第3話 日の差さない町
学童院の子供たちは社会勉強も兼ねて、定期的におつかいを頼まれる。
丘の下の町は政府の管理下にあるため基本的に治安も良く、
夜に比べてうっすらと明るい昼間には行商人がやってきているのも見かける。
大きな路地では町に住む子供がボール遊びなんかをしていたり、
更には外灯も多く、夜でも裏路地以外の町の大抵の場所が照らされているのも、
その治安の良さに一役買っているのだろう。
おつかい以外でも初等教育を終えた子供たち、特に外遊びの好きな子供らは、
この町によく遊びに来ていると以前キッカから聞いたことがある。
この手の話は人づてのことが多く、僕は年下の子たちとあまり関りがない。
というのも、日頃自室に引きこもって本を読み漁ったり、
よくわからない実験に明け暮れている人間に親し気に寄ってくる子供がいたらそいつは異常だ。
とっつき辛いと思われていても仕方がない、という風に自認しているだけマシと思っているのだが、少し傲慢だろうか。
別に僕も学童院の子供たちを苦手としているわけではない。
引率が必要な時に先導すると大半は大人しくついてくる。
その点は、小さい頃すぐに興味のあるものを追いかけて、よく姿を消していた僕よりもずっと賢いだろう。
町の図書館に忍び込んで、行方不明だと町中を探された挙句、
棚の隙間に隠れて本を読んでいた僕を見つけたカズラに、こっぴどく怒られたこともあったな。
町にも院にもそれが知れ渡って、恥ずかしい思いをしたのを
それに、院からはしばらく監視を付けられることになってしまった。そういえば、その一人がナズナで……。
……何を回想しているんだろうか、僕は。
とにかく、ここはいい町だ。農場や水道の管理が行き届いてる上、娯楽施設もある。
ただ、一番の理由はある設備の効果に
「キッカ、みてこれ」
「ん?」
ナズナが指差したのは、住宅地の表に立っている小さな掲示板。
普段暗がりの外で何かを読むことはできないのだが、それを知ってか、
ぼんやりとした橙色を放つ提灯が掛けられているため、文字は読みやすく照らされている。
以前買い物に来た時にはなかったので、気になるのも不思議ではない。
近づいてみると、強風になびいて、色の違う紙が三枚ほど、しっかりと画鋲で四隅を止められていた。
「なんて書いてあるんだ?」
「ええと、環境大臣の来訪について、東日光棟の調整について、もうひとつは、なんだろね?」
「なんだろねってなんだよ。どれどれ……は?」
「やっぱりキッカでも読めない?」
「読めるも何も、これって外の言語だろ。こんなもん公共の場に張り出してたら捕まるんじゃないか?」
外の言語。そうやって総称されている、法律で学ぶことを禁じられている言語。
もう既に母国語として取り込まれてしまっているものもあると聞くが、その辺りは許容されているようだ。
基本学ぶものも使うものもいないそれは、現代人から見れば暗号のようなもの。
長寿のご老人方の中には、初等教育から外の言語を学んでいた人もいるらしいが、
今となっては見る影もないのが現実だ。
「この外の言語の張り紙だけ持っていこう。この家の人も迷惑だろ。後で処分しておくよ」
「ええ? 勝手に持ってっていいの?」
「まあ、問題ないだろ」
「そ、そうかなあ……」
「ほら、早く済ませるぞ。店通りに着いたらどこから回るんだ」
「ええとね、まずはお肉屋さんでしょ? あ、先に薬屋さんに常備薬を取りに行くんだ」
「よし、じゃあさっさと終わらせて院に戻ろう。」
掲示板の件の紙を一枚むしり取って鞄に入れてから、僕たちはいつもの店の通りへと向かう。
もう町は夕方の気配がしていて、外灯の明りも
この時間帯になると、町の東側にある日光棟の明りも
日光棟、というのは、雲の増加が活発になってきた頃に生まれた画期的な建物だ。
中には日光と似た性質の光を放つ機材が用意されていて、
ここの住民はそこで疑似的に日光浴をしている。
この施設はかなり貴重なもののようで、地方に行くとこれほど大きい日光棟などはないらしい。
あったとしても一般住宅と同じか、それよりも小さいくらいだそうだ。
日光棟のない地域では、日光浴カプセルと呼ばれる機器を数機揃え、
フル稼働したとしても一人当たりの使用頻度は数日に一度の村もあると学童院で学んだ。
僕も日光棟に入ったことがあるのだが、正直に言うとなんだか気持ち悪かったことしか覚えていない。
なんというか、本来自然から与えられるはずのものが人工的に与えられていると考えると、
少し、いやかなり居心地の悪い場所に感じてしまう。
おかしなことに生まれてこのかた、まともに日の光を浴びていないのにもかかわらず、だ。
僕が雲上の世界に憧れを持っているのも、その辺りに理由があるのかもしれない。
本物の日の光を浴びた時、僕は何を思うのか。
もしかしたら人生観がまるごと変わってしまうような何かがあるのかもしれない。
そんな期待感を背に、僕はナズナの荷物持ちに徹することにした。
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