第四話 有栖院聖華の無双

「待ちなさい。貴方達」


 今にも飛び掛からんとする血気盛んな暴漢どもを、私は毅然きぜんとした態度で制止する。


 出鼻をくじいてやった、とかではない。


「な!?なんだてめぇ……?今更謝っても意味ねーぞ!!!!」

「そんな事しないわよ。――それよりズボンを履いてくれるかしら?さっきからが視界に入ってきて不快なのだけど」


 私は、汚物を見るような眼で短剣男の股間を指さした。


 ぶらりとマツタケが揺れている。


「あ!?はぁー!!?」

「おいオッサン!ってめぇなんて、素っ裸じゃねえか!!」

「そーだぞ!何言ってやがる」


 これはむしろ、私が社会のゴミすらも気に掛けるという、慈愛心の現れでもあるのだ。


 大体、急所を晒して戦う馬鹿がどこにいるのか――?


 何なら、ズボンを履く時間を与えてやった事に感謝されてもおかしくない。


 しかし、猿山の猿には何を言っても無駄な様だった。


 溜息が出る。


 わざわざ、口にすることでもないが、一から百まで教えないと理解しないのなら仕方が無い。


 私は、メタボ体系のおじさんの背筋を伸ばして仁王立ちになる。


「露出狂が服なんて着るわけないでしょ!!!」


 声高らかに言い放つと、男たちは目を丸くする。


「た、確かに……」

「ちぃっ……、仕方ねぇ……。ちょっと待ってろ!」


 流石に、私の金言は彼らの心にも響いたらしい。


「そこは素直に従うんすか……」


 下僕は、一人納得が出来ていない様だった。


「――じゃあ、気を取り直して。行くぜ!この野郎おおおおお!」

「あ、ちょ……」

「もう、待ったは無しだばーーーーーーか!」


 ズボンを履いた短剣男が馬鹿正直に向かってくる。


 手でも出せば簡単に倒せそうだが……、


 私にはそれが出来ないでいた。


 柔道に合気道、空手にムエタイ、截拳道ジークンドーとありとあらゆる格闘技を会得した私だが、逆に知識があり過ぎてこの場で繰り出すべき最適解が導き出せない。


 そもそも、喧嘩なんかしたことが無い。


 暴力なんて知性の無い者の対話方法だ。やったとしても精々下僕相手に八つ当たりをするくらいのささやかなもの。


 私は、争い事などは嫌いなのだ。


 そう言えば、をしたら下僕はかなり苦しんでいたような――。


「えい。」

「お”!?」


 刹那。


 おじさんの短く可愛い足を前に出す。


 腹の肉が邪魔をして、思った以上に上がらない。


 それでも効果はあったようで、


 その場の空気が停滞する。


「な!?」

「いい!?」

「oh……」


 それを見ていた男たちは何故だか自分の股間を押さえている。


 私が咄嗟に出した右足は、短剣男の股間を蹴り上げた。


 男の頭の上らへんに色の付いた横棒が表示されて、“HP363/363”から“HP0/363”と一瞬で表記が変わった。


 “99999damage!!”と赤く文字も浮かんでいる。


「ん”ん”!?ひいいいいいいいいいいいん!!!!???」


 そして、男は急に時間が動きだしたかのよう、


 蹴られた勢いで弧を描き、明後日の方向に飛んで行く。


 イキった割にはあっけなかった。


「コーイチぃ!?」

「オイ……、オッサンに蹴られただけで、飛んで行っちまった……」


 残された耳ピアスと刺青は、唖然として口を大きく開けていた。


「何だか、モニュっとして、気持ち悪かったわ……」


 そんな事よりも、私は短剣男の股間の感触が足の先に残って不快だった。


「お嬢様!まだ二人残ってるっすよ!!」

「分かってるわよ、そんな事」


 下僕は、私が油断をしていると思い忠告を入れてきた。


 まったく舐められたものである。


 下僕には後で、屋敷の庭に穴を掘って、また埋める作業を一日中させよう。


「ってめぇ、良くもコーイチをぉ!!!」

「もー、許さねーぞ!!!」

「あら?まだやるのかしら??」


 男達はファイティングポーズをとる。


「ったりめーだろーが!」

「仕方ないわね……」


 不思議と負ける気はしなかった。


 ……。


 ……。……。


 ……。……。……。


「あっひいいいいいん!!!!!??」

「おっほおおおおおん!!!!!??」


 短剣男と同じように蹴り上げると、耳ピアス男も刺青男も銀河の果てに飛んでいった。


「――よ、容赦ないっすね……」

「あら、手加減はしたつもりよ。いえ、足加減かしら」


 ちょっと蹴っただけで、あちらが勝手に飛んでいったのだ。


 元からそれ程強くなかったのではないだろうか。


「ぴろろろんっぽっぽー♪」


 またしても、人を小馬鹿にしたようなファンファーレが耳元で鳴り響く。


〔レベルが51になりました!!!〕


 例によって空中に文字も浮かび上がった。


〔“戦士”から“バトルデュエラー”にクラスアップしました!!!〕

PPパラメータ・ポイントを“1536”獲得しました!!!〕

APアーツ・ポイントを“452”獲得しました!!!〕

〔所持金が“8460”ゼル増えました!!!〕

〔“ツイン・スラッシュ”を覚えました!!!〕

〔“パリィ”を覚えました!!!〕

〔“エアリアル・ステップ”を覚えました!!!〕

〔スキル“ダメージ・ドレイン小”を獲得しました!!!〕

〔“武双連撃”を覚えました!!!〕

〔“龍神刃”を覚えました!!!〕

〔スキル“アタック・ボーナス小(剣)”を獲得しました!!!〕

〔“集中”を覚えました!!!〕

〔“バニシング・ブレイズ”を覚えました!!!〕

〔“デッドリー・エッジ”を覚えました!!!〕



                     ・・・Etc


 などと、次々に流れていった。


 興味が無いので途中からは読んですらいない。

 

「凄いっすよお嬢様!一気に50もレベルアップしたじゃないっすか!!」

「ふうん」


 別にどうでも良かった。


 それよりも、私は、未だ木の前で怯えている眼鏡女を気にした。


「貴方も災難な目に会ったわね」


 優しくてを差し伸べる。


 出血大サービスだ。


「いやあああああ!?来ないでくださいいいい!!!犯されるううううううう!!!!??」

「え!?ちょっと!何よ急に!!!?」


 あろうことか。


 せっかく助けてやったのに、女は私まで暴漢扱いし出したのだ。


 何という恩知らずか――。


「見てみなさい!ホラ!!私は只の露出狂で強姦魔ではないわ!!!」


 両手を広げて、武器を持っていないことをアピールし、何とかなだめてみる。


「へ、変態いいいいいいいい!!!!!!」

「お嬢様、逆効果ですって!」

「じゃあ、どうしろって言うのよ!?」


 このままでは堂々巡りもいいとこである。


 すると、下僕は気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべた。


「くくく……。この下僕、こんな事もあろうかとちゃんと用意をしておきましたよ!!――お嬢様、くださいっす!」

「アバターを変更……?」


 なんだそれは――?


 ……。


 ……。……。


 ……。……。……。


 どうやらこのゲームは、一つのアカウントに男性と女性二種類のアバターを設定出来るらしく。


 下僕は、私に内緒で女性アバターを設定しておいたのだ。


「な……」

「どっすか?」


 私は、下僕がどこからともなく出した姿見で、設定されたアバターを確認する。


「私だわ……」


 亜麻色の髪、透き通った陶器の様な白い肌、艶やかな唇、釣り鐘型の形の良い胸。


 そこには、天上天下唯我独尊、泣く子も黙る絶世の美女。


 有栖院聖華と瓜二つのアバターが直立していた。


「乳輪の大きさまで完璧だわ……」

「ふふん、自身作っす!」


 気持ち悪――!


 しもの私でも悪寒がした。


 一方。下僕は、鼻の下を指で擦り、己惚うぬぼれていた。


 こんなの半分犯罪である――。


 帰ったら、直ぐに警察に突き出そう。


「――って!待ちなさい!!私、下の毛はこんなに濃くないわよ!?」


 アバターの股間部分に注視する。


「それは、俺の好みっs……、おっほおおおおおん”!?」


 条件反射で体が動く。


 私は、現実世界の方の下僕の股間を蹴り上げた。


「――お、おおう……んん……。――何でゲームに神経接続してんのに、リアルで攻撃できんすか!!!??」

「知らないわよ」


 出来たのだから、仕方が無い。


 下僕は、脂汗を吹き出しながら、猿顔を歪めて悶えている。


 やはり、躾は現実の痛みに限るのだ。


「え!?聖華様!!??」

「?」

「有栖院聖華様ですよね!?」


 先程まで怯えていた眼鏡女は、急にぱあと表情を明るくした。


 どうやら、私の事を知っているようだった。

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