第17話 ダンジョンの水全部抜いてみた【清流のダンジョン】5



「しゅーーー! 見つけたぁーーー!!」



 水底だった湖の斜面に声が反響する。泥だらけになった雫がこちらに向かって歩いてきていた。その手には曲線を描く棒状のもの―― 刀の鞘を携えていた。


「ああ、鞘だな。これは鞘だ。泥だらけだけどな」


 枝を見間違えたようなものじゃない。明らかな人工物だ。刃を収めるための形状をしていた。ああ、ようやくここまで来たんだな。


「雫」


「うん。じゃあ早速」


 呪われアームズがロードされる。相も変わらずサビサビだ。刀身もガタガタなので本当に鞘に収まるのかという不安もあったけど、それに反して刀身はスムーズに鞘に収まった。


「……見て、しゅー」


ひかりが……」


 雫の両手で支えられた刀がかすかに光を帯びる。青白い光だ。刀の内部から光っているかのようだった。そしてその光に押し上げられるみたいにサビや汚れが浮き上がって粉々に風化する。


 やがて雫の両手には、深い湖を連想させる藍色のさやと、鮮やかな紫色のつかを持つ刀剣が握られていた。


「—— 雫! 角が無くなってる!」


「え!」


 慌ててスマホを取り出そうとする雫。しかしそんな雫の行動はすぐにフリーズすることになる。


「っ!? しゅー、後ろ!」


 オレの背後を見て叫んだ。だから慌てて振り返った。


「……!?」


 女の子がいた。

 綺麗な着物を着て、宙にたゆたい、穏やかに瞳を閉じる女の子だ。透き通る水のような色合いの髪が長く伸びている。そしてが頭部から生えていた。


「あの霧が出た時に見た女の子……だよね?」


「……ああ、たぶん」


 見た目の年齢はオレたちと同じくらいに見える。けどそんなものあてになるわけがない。彼女は確実にダンジョン的な存在だ。そしてこれまでに集めた情報を踏まえるのなら、おそらく彼女は……。


「!」


 少女のまぶたが開く。眠りから覚めるかのように。そして人間とは違うがそっとオレたちを眼差した。



『—— 迷惑をかけたみたい』



 喋った。高位存在ということだろう。もしかしたら九尾やグランドリーフにも匹敵する。


『刀身と鞘が別々になってしまって、うまく力が制御できなかった。ごめんなさい。それから、鞘を見つけてくれてありがとう』


「えっと……あなたは?」


 雫の問いかけに少女はふわりと微笑む。


『龍神の娘。父の力は私が受け継いだ。その刀は私の依代よりしろ。はるか昔の、私が人間だったころの名残なごり


 女の子は目を閉じた。遠い時代に思いを馳せるかのように。


 しばし静謐せいひつな時間が流れたあと、彼女はまた目を開いた。




『ねぇ、一緒に行っていい?』


「……いっしょに? 私たちと?」



 少女は静かに頷く。


『その刀を持って行ってほしい。その刀は私自身。その刀のあるところに私はる』


「……理由を訊いてもいいかしら? 自分でいうのもなんだけど、私たちはクソザコよ。きっとあなたの力を持て余す」


『あなたとひとつになっていて分かった。あなたたちの生活は刺激に満ちている。私もとても楽しかった。

 それに、人は多くの苦難を自分たちで乗り越えられるようになった。私はきっと、もうここには必要ない……だから見てみたいの、この世界を。人間だった頃にはできなかったから』


「そうなんだ……分かった。じゃあ一緒に行こう」


 春の日のせせらぎを思わせる笑みを少女は浮かべた。


『ありがとう』


 彼女はそう言い残すと霧のようになって姿を消した。それを見届けたところで雫は刀に視線を落とす。


「あ、装備解除できる」


 雫の手から刀が消えた。そして前から使っていたアームズの”鉄扇”が出現する。確かに元に戻ったらしい。


 オレは思わず雫を抱きしめていた。


「わ。ちょっとしゅー。ふふっ、もう、苦しいって」


「あはは、ごめん。あーでも良かった。ほんと良かった」


「心配し過ぎだよしゅーは」


 といいつつ雫はオレを抱きしめ返し、ついでに背中をぽんぽんとしてくれた。その感触が何より温かい。


「あ、そうだ。この刀ってみて。しゅーにも知っていてほしいから」


「知っていてほしい?」


 よく分からないけど刀を受け取った。ずしりとした重さを感じるころにはもう説明が読めるようになる。





 ≪紫柄シヅカ

 鞘を得て本来の力を取り戻した刀。水をつかさどる龍神の依代。白く美しい刀身と鮮やかな紫色の柄を持つ。

 元は古き龍神に嫁入りした少女がたずさえていたひと振り。少女は龍神の妻となるべく濁流に身を投げたが、しかし龍神は彼女を娘とした。

 かくて少女は神となった。





「……そうか。そんなことがあったんだな……いや、そういう設定か。現実にあったわけじゃないのは分かるんだけど」


「でも紫柄シヅカちゃんにとっては本当のことなんだよね」


 いや、紫柄ちゃんて。

 神様だぞ相手? たたられないよな? 大丈夫だよな? 


「そうだ。ひとつ訊きたいことがあったんだ」


 オレから紫柄を回収した雫は「来て! 紫柄ちゃん!」とさっそく彼女を召喚した。空から光が降って彼女が現界する。


『早い再会ね。あと紫柄シヅカで良いわ。私もシズクって呼ぶから』


「じゃあ紫柄。初めて会った時、どうして私たちの前に現れたのに逃げちゃったの?」


 そういうイベントだったといえばそれまでだろう。だけど今まで無かったことではあるので、いったい何がトリガーだったのかは気になるところだ。


 それで紫柄の答えは……え? いまオレの方を一瞬見た? なんで?


『それは……あなたたちが、その』


「「?」」




『湖畔でキス口付けしてたでしょう?』


「「……」」



 ボスのクソデカオオサンショウウオを倒して休憩してた時だよな?


 うん……。


 そんなこともしてた気がする……!


『私はその……恋とかしたことがないままお嫁に来てしまって、だけど娘として育てられたからそういう経験もなくて……だから興味本位であなたたちを覗いてたら気づかれちゃって、驚いて逃げちゃった……ごめんなさい……!』


 気まずそうに頬を朱に染めた後、紫柄は自分の顔を両手で覆って隠した。



 ……オレたちも気まずい!











 そして数週間後、雫とオレは地元の冒険者組合——をすっ飛ばして大阪梅田の冒険者組合に呼び出されていた。「お前らなにしたんだ? あ?」と地元の組合の鑑定さんに問い詰められてちょっと泣きそうだった。


 梅田支店に到着したらほどなくして個室に通された。そして待つことしばし、ノックの後にドアが開いてひとりの女性が入室してきた。鳴司さんよりちょっと年上くらいのキリっとしたお姉さんだ。組合職員の制服を着ている。


相川あいかわ雫さんですね。単刀直入に申し上げます」


 その人は副支店長と名乗った。かなり若く見えるのにその役職となると、相当に有能なのだろう。


「あなたは、あなたの保有する召喚獣により”第一類特定冒険者”、いわゆる”準災害級冒険者”に指定されました。本日はその説明をさせていただきます」


「「???」」


 状況を理解できずフリーズする雫の肩に、副支店長さんはポンと手を置いた。そしてぎこちない―― キリキリと痛む胃痛を我慢してる時に強引に作るきつった笑みを浮かべた。



「どこかの酔っぱらいによる被害者の会にようこそ。歓迎するわ、盛大にね」





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