第19話 準災害級冒険者2




「私、ふっかーつ!」



 しずくがいつもの調子で立ち上がった。気力がゼロになった時に生じる衝撃が抜けたらしい。


 ダンジョン外にいる時にコストの重さに気がつけて良かったと思うべき出来事だった。ダンジョン内だと笑えないからな、気力使い切った時の衝撃。


「たぶん気力が満タンでも使えないわね転移スキル。ここまで高コストなんて」


「使えるようになっても使いどころは選ぶか。便利なだけのものはそうそう無いな」


 ゼンテイカも破損すると修復コストえぐいからな。あと弾薬も。


「ともあれ、とりあえず宿を押さえるか。寝床さえなんとかなればメシはコンビニとかでも――」



「あっ、もしもし光さんですか?」



 ちょっと待てや。


「お世話になってます雫です! 先日はありがとうございました! いえ、大阪にいるので一緒にごはんでもどうかなって!」


 コミュ力お化けか? あと光さんと連絡先交換してたのかよ。羨ましいかよ。


 でもそれはそれとして、いきなり言われても光さんたちも困るんじゃないだろうか。高レベル冒険者はみんな多忙——。


「やった! ありがとうございます!」


 ……OKだったのもしかして?


 えぇ……。


「ではまた後で! 失礼します! ——しゅー♪ 光ちゃんがご飯ごちそうしてくれるって~、楽しみ〜♪」


「……」


 あとで光さんに土下座しよう。










「やはりそうなりましたか」


 指定されたのは寿司店だった。


 行く前に調べてみたら超のつく高級店で、オレたちだけではぜったいに入れないクラスのお店だった。ここに到着した時も入店するのを躊躇したレベルだ。鳴司めいじさんが店から出てきて迎え入れてくれるまで入れなかった。


 メニューは板前さんのおまかせ。次々に寿司が出て来る。れいさんが板前さんに予算を耳打ちしていたっぽいけど、「かしこまりました」(ニヤリ)と板前さんの目がひかったのが印象的だった。


「特定冒険者かぁ。秘術系なら割といそうだよねぇ。水とか雷とかはメジャーなスキルだし」


「おふたりはそうではないんですか?」


「違うねぇ。オレは秘術寄りのビルドだけどそういうのはない」


「私は科学ビルドですから自然災害と混同されるようなものは……この世のどこかには気象兵器的なアームズが存在しているかもしれませんが」


 自然災害並の被害を引き起こすことはきっと2人ともできるんだろう。けど災害級冒険者の定義とは違うからな。それもそうか。



「おまたせいたしました。紅玉鱗こうぎょくりんだいのにぎりです」



 板前さんがオレたちそれぞれの前に寿司をそっと置いた。


「それから刺身もご用意いたしました」


 寿司、それからシンプルながらも美しく盛り付けられた刺身に、オレと雫は思わず小さく拍手をしてしまう。オレたちの反応に板前さんも嬉しそうな表情を見せた。


 紅玉鱗鯛。ダンジョン産食材だ。ダンジョン産食材はたいてい美味だが、その中でも特に極上とされている食材のひとつだ。もちろん超高級品。名前の通りルビーのように美しい鱗を持った鯛で感動的に旨い……らしい。だって食べたこと無いし。


 まあ今から食べるんですけど!


樟葉くずはさま。紅玉鱗鯛をたくさんご融通いただき本当にありがとうございます。他のお客様にも大変お喜びいただいております」


「あぁーそれは良かったです。いや、こっちも最高の状態に料理してくれてほんとありがたいです。ね、れーちゃん」


「はい」


「恥ずかしながらさばく時は手が震えました。希少なものですので」


 板前さんのウソかホントか分からない言葉にさざめきのような笑い声が起こる。でもたぶん本当だろうなぁ。



「んまいのじゃ! それにとんでもなく酒に合うのじゃ!」


『ん。ほんとう。美味しい』



 そうそう。なぜか九尾と紫柄シヅカも一緒に寿司を食べている。あと酒も。2人とも和服なおかげか寿司という和食な店には馴染なじんでいた。まあキツネ耳と龍のツノは別だが。


 紅玉鱗鯛のにぎりを九尾と紫柄は速攻で口に放り込んでいた。さっきから2人でなにやら談笑しながら過ごしている。召喚獣同士で気が合うのかもしれない。


 こういうのに慣れているのか、あるいはプロとして動揺を隠しているのか、いずれにせよ板前さんは彼女たちに対して特に反応は示さなかった。一方、店に入った直後に九尾を目撃した雫は悲鳴を上げて30秒くらい気絶していた。


「では私たちもいただきましょうか」


「「はいっ」」


 紅玉鱗鯛のにぎりを口に入れた……。


 かくしてオレは叫び、雫は「美味しすぎりゅ……っ」とつぶやいた後に涙を流しながら体を震わせていた。大人たちはそんなオレたちを満足げに眺めていた。











 寿司店を出たあと、オシャレなバーに連れていってくれるとのことで雫が食いついた。まあ、地元にはそんなもんは無いので気持ちは分かる。


 当然お酒は飲めない。でもノンアルコールカクテルとかスイーツとかも楽しめるらしい。鳴司さんはお酒を飲む気満々まんまんだけど。



「あの……その前にひとつ良いですか……!」



 光さん・鳴司さん・オレでバーに向けて歩き出した直後、1人歩き出さなかった雫が言った。そして光さん――ではなく鳴司さんの前に立った。


 そして……バッ! 


 鳴司さんに深々と頭を下げた。





「お願いします! 弟子にしてください!!」




 ……!?


「はぁ!? ちょ、雫! お前何言って―― おバカー!! すみません鳴司さん! こいつ酔ってるんです! やめさせますから! 雫やめろ! やめろって!!」


めないでしゅー! 私は本気なの! あとお酒飲んでないから酔ってないわ! 鳴司さんお願いします! 荷物持ちとか雑用とかやりますから! お願いします!」


「自分に酔ってるだろ! 強い召喚獣入手したからって調子に乗るんじゃない!」


「だからこそよ! 鳴司さんなら光ちゃん並に強いし高位の召喚獣も持ってる! 教えを乞うなら鳴司さん以上の人なんていないわ! それにもっと強くならなきゃ自分の身だって守れないし、しゅーにだって迷惑かけるかもしれないし!」


「迷惑ならもういくらでもかかってるんだよぉぉ!!」


「ア゛ッ!? グ、グリグリ痛いけどこんなことで頭を上げるわけにはいかないんだからぁー!」



 雫のひと言から騒然となってしまった。いや、騒然とさせてしまった。

 それからしばらくぎゃーぎゃー言い合っていたオレたちだが、不意にぽんと肩に手を置かれたところで一時停止した。光さんの手だった。


「はぁ、はぁ……! れ、光さん、すみません……うちの雫が……!」


 そんな風に言うが、光さんはオレには見向きもしなかった。一方でよほどかんに障ったのか、雫のことを真剣な眼差しで見つめていた。


 そして……ガシッ!


 両手で雫の手を強く握った。





「あなたのような逸材を待っていました」





 ええぇぇぇー……?????



「私に弟子入りを、みたいなことを望む冒険者は数知れませんでしたが、これまで全てお断りしていました。


 なぜなら、私以上にそうする価値のあるかたが私の隣にいるにも関わらず、それをしないかたたちばかりだったからです。そのような感性の方々に教えられることは私にはありません。


 ところがあなたは違った。鳴司さんを選らんだ。これを逸材と呼ばずなんと呼ぶでしょうか。ええ、今日は実に素晴らしい日です。祝日にしましょう」


「光さん……! あっ、ありがとうございます!」


 雫が目をうるうるさせながら光さんの手を握り返す。


 な、なんか話が進みそうなんですがちょっと待ってもらえないですかねぇ……!?


「め、鳴司さん? 鳴司さん的にはOKなんですか……?」


「あの、れーちゃん? オレ、弟子とかそういう仰々ぎょうぎょうしいのはちょっと……」


「ですよね? そうですよね?」


 しかし光さんはというと。


「鳴司さん」


「えっ、あ……はい」


「良いですね?」


「えっ……」


「良いですね?」


「あ…………はい」


 鳴司さんんんんんん! 完全に尻に敷かれてるじゃないですか!


 そして光さんはやっぱりヤバい人じゃないか! 鳴司さんのことになるとブレーキがかねぇ!


「良かったですね雫さん。良いそうですよ」


「はい! ありがとうございます鳴司さん! よろしくお願いします!」


「あぁー……う、うん、よ、よろしく……ね?」


 こうして女性陣はにぎやかに声を上げ始めた。困惑する男性陣を置き去りにして。


「しかし確かに弟子と呼ぶのは仰々しいですね。まぁ、何かあったら何でも相談できる大人ができたとでも思っておいていただければ結構です。機会があれば戦闘や探索の指導もしましょう」


「ありがとうございます! しゅー! どうしよう! 夢みたい!」


「そ、そうだな……」


 夢だったら良かったかもしれないなぁ……。


「では今後の方針を決めるためにも次のお店に行きましょう」


「はい!」


「あ、そうだった。まだ酒がってるじゃないか。じゃあ行こうか!」


「……」


 そんなこんなで。


 光さんと雫はともかく鳴司さんまで意気揚々と歩き出してしまった。取り残されたオレは一瞬立ち尽くしてしまったが、なんとか気を取り直して3人の後を追いかける。


「……やれるだけやってみるかぁ」


 冒険者だってそうやって始めた。そして今まで続いている。ならこれからも続けていくだけだ。

 それになにより、雫とずっと一緒にいるためなら、オレはどんなことでもやってみせる。もう思い出せないくらい昔にそう決めたんだ。


「しゅー! 早く行こー!」


 彼女が手を振る。笑顔がまぶしい。この街の、あふれる電光のせいだけではないはずだ。


「いま行く」


 3人に追いつく。次の目的地までは少し歩くようだった。絶え間なく押し寄せる人波を慣れない足取りでくぐり抜ける。そんなことをしている内に、オレたちの姿は大阪の街に溶け込んでいったのだった。




 ちなみに。


 結局宿やどなしになったあげく、ネカフェも満杯だったため、ゼンテイカで高速に入りサービスエリアで2人で車中泊したのはまた別のお話。






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