25. ぼくたちは、これから……

 地下芸人を代表するお笑い芸人――という字面だと、なにか誤解が生じそうだけれど――は、「表」を代表する地上波のテレビ番組に出演し、カオスな地下芸人の世界を軽妙なトークでぼくたちに伝えてくれた。


 奇天烈な芸名(に思えてしまう)に異色の経歴。画質の悪いVTR越しで見るネタは、笑うポイントがどこにあるのか分からないほどシュールで、むしろ怖いという感情の方が大きい――そんな、たくさんの地下芸人たち。


 いままで「地下」とされてきた場所が、表舞台のライトに照らされるようになったのは、彼の軽妙なトークに番組の制作陣がこころをかれたからだといっていい。彼自身、シュールでコンプライアンスぎりぎりのネタをするのだけれど、そのトーク技術は芸人界でもトップクラスだ。


 そんな彼のエピソードトークにはよく「怖い輩」が登場する。ナイフで脅されたとか土手に埋められたとか――そんな恐怖エピソードで笑いをとるトークスキルは、神がかりといっていい。


 しかし彼は成功したいまも、その「怖い輩」たちに仕返しをしようとは思わないのだという。そんなだれも喜ばないことをするより、目の前の観客を笑わせたいのだと言っていた。


 彼は、身も心も「お笑い芸人」なのだ。


     *     *     *


 良彦の携帯は警察に繋がっていた。


 今回の件は、部外者とのもめ事かつ、半死半生はんしはんしょうの暴力沙汰で、さらに面倒なことに、長白河颯太ながしらかわそうたという当校の生徒がからんでいる。事件の消火にあたる学校の立ち位置が複雑になり、正当な罰則を与えることはないのではないかという懸念から、第三者としての警察の出動をお願いすることになったのだ――と、良彦は言っていた。


 しかし、思っていたより事は大きなものになり、いまも家族が後始末に奔走しているし、ぼくはともかく、投石した良彦の処分については、まだ裁定されていないらしい。なにより、この件における長白河颯太の位置付けは、とても難しいとのこと。


 実際に手を上げたわけではないが、裏で糸を引いていたことは確かだ。それは、警察も、ぼくたちのやりとりで分かっていたはずのことなのだが、長白河(家)側では、あの暴漢どもとの関係を否定しているらしい。


 そしてぼくは、思ったより大怪我を負っていたらしく、今日ようやく、家族以外との面会が許可された。


 今度は殴らなかった。間違いなく。

 殴られた痕跡ばかりを身に付けて、カーテンの上にある天井を見ている。


 ひとを殴ることは、絶対にしてはならない。あの日、あの先生に言われたことは、その通りだと思う(けど先生は、ぼくたちのことを助けてくれなかった)。

 だとしたらぼくは、絶対にしてはならないことを「した」ということになり、当時のぼくは、そのことに戸惑っていたのだと思う。


 そしてそれは、こういう問いを呼んでしまった。

 ぼくは一体、どういう罪を背負い裁かれるべきなのか――と。


 しかしいまなら、こう答えられる。


 もう二度と、だれも殴らないこと。これからずっと、だれかを笑わせ続けること。


 ようやく答えをだすことができたことに安心し、表情が柔らかくなってくるのを感じた。


「びっくりした。息を引きとるのかと思った」

「縁起でもない」

「演技でもない……ということは、ほんとうってこと?」


 さすがだな。ふたつの「えんぎ」をイントネーションで使い分けられるんだ。


「ほんと、びっくりさせないでよ」

「ごめん」


 ため息をひとつつく、栗林さん。


 家族ではないひとのなかで、入院しているぼくの前に、最初に現れたのは、栗林さんだった。


 ぼくはびっくりして、「ウェスト・ツリー・ツリー・ツリー」と、ここ数日、散々口にしてきた芸名(のようなもの)で呼んでしまい、見舞いにきていた妹に、たいそう心配された。


 妹が「あとはお二人で」とませた口調で言い去っていったあと、「家族ではないひとのなかで――」ということを栗林さんに伝えると、なぜか真っ赤な顔をした彼女は、「友達がいない四条くんの一番になるなんて、一本線で引かれたトーナメントみたいなものだから、なにもうれしくない」と、ひどく冷たく突き放された。


 ――そして、いまにいたる。


「どうすればいいか分からなかった。みんながそろって、わたしを心配しだしたから」

「ごめん」

「ううん……ここは謝るところだから」

「謝るところじゃないから――じゃないんだ」


 しかし栗林さんは、ほんとうに怒っているようだった。


「だって、なんで、わたしに言わないのって思ったから……あと、なんで、嘘にだまされるんだろうって、心底あきれた。あんなことになってるなら、はやく助けてあげたかった」

「どうすればいいか分からなかったんだよ。それに、頭の中がぐちゃぐちゃで、もうどうにでもなれ……みたいな感じだったし」

「敵の敵は味方っていうけれど、あれは嘘ね。クラスメートみんな、大嫌いになった。残り一年は、その……四条くんとふたりきりでいい」

「敵の敵って――えっ、ぼくのこと敵だと思ってるの?」

「ばか」


 栗林さんは、ぼくのスマホを取りあげて、でたらめに暗証番号をいれはじめた。やめろ、永久にロックされるだろ!


「ところで……」


 と、ぼくのスマホを膝枕させながら、栗林さんは、思いつめたような表情をして、ぼくたちにとって、一番大事な話を切り出した。

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