするとかなりの反発を受ける。


 発表頻度は年に数回ほど。戦闘能力や収益状況、活動状況などをふまえ総合的に判断している、らしい。組合はパーティー単位の実績までしか管理していないため、個人ランキングのリリースはユーフォルビア・マルギナタのほぼ独占になっていた。


「災害級冒険者だって分かったら誘拐されて利用されないとも限らないので、安全上の懸念などから非公開とすることがあります」


「そういえばマルギナタ・ランキングの日本エリアの1位の人は【非公開】ですよね。もしかして災害級冒険者なんですか?」


「そういうことですね。あの方は最高ランクの第三類特定冒険者です。あの方が本気で能力を行使したらこの国はおそらく滅びます。どのような方でどのようなスキル、あるいは召喚獣を使われるのか私も存じませんが」


 1位か。遠い世界の話だ。安全上の懸念という話はもっともだけど、1位なら懸念はないな。オレたちは、オレは、雫の心配をするべきだ。








 手続きを済ませた。なので雫と2人で組合をあとにした。


「もう夜だね」


「昼みたいだけどな」


 夜の大阪の街。明かりが煌々と灯っている。人もわんさか歩いているし、地元の夜と比べると昼間みたいなものだった。もう何度か過ごしている空間だけど未だに慣れていなかった。


「ていうか宿取り忘れてた。あるかなー。まあ大阪ならホテル無くてもネカフェとかあるか」


「あっ、そうだ。忘れてた。紫柄シヅカと習合した時に使えるスキル、ひとつ分かったよ。めっちゃ便利なヤツ! 紫柄に教えてもらった♪」


「へー、何なんだ?」


「百聞はなんとやら! 来て! 紫柄!」


 雫のすぐ隣に紫柄が現れる。そしてふわりと微笑んだ。


「習合!」


 雫がパンっと両手を合わせる。習合スキルが発動して雫と紫柄の身体が重なり合ってひとつになった。雫の頭に龍の角が出現する。


「こっちこっち」


 雫に手を引かれてやって来たのは川のほとりだった。そして何をするのかと思えば、水面に手を向けてまた何かを念じ始めた。すると――。


「おおおおぉ?」


 水面に半径2メートルくらいの丸い穴が開いた。と思ったら勢いよく水が流れ込み始める。


 これ、ダムとかにあるめっちゃ怖い穴じゃん。飛び込んだら絶対助からなそうなヤツ。


「何だこれ?」


「”水脈渡り”! ある程度深さがあって流れが穏やかな淡水の場所になら自由に移動できるらしい転移系のスキルよ!」


 転移系! めっちゃ便利なヤツ!


「どーよ! これで地元と大阪を好きな時に好きなだけ行き来できるわ! 毎週光ちゃんに会いに来られる!」


「おおおお!」


 これは手放しにスゴイといえる。ダンジョンの遠征にも使えそうだ。夢が広がるとはこのことだ!


「というわけで今日は帰っても良いかなって」


「んー、なら帰るか。宿代も無料タダじゃないし」


 あの穴の中に飛び込むのは怖いけど。


「じゃあ私から」


 川岸のフェンスを乗り越えるべく足をかける。

 しかし。




「——……きゅぅ」


 バタン。


 雫が倒れた。




「……え? 何してんの?」


 仰向けになって空を見上げる雫。丸太みたいになってやがる。顔は真っ青で冷や汗が浮いていた。


「——が切れた……」


「ん?」


「気力が切れた! 今日はもうスキル使えない! コスト重すぎぃ! 紫柄ぁ~! もっと省エネにならないの~??」


『そんなこと言われても……』


 自力で雫から分離した紫柄が、不憫なものを見る目で雫を見つめていた。




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