第三話 有栖院聖華の遭遇

「全ステータスが9999ううううう!!???凄いっすよ!このレアスキル!!!!」


 下僕は、ネイキッドマスターとかいうスキル?の説明文を見て、森の動物たちがざわめく位の感嘆かんたんの声を上げた。


 こんな文字の羅列られつ如きで喜ぶことが出来るなんて、なんと幸せな生き物なのだろうか。


 私は、五歳の時にナポリの劇場で観た『オペラ座の怪人』でも、ここまでの感動はしなかった。


「それって、そんなに驚く事なの?」

「何言ってんすか!全ステータスが9999になるって言う事は、全ステータスが9999になるって事なんすよ!?」


 興奮しすぎて訳の分からない事を言い出す始末。


 まぁ、庶民からすればそれぐらい貴重なのだろうと言う事くらいは、私にも理解できた。


「ふうん……。まぁ、良いわ。――それより今日も日課ろしゅつに励むわよ」

「ええ!?試さないんすか!!!???」

「……試すって何を?」

「いやだから、全ステータスが9999って事は、このアルスマグナ・オンライン内で最強って事なんすよ?最難易度ステージでも無双しまくりっす」

「“無双”……?」


 天下無双のという事だろうか。


 それにしても無双とはどういう了見なのか。


 イマイチ、ピンとこない。


「相手を圧倒的な力でけちょんけちょんにして、爽快感を得る事っす」 

「意味は分かったけど。それって相場の10倍の値段で企業買収する、みたいな事でしょう?間に合ってるわ」

「そうすか……」


 下僕は露骨にがっかりする。これではこちらが悪者ではないか。


 私は、今一度、従者としての心構えを説こうとした。


 その時、


「いやああああああああ、誰か!!助けてええええええ!!!!」と、近くから若い女性の悲鳴が聞こえる。


 何やら切迫した様子である。


「なんすか!今の!?」

「取り敢えず、見に行くわよ下僕!」


 なんだか、ちょっと面白そうな事が起こっていそうだと私は直感する。


「はいっす!」

 

 私達は、急いで現場に急行した。


 森の中の空けた場所に、木に背中を付け、追い詰められているような形で、修道服姿の黒髪に三つ編みをした眼鏡女と、それを囲むように三人の金髪の男が居た。


 私と下僕は、草むらの陰から状況を観察する。


「おねぇさんさぁ、そんなエロい身体つきして、はじめっから誘てたんじゃないのぉ!?」

「ち、違……」


 男の一人が手に持った短剣で、女の頬を軽く叩く。


 張りのある白い肌の所々に擦り傷があった。今まで抵抗していたのだろう。


 女の服はボロボロで肉付きの良い脇腹や太腿が、破れた衣服から露出している。


 そこはかとなく、煽情おうじょう的だ。


「わ、私は、貴方達が強引に道案内をして欲しいって言うから……、断れなくて……」

「何?ガチで信じてたわけ!?うっけるーwww良いからヤらせろっつってんだよ!!!――ジュンちゃん、タイスケちょっとコイツの事押さえててよw」

「あ!コーイチ、てめ!!抜け駆けかよっ」

「うっせw俺が最初に見つけたんだからいーじゃん?」

「ち、仕方ねーな……」


 鼻ピアスの男と刺青の男。


 その二人が眼鏡女の手足を押さえる。動物園の猿の様に騒いでいた。


「い、いやぁ……やだぁ……やだぁ!!!!!」

「うっせんだよ!!!――へへへへ、直ぐに天国に連れてってやるからよぉ」


 短剣を持っていた男は女を一回平手打ちすると、ズボンを脱いで下半身を露出した。


 怒張をした大ぶりな陰茎が女の前に、傘を広げてそそり立つ。


 ゲームの世界なので薄くモザイクが掛かっていた。


「え……、なにこれ……」

「どおだぁ?すげえだろう??」


 男は、勝ち誇ったように下卑た笑みを浮かべる。


 女の涙を浮かべたその顔が、絶望に染まった。


「(や、やばいっすよ!お嬢様!!早く助けに行かないと!!!)」

「(ねぇ、下僕。あれって露出狂おなかまかしら?)」

「(……え?何言ってんすか……??)」


 下僕は、まるで信じられないものをみた、と言った顔で私の凛とした顔を覗き込んだ。


「(だってあの男、下半身を露出したじゃない……)」

「(当たり前でしょう!あいつら強姦魔なんすから!!)」


 真剣に叱ってきた。私が世間知らずと言わんばかりの権幕だ。


 あの男たちは強姦魔、


「(え、つまり……、あいつら今から交尾をおっぱじめようって言うわけ!!!!?)」


 信じられない――。


 衝撃が走る。ここは中世の世界なのだろうか――?


「(だから、そう言ってるっす!)」

「(ぷっwww)」


 不意に吹き出してしまう。


「(え……?)」

「(――あら、ごめんなさい。こんな虚構の世界に来てまで交尾したがるなんて、よほど現実世界でロクな生き方してないと哀れに思えて)」

「(そ、そうすか……。後、ブーメランって言葉知ってるっすか……?)」


 ブーメラン?投げて戻ってくる、狩猟やスポーツで使う棍棒の事だが、今それが何の関係があるというのか。


 下僕の言う事は、時々本当に理解が出来ない。


「(――それに、見てみなさい。あの只大きいだけの品性の無い陰茎を。きっと現実では租チンよアイツ。私ののと比べてみなさい。芸術性が微塵も感じられないじゃない)」


 私は、おじさんの股間にある完璧な造形のツチノコを誇らしく揺らす。


「(……俺にはなんで、このゲームがチ〇ポまで作り込めるかが疑問でしょうがないっすが。――兎に角、早く助けないと!幾ら虚構でも、神経はリンクしてるっす。実際、こういったゲーム内犯罪で心を病んだ人は少なくないっす!!)」

「(まぁ、いいわ。そろそろ行くわよ)」


 私はすっくと立ちあがった。


 別に赤の他人がどうなろうと知った事では無いが、上に立つ者は時にそういった者達に手を差し伸べてやらなければならない。


 ノブレス・オブリージュと言うやつだ。


「(助けるんすね!?)」

「(何言ってるのよ、当たり前でしょ)」


 有栖院聖華とは、この世でもっとも高潔な人間の名なのだ。当然である。


「本物ってのを、教えてあげるわ」


 女は抵抗も虚しく、恐怖で失禁し可愛らしい純白のパンティが濡れていた。


「そろそろ観念しろ、オラ!」


 男は下着を剥がそうと手を掛ける。


「――ちょっといいかしら」

「は!?」

「な!?」

「――!?なんだぁ?こらぁ!!!?」


 暴漢たちは、一瞬固まる。


 私に気付くと立ち上がって、直ぐに戦闘態勢を取った。


 対応が早い、手慣れている様子。どうやら、これが初犯ではなさそうだ。


「――って、本当になんだ!てめぇ!!!!???」

「なんだよ!このオッサン!!?」

「いやああああ!増えたああああ!!!??」

「貴方達に名乗れるような安い名前はないわ」

「お、女の声!?ますます意味が分からねぇ!」


 何故だか男達は困惑し出す。見たままの状況を受け入れるという心の豊かさは無いらしい。


 眼鏡女まで更に怯え出したのは、何故だろう。


「私は、通りすがりの露出狂よ!今から貴方達を成敗するわ」

「そうっすよ!この変態ども!!逃げるなら今のうちっす!」

「ん!?なんかちっこいのも居んぞ!」

「俺は、非戦闘員で横からちゃちゃを入れる役っす」

「……そ、そうか。もう考えるのは止めだ……。――兎に角、俺達のお楽しみを邪魔すんだから、覚悟は出来てるんだよなぁ!?ジュンちゃん、タイスケ、こんなハゲ親父、さっさとシメちまおうぜ!!」


 私達は、三人に囲まれる。


「おう♪どーせなら、金とかせびろーぜw」

「いいじゃん、いいじゃん!おいオッサン、俺らに絡んだこと後悔させてやんよぉ!!!」


 男達が襲い来る。

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