24. トラップカード、発動

 デートの待ち合わせ。少し遅れてしまい噴水の前に行ってみると、オトコにダルがらみされている彼女がいる。颯爽さっそうとわって入り「俺の彼女に手を出すな」的なセリフを放ち、殴ってこようものなら、ひらりとかわして取り合わない。退散していく彼らを見届けたあと振り返ると、彼女は頬を赤らめてこちらを見上げている。


 こうした、よく見るような「ヒーロー劇場」の妄想を、いろんなパターンで試したことがある。妄想の域を超えたことはなかったのだけれど。


 しかし、実際そうしたシーンに近い状況になってみると、なにもかもが裏目にでてしまう。「俺の彼女に手を出すな」的なセリフなんて、震えて出てこないし、殴ってくるところを避けるなんてできない。


 体育館からさらに奥にある、周りから死角になっているこの場所で、ぼくは半殺しにされていた。


 もしここにいるのが長白河颯太ながしらかわそうただったなら、ぼくは一発ぶん殴っていたかもしれない。根も葉もない噂を学校にき散らし、何人もの共犯者にぼくを虐げさせた。しかし、過去に一度、この手で殴った相手を、ことができるわけがない。


 一発でも殴ったら退学。それくらいの処分を受けるはずだ。


 きっとこいつらは、それを誘っている。ぼくに、殴らせたいのだ。そして適当な理由をつけて、ぼくだけの過失にしたいのだ。そういう器用なことができる奴らだ。ぼくは、痛いほど分かっている。


 ぼくの目の前には赤く濡れた地面があって、秋の涼しく眩い陽がそこへ落ちて、かすんでいく視界のなかで、幻想的に輝いて見える。


「なんでお前だけさ、ガッコウ生活してるわけ?」

「…………」

「お前もさ、俺たちを殴ったのに。なんで俺たちは退学で、お前は停学で済んだの? なんで?」

「…………」

「答えろよ。いくら払ったんだ? お前のあのモヤシのなけなしの全財産か?」

「……モヤシ?」

「お前の親父だよ。ひょろひょろの眼鏡。うちの親も、あんなやつに恨まれる覚えはねえって言ってたわ。あのヘンなしゃべり方、俺たちの間ではやったんだよ。みんな真似して馬鹿にしてた。なに、あれ?」

「謝れ」

「あ?」


 髪の毛をぐっと引っ張られ、小石が剥き出しになっている地面に、顔面を打ちつけられる。


「俺たちにはもう、怖いもんがないわけ。人生、詰んでんの。だから、お前なんて、どうやったっていいし、その結果、どうなったっていいんだよ」

「だれに……」

「あん?」

「だれに、頼まれたの? ぼくを、こんな風にしろって」


 もう一度、顔面を地面に打ちつけられ、そのままり付けられる。

 死ぬんだ。ぼくはここで、死ぬんだ。


「颯太さんだよ。大金もらったから。金をもらえるなら、なんでもする。お前を――」

「おいッ! 名前を出すな!」


 見張り役のオトコが怒鳴る。


「しまったな……こうなったら、意識を飛ばすまで、やらねえとな」


 長白河颯太――か。やっぱりそうだ。こんなやつらと付き合ってんじゃないよ。こいつらは、なにかあれば、お前にだって刃を向けてくるんだから。


 そのとき――ぼくを押さえつけていたオトコがよろめいて、そのまま後ろ向きに倒れた。


「仲よく停学・アンド・入院しようぜ」


 なんでいるんだよ。パソコンの向こう側にいるんじゃなかったのか。


「もし大紀が退院していたとしても、負け戦だろうけど……とりあえず、2対2にした」

「お前、身体は……?」

「絶賛リハビリ中。優理たちにサプライズで学校にきてみたのに、再びベッドの上コースだな」

「来んな……犠牲になるのは、ぼくだけでいいから」

「もう、石投げちゃったし」


 どうせなら、先生とか呼んでくればいいのに。

 ほんとうに、わけが分からない。もうちょっと頭を回せよ。


 校舎裏に走っていくぼくを見かけて、追ってきたんだと、良彦は言う。

 じゃあ、逃げろよ。

 お前の身体が一番大事だ。ぼくは、ひとを殴ったことがある。こいつを、殴った。いざとなれば、もう一度、殴れる


「そんなやつ、殴ってもしかたないよ。殴りなれてるやつって、殴られることにも抵抗がなくなってるから」


 良彦だって、足が震えるのを、がまんしているじゃないか。逃げてくれ、たのむ。


「こいつの彼女の携帯を返してくれない? 舞台中に盗むとか立派な犯罪じゃん」

「黙って聞いてれば、青春ごっこか? お前らまとめて、校舎裏に埋めてやるよ」


 こめかみから血を流したオトコが、ふらふらと立ちあがる。


「お前らのバックには長白河颯太がいるっていうのは、盗み聞きさせてもらったけど、こんな不良と、あんな爽やかな青年がつるんでるなんてなあ。どういう関係なの?」


 なんで、こんな状況で、そんな流暢りゅうちょうにしゃべれるんだよ。


「はいはい、死ぬ前に教えてやるわ。親どうしが知り合いなだけ。それが答え。じゃ、さようなら」


 良彦、逃げろって――って、なんだよ、それ。スマホを、切札のカードを発動する漫画の主人公みたいに持ちやがって。


「トラップカード、発動」――とでも、言いたいのか。


 いまぼくたちがどこにいて、どんな目にあっていて、こいつらは何者なのか。すべてを、だれかが聞いていたのだ。


 エイリアンを舐めんな。そんな表情を良彦はしている。

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