26. 告白

「四条くんに、お願いがあるのだけれど」

「お願い?」

「うん……」


 少しうつむいていた顔をこちらへ向け、真剣な眼差しでぼくを見つめて、彼女はこう言った。


「わたしたち『2年4組のエイリアン』の解散を……取り消してほしいの。わたしたち、きっと、十年以内に、どこかで……」


 栗林さんの声は、どんどんしぼんでいった。そりゃそうだ。あの喧嘩別れの日のことを思えば、それくらい萎縮いしゅくしてしまうだろう。


 でも、ぼくだって、あのときは子供じみていた。ぼくたちは、ごく短い時間のなかで、大きなものを成功させようともがき、相当のストレスを抱えこんだまま焦りつづけた。だから、あんな風になった。


 たぶん、もっとゆとりがあれば、多くのできなかったことを、少しはできたのだと思う。


「ごめん、それはムリかな……」


 栗林さんは、きっとと思っていたから、ぼくの言葉に、傷ついたのだと思う。でも、ぼくたちは、するべきなんだ。


「結成十年以内のコンビしかでられないんだよ。ぼくたちはその間に、入学試験もあるし大学での勉強もあるし、たぶん、就活だってあるでしょ。それに、卒業すれば、べつべつの所で生活するようになるんだから」


 彼女は「そうよね」と自嘲ぎみにつぶやいた。だけどぼくは、きみを突っぱねているわけではないんだ。


「うん……そうよね。それが正しいと思う。四条くんには珍しく……正しい」

「誤解してるよ、きっと」


 ぼくは、強く言い切った。栗林さんは、顔をあげてぼくをじっと見据みすえている。


「ぼくたちは、大紀と良彦が結成した『2年4組のエイリアン』の代理なんだよ。だから、ぼくたちは、しっかりと漫才コンビを結成したわけではない。だとしたら、ぼくたちは、未来のどこかで、ちゃんと漫才コンビを結成するかもしれない……から、いまは『保留』ということにしない?」


「コンビ結成十年――というルールは、まだ始まっていないってこと?」


「そう。おたがい、もっとよく考えようよ。あの舞台を目指す漫才師たちは、人生を賭けて、血眼ちまなこになって漫才をやってる。生半可な気持ちで挑んでも、一回戦で落とされ続けるに決まってる」


 栗林さんは、いままでぼくには向けたことのないような笑みを見せたかと思うと、少しずつ顔を赤くして、自分のスマホを取り出し、カレンダーの画面を突きつけてきた。


「この日……来年の卒業式の日に、わたしに告白して」

「えっ?」


 こっ、こっ、告白?――急に、べつの青春がはじまってないか? でも、ぼくたちの卒業は、再来年じゃないのか? 告白の相場って、最後の卒業式じゃないの?


「あの……どういうことです……?」

「……告白してくれたら、一年間、試験勉強のお手伝いをしてあげるから。一緒に、勉強したりだとか、息抜きに遊んであげたりだとか……」


 どんどん声が小さくなり、それに比例するように真っ赤になっていく彼女を見て、思いだした。


 栗林さんと会ったとき、ぼくが最初に抱いたのは、恋心だった。

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