第9話 黎明記機械(れいめいききかい)2




「えっ!? ご結婚されてたってことですか? おめでとうございます!」


「ありがとう。もう分かると思うけど、この人が夫です」



 橿原かしはらさ―― れいさんは隣に座っている男性にそっと寄り添った。なんか光さんが自慢げだった。別にうらやましくはないです。


 だけど……うん、めでたいことだ。本当にめでたい。

 でもこの鳴司めいじさんとかいう人、どうでみてもその……アル――いやいや、決めつけは良くない。


「……」


 もしかして…………光さんもヤバイ人?




「うっ……」


 オレが背筋を寒くしていたころ、隣でうめき声が聞こえた。

 しずくだ。顔を青ざめさせて口元を押さえている。冷や汗がダラダラだし、なんかちょっと震えてるようにも見えた。


「ど、どうした雫? 何か変な物でも食ったのか……?」


「ッ……!」


 ガタン!


 椅子から立ち上がって走り出す。すぐそこにあった多目的トイレに駆け込んだ。そして――。



「おええええええっ」



 吐きやがった。


「はぁ!? 雫!?」


 慌てて駆け寄る。便器に顔をうずめて咳き込んでいた。


「おい雫! どうした!? 何があった!? 救急車呼ぶか!?」


 床とか色んな所に触れそうになってる雫の髪を軽く束ねたあと、背中をさすりつつ尋ねる。だんだん落ち着いてきたようだ。でも顔は涙とかでぐずぐずだった。


 そして息も絶え絶えとなった雫が何かをつぶやく。


「——った……」


「あ?」




「わ゛たしが……れいちゃんの子ども産み゛だかった……!!」




「お前は何を言ってるんだ」


 オレの心配を返せ。









 雫が落ち着いた……というか放心状態になったのでテーブルに連れて帰った。


「そちらの子は大丈夫でしたか?」


「はい。もう治らないので大丈夫です」


「それは大丈夫ではないのでは……?」


「気にしないでくださいほんと……いやほんとスミマセン……」


 憧れの冒険者の前でとんだ醜態を晒してしまった。第一印象は……印象には残ったと思って切り替えよう。うん。


「改めて、本日はお時間いただいて本当にありがとうございます。

 オレは冒険者の逆瀬さかせ驟雨しゅう。こっちは相川あいかわしずく。幼なじみです。パーティ登録はしてませんがパーティみたいな感じでやってます。高校生です」


「私たちは冒険者パーティの”黎明記れいめいき機械きかい”。私は樟葉光。こっちはパーティリーダーの樟葉鳴司。よろしく」


「よろしく~」


「よっ、よろしくお願いします! ほら雫も! いい加減起きろ!」




レイチャ……ソンナ……光チャン……」


「……」



 ただのしかばねのようだ。もう放っておこう。


「鑑定さんから少し話は伺いました。呪われアームズのようなものに困っているとか。我々が力になれるか分かりませんが、状況を詳しく教えてもらえますか?」


「……あの」


「?」


「おふたりを満足させられる報酬とか、ぜんぜんご用意できないそうにないんですけど、ほんとに良いんでしょうか……?」


「ああ、そのことですか。解決した後に顛末を教えてくれれば良いですよ。未成年料金とでも思っていただければ結構です。私たちも先達が持ち帰った知識を頼りにここまでやってきました。なれば、我々の番が来たということでしょう」


「……!」


 これが一線級の冒険者か。オレたちが目指すべき冒険者像というのはいま目の前にあるのかもしれない。頭が下がる思いだった。


「まぁ、今のセリフは鳴司さんからの受け売りですが」


 ……え? この人が言ったの? いまのセリフ? まったく信じられないんだが?? 


 あ、そうか! 旦那に花を持たせたいんだ、光さんは。なるほどなぁ。ホントは光さんがそう心がけているんだろう。


「そうなんですか。さすがですね」


「ええ、さすがです」


 光さんは満足げに頷いた。正解の反応だったみたいだ。よかった。


「うーん、すごいねその相川ちゃん? のツノ。鹿か何かと習合してるの?」


 ペットボトルのお茶をクイっと飲んだ鳴司さんが尋ねた。一発で習合スキルと分かったようだ。ビルドが秘術系なのかもしれない。


「習合スキルなのはそうだと思うんですが、何と習合してるか分からないんです」


「へ?」


「呪われアームズ……っぽいものを掴んだ瞬間にこうなってしまったんです。おかげで装備解除も変更もできなくて、あと他の召喚獣との習合もできません。鑑定さんの話では付喪神つくもがみ系か依代よりしろ系の召喚獣じゃないかとおっしゃっていました」


「そのアームズを確認させてもらえますか?」


「もちろんです。さびさびの刀なんですけど、鑑定結果によると不完全らしくて……雫、起きろって。雫ー! あの刀してくれ! おーい!」


 呼びかけてもバグったままなのでほっぺをペチペチ叩く。するとようやく目の焦点が合った。そしてガバっと体を起こした。


 と思ったら。



「樟葉鳴司!! さん!」


 ギリギリで敬称つけたけど呼び捨てようとしただろ今。


 ていうか急に大きな声だしてどうした。




「私と模擬戦してください! 光ちゃんと結婚するのは私を倒してからにしてください!!」




 なにか言い出したぞ!?


「落ち着け雫。光さんと鳴司さんはもう結婚してる」


「大丈夫! まだ間に合うわ!」


 いや、もう婚姻届は出してるだろ。

 そんな意味を込めて光さんに眼差す。


 が。




「これは……私を巡って樟葉さんが争うイベント……!?」




 光さん?????


「良い……とても良いです……思えば鳴司さんも私も互いに相思相愛一直線だったので今まで無かった展開です。ですが定番といえば定番。回収しておいて損はない実績……!」


 あ、ダメだコレ。光さんもヤベーひとだわ。


「あのー、光さん? そうおっしゃるのであれば『私のために争わないで!』が定番のセリフだと思うんですけど、ちょっとそう言って止めてもらえませんか……?」


「いいえ。それはなりません。愛する女性のために戦う男性を止めるなんて野暮なことはできないのです……がんばってください鳴司さん!」


「……」


 気が遠くなった。


 どっかにログアウトボタンとか無いかなぁ……。





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