23. ラストイヤー

 年末の超有名漫才コンテストの出場資格は、結成十年以内のコンビだけだ。十年目の挑戦はラストイヤーと称されている。


 コンテスト出場2回目から9回目まで、準決勝に進出しながら、決勝まであと一歩届かない漫才コンビがいた。彼らは「いつになったら決勝にいけるんだ」「どうやったらいいんだ」「もう次がダメならあきらめよう」と、準決勝の結果を見届けたあとの帰り道で腹の底から嘆いた。


 そんな彼らのラストイヤー。お笑いの神様は、彼らを決して見捨てなかった。最後にして初の決勝進出。彼らの磨き上げられたネタは、会場の爆笑をかっさらい、審査員たちからの高評価も得た。しかし、優勝まであと一歩届かなかった。「決勝ステージ2位」というのが、彼らの芸歴に刻まれた輝かしい記録のひとつとなった。


《何度、解散を考えたか分からない。けど、悔しいじゃん。もし、最後に大逆転が待っていたとしたら》

《解散なんて、俺は考えたことないんですよ。コイツとじゃないとできないし、したくない。だから、最後もダメかもしれないと思ったけど、やったんですよ》


 ふたりは、とあるインタビューにそう答えていた。


 解散という決断は、「もしかしたら~になったかもしれない」という可能性を潰してしまう。でも、「~」の部分に入るものは、必ずしもいいものではないだろう。だから、真剣に考えるし、泣くし、怒るし、ときには立ち直れないほど落ちこんでしまう――らしい。


     *     *     *


 らしい?――ぼくはいま、「2年4組のエイリアン」の今後について考えて、こころがしまいそうになっている。


 興奮さめやらない様子の妹と屋台を回っていると、携帯が震動した。

 あのあと、なにも言わずに楽屋を出て行った栗林さんからのメッセージだった。


《校舎裏に来て》――それだけ。

 首をひねらざるをえない。この短いメッセージに少し警戒してしまう。


〈校舎裏にいるの?〉

《いいから来て》

〈いま妹と屋台めぐりしてるんだけど……栗林さんも来ない?〉

《来て》


 告白かネタが飛んだことを叱られるのか、どちらかだといいのだが――あるとしたら、間違いなく後者だろうけど――なにか不穏な空気が、メッセージから浮かんできた。それは、もやとなって、ぼくの視界をうす暗くしていく。


「お兄ちゃん……どうしたの?」


 追伸のない画面を見つめていると、このテキストを打っているのは栗林さんじゃないのではないか、という疑問がわいてきた。


 メッセージが漫才らしくなっていない。ぼくたちのやりとりは、いつだって漫才っぽくなる。だから、このメッセージを、不自然に思うのだ。


《四条くんの頭で考えられる最大のボケは、裏の裏は表だから、ぼくがいまいるところが校舎裏――みたいなものだろうけど》


 ――くらいの長文がきそうなものだ。きそうなものだって、ふつうは、そんなのが送られてきたら、怒るものなのだろうけど。


 でも、ぼくたちは、そういうやりとりをする関係性だ。


「プログラム表みたいなの持ってる?」

「プログラム表……パンフレットみたいなのなら、校門でもらったけど」


 差しだされたパンフレットには、屋内と屋外のステージの簡易な香盤表こうばんひょうが書かれている。

 そして、この靄みたいなものが、ひとつの人物像へと変貌していった。


「ごめん! あっちのベンチにでも座ってて。財布を渡しとく。好きなものを買っていいから。すぐ戻ってくる!」


 財布を妹に押しつけて、ぼくは表の裏へと走った。

 屋内ステージのある体育館の裏手は、スタッフの出入りのために、今日だけは表の表みたいなことになってそうだけど。


 なんだよ、裏の裏だの、表の裏だの、表の表だのって――自分で言ってて、おかしくなる。

 それは、「1+1」も「3-1」も「2」だって言ってるのに等しい。


 でも、漫才というのは、計算の解法を工夫するようなものだと思うから、《いいから来て》なんてストレートな言葉を、漫才を披露したすぐあとに、栗林さんから聞きたくない。それは、栗林さんだって、同じ気持ちのはずだ。


 でも、ぼくたちの漫才の余韻よいんをぐしゃぐしゃにして台無しにしたいと思っている奴が、この学校には数人いて、その筆頭格が、なのは間違いない。


 ぼくはまた、ひとを殴ることになってしまうのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る